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隣の家に住んでるメイドが、ちょっと苦くてちょっと甘い  作者: 二木弓いうる


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第8話 勢い任せのシルベスター

 シルベスターも強気な態度で、俺の顔に目を向けた。


「何を言ってるのよ、そんなもの下僕に聞かないと分からないでしょう。で、どうなのよ下僕!」


 どんなにあがいても俺に来るのか。

 悪いけど、俺は苦い顔しか出来ない。


「ネルの質問は、見た目が綺麗なのはどっちなのかだろ?」

「はい」

「じゃあ……府警さんかなぁ」

「ほら見たことか!」


 分かりやすく喜ぶネル。本当はネルの思惑通りになんてなりたくないけど、嘘をつきたくもなかった。

 シルベスターは笑顔で俺のネクタイを掴み、問いた。


「下僕?」

「待って、ストップ。ちゃんと続きあるから」

「続きって何よ」

「さっきも言ったけど、俺の中じゃシルベスターは可愛いの中に入っちゃうんだって」

「……可愛い?」

「そう、綺麗と可愛いって違うだろ。どっちが綺麗かって聞かれたら府警さんだけど、どっちが可愛いかって聞かれたらシルベスターなの。分かる?」


 俺の答えが納得いかなかったのか、ネルは近所迷惑など考えずに叫ぶ。


「和歌様、今すぐ病院に行きましょう!」

「別に目は悪くない」

「じゃあ頭だ!」

「何だと!」


 シルベスターは俺からパッと手を離す。その頬は、淡く赤い。


「まぁ、当然の結論よね」

「……照れてるね?」

「照れてないわよバァカ!」


 とは言いますが、照れているのは顔を見れば一目瞭然だった。やっぱかわいいな、ネルとは大違いだ。

 そのかわいくないネルが叫んだ。


「かわいいで誤魔化せば良いと思ってませんか! 結局そいつに色気はないって事ですよねー」

「ぶり返すんじゃねぇ!」


 くそ、せっかくいい感じに言えたと思ったのに。

 シルベスターの顔が、一気に不機嫌になったのが見て分かった。


「ちょっと来なさい」


 シルベスターは俺のネクタイを引っ張って、そのままうちの家の庭へと連れて行く。ネルからは死角になって、丁度見えない場所だと思う。


「ちょっ、トーゴさん。貴方和歌様に何をする気ですか!」


 ネルの事は無視するシルベスター。うちの庭は塀で囲われているので、外からも見られる事はない。ネクタイから手を離したシルベスターは、俺と向かい合う。


「……シルベスター?」


 シルベスターは自身がつけていたエプロンドレスを外した。そしてワンピースの一番上のボタンも外す。


「ちょっ、何でこんな所で脱いでるの!」

「あのね、ネルリヤンに色気が無いだの何だのって言われるのは、もういつもの事なの。だけどね、アンタみたいな身分の低いやつに同じ事を言われたら別の意味で腹立つのよ」


 そう言いながらシルベスターは、二番目のボタンを外す。俺は頬を染めながら目線を反らした。見たいは見たい。けど流石に。


 俺の右手を掴んだシルベスターは、そのまま自身の右胸に当てた。動揺した俺は思わずシルベスターの方へ目を向けてしまった。外されたワンピースの隙間から、白地にピンク色のリボンが付いたブラが僅かに見えている。


「ちょっ!?」


 危なかった。驚きのあまり左手に持っていたタッパーを落とす所だった。

動揺する俺の事など気にせず、シルベスターは強い口調で言った。


「これであたしに色気が無いなんて言えないでしょう。ほらっ、どうなのよ!」


 一瞬の静寂。耳まで真っ赤になった俺は、小さな声ながらも答えた。


「……その……はい、あります……だから」


 強気なシルベスターは、満足げな表情で答えた。


「当然でしょう! そんな当たり前の事をここまでしないと分からないなんて、アンタもやっぱりバ……カ……」


 ここにきてやっと我に帰ってくれたのか、シルベスターは急に顔を赤らめた。俺の手を投げ捨て、服を正しく着、言った。


「お忘れなさい!」


 なんという無茶だろう。

 シルベスターはそのまま去っていった。


「和歌様、すみません。宝ば……いえ、ゴミ箱蹴飛ばしちゃって。片してたら遅くなりました。それより大丈夫ですか、トーゴの阿呆に変な事されてませんか」


 やっと来たなネル。お前にとっては俺よりも愛媛が捨てたゴミの方が大切なんだな。別にいいけど。

 俺の頬はまだ少し赤いと思う。


「シルベスターは……ちょっと無茶を言う子だね」

「え? あぁ、はい。僕に地獄に落ちろとか言いますしね」

「忘れろなんて無理に決まってるじゃんなぁ」

「え? あぁ、いっそ記憶喪失になってしまえとも言われましたね。何故和歌様が知ってるのですか」


 首を傾げるネル。勘違いしてるっぽいけど、今の出来事を知られたらそれはそれで厄介なので勘違いさせたままでいよう。

 俺は頬の熱を無理やり冷まそうと、手に持ったままの煮物に意識を向けた。


「そうだ、貰い物の煮物があるんだ」


 煮物を作ったのがシルベスターだと分かったのか、ネルは鼻で笑っていた。


「捨てて良いですよ、そんなもの」

「そんな勿体ない事出来るか。今日の夕飯に頂こう」

「貸して下さい、捨てときますね」

「会話しろよ」


 このまま家に置いておくと、本当に捨てかねないな。


「やっぱり学校持ってくか。昼飯として食おう」

「何を仰いますか。和歌様の鞄の中には、もう僕が作ったお弁当があるじゃないですか。お腹もろとも、そんな毒みたいなものが入るスペースなんてありませんよ」


 確かに俺の鞄の中には、ネルが作った弁当が入っている。でもシルベスターの作った、メイドの作った煮物だって食べたいし。


「ちなみに今日は何弁当?」

「チャーハンに春巻き、エビチリに春雨サラダを添えた中華弁当です」


 和食VS中華でもあるのか。ネルの弁当はネルの弁当で悩ましいな。

 仕方ない。


「行ってきます」


 俺は煮物の入ったタッパーを抱えて学校へ向かった。


「和歌様、学校へ不必要なものを持っていっては叱られますよ!」


 俺はネルの事を無視して先に進む。追いかけられたらどうしようかと思ったが、奴はうちの前から動かなかった。多分これが俺じゃなくて愛媛だったら、意地でも食べさせまいと追いかけて来ていただろう。所詮、奴にとって俺なんて大した存在じゃあないんだ。だからといって、悔しくもないけれど。


学校に着き、ホームルームが始まる前にタッパーの蓋を開ける。前の席に座った友人が、ジッと煮物を見つめてくる。


「和歌山、それ朝ご飯?」


 俺の事はクラスメイトの大半が和歌山呼びである。違うクラスの人や違う学年の人からは和歌山という苗字だと思われていた事もしばしば。


「いや、早弁」


 流石にネルの弁当とシルベスターの煮物を一度に食べるのはキツそうだからな。ネルの弁当は昼に食べる。

 朝食もしっかりフレンチトーストを食べてきたが、まだ腹に余裕はある。

 弁当から箸だけを取り出し、タッパーの蓋を空けた。


 大根、人参、レンコンにゴボウなど多くの根菜が入っていた。

 いちょう切りにされた大根を掴み、口の中に放る。

 味が染み込んでいて、めちゃくちゃうまい。

 洋食メインのお子様ランチも良かったが、和食もいけるのか。今度シルベスターも中華作ってくれないかな。


「おいしそうじゃん。ちょっとチョーダイ」


 友人が口を開いて、俺が煮物を放るのを期待している。

 俺が作ったやつとか、ネルが作ったやつならあげても良かったんだけど……これはシルベスターが作ってくれたやつだから。

 なんとなく、独占欲が出てしまった。


「これはダメ。かわいい子が作ったやつだから」

「何だよ、ケチ!」


 ケチで結構。

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