第6話 お子様ランチと焼きそばパン
「それって、それって、キタムラちゃんが言ってたやつ!」
「はい、コッペパンも用意してあります。ぜひご賞味下さい」
ネルはコッペパンが入った袋を持っていた。あの袋を止めてある黄色いテープ、間違いない。商店街にあるパン屋で売ってる、フワッとした触感が好評なコッペパンだ。甘いジャムをつけたり、ゆで卵やソーセージを挟んで食べたりと様々な食べ方が出来る。いや、今はそんな事どうでもいい。
愛媛はフォークの先を、お子様ランチから焼きそばの方へ変えた。まずは普通に焼きそばを食べる。焼きそばの中に入っていたキャベツが、シャキッという音を出した。
「ネル、おいしいよ!」
「それは良かった。さ、こちらのパンもどうぞ」
「やったぁ。えひめね、これやりたかったの! いいなーって、ずっと見てたの!」
愛媛はもう、ネルの作った焼きそばに釘付けだった。めちゃくちゃ楽しそうに焼きそばパンを作っている。
俺のアドバイスが役に立たなかったことに怒っているシルベスターが、目を吊り上げている。
「ちょっと、話が違うじゃない!」
「俺だってこんな事になるなんて思って無かったんだ!」
「言い訳するんじゃないわよ、誰よ北村って!」
「知らない奴だ。くそ、愛媛はなんで焼きそばパンを……あ。ちょっと待て、もしかしてっ」
俺は急いでスマホを取り出し、SNSを立ち上げた。ある言葉を入力し、検索をかける。
あぁ……やっぱりだ。
「ごめんシルベスター、俺ネルの事説教してて内容全然知らなかったんだ」
「は? 内容?」
「愛媛が好きなアニメ、二人はウニウニの内容だ。今朝やってた話のサブタイトルは……香り漂わせ! 消えたソースの謎」
「変なタイトルね」
「そうだけど、今の論点はそこじゃない。その話で出てきたのが……焼きそばらしいんだ」
「焼きそば……まさかアイツっ!」
「あぁ、今朝やったばかりのアニメ飯の再現をしやがった」
多分さっきネルが言ってたってのもキャラのセリフだろうから、アニメでは最終的に焼きそばパンになったんだろう。変なアニメだな。
待てよ、それって俺が説教してる最中のストーリーだよな? って事はアイツ、俺の説教何一つ聞いてなったな!?
山本のおじさんが眉を顰めながら言った。
「トーゴちゃんびいきとしては悔しいが……どう見ても愛媛ちゃんは焼きそばの方を喜んでいる。この勝負、ネルさんの勝ち!」
観客から喜ぶ声と落胆する声が聞こえてくる。
シルベスターは納得いかないといった顔で山本おじさんに詰め寄る。
「ちょっと主! 目を開いてもう一度見て見なさい!」
その気持ちは分かるが、何度見ても愛媛はネルの作った焼きそばパンをお気に召している。
机の上に残ったお子様ランチが、なんだかすごく寂しそうだった。分量的に、これ以上愛媛が食べる事もないだろう。
愛媛の食いかけだし、他の人に食わせる訳にもいかない。捨てるのは勿体ないし、何よりこのまま捨てるとネルが拾いかねない。
俺はオムライスを掬って、口に運んだ。ふんわりした卵に、パラパラ触感のチキンライス。俺のアドバイスを聞いてくれてか、ライスの中にピーマンは入っていない。かわりにチキンと玉ねぎ、グリーンピースとコーンが入れられている。全ての食材が喧嘩する事なく、一つにまとまっていた。
「シルベスター、うまいよコレ」
「当たり前でしょ、あたしが作ってやったのよ」
「勿体ないから俺食っていい? 俺は愛媛の食いかけ食べるの慣れてるし」
「もう食べてるじゃないのよ。まぁ……そこまで気に入ったなら、恵んでやってもいいわ」
言葉は偉そうだけど、シルベスターは少し嬉しそうな顔をしていた。かわいい。
それにメイドが作ったご飯を食べられるチャンスそうそうない、ここは喜んでいただこう。
まずはエビフライ。これは俺が買ったエビだ。限られた予算の中だったので、売ってたエビの中で一番安かったバナメイエビってやつを選んだ。このエビは殻を向いたり下処理が必要だったようで、調理した中では一番手間がかかっていたように見えた。
歯を入れた瞬間、サクッという音が聞こえた。存在感ある衣だが、油のベタつきは一切ない。
感じたサクサクは、すぐさまプリプリに変わる。噛めば噛むほど広がる、エビの甘味。生臭さもなく、意外と肉厚だ。
皿の端に添えられたタルタルソースをつけて食べると、また違う味が楽しめた。最もこれはシルベスターが作ろうとしていた味とは違ったみたいだけどな。うちの商店街ではピクルスを取り扱ってる店がなくて、きゅうりからピクルスを作るにも時間が足りず、マヨネーズにゆで卵と玉ねぎを合えただけのソースになったらしい。正確にはタルタル風ソースかもしれない。まぁ俺的にはこれでも十分美味い。むしろピクルスが入ってない分、庶民的な親しみを感じる。
フォークを刺した瞬間に肉汁が溢れたミニハンバーグも、大変美味しかった。ただ丸めた肉にケチャップがかけられていただけなのに、どうしてこうも美味いのか不思議でならない。
シンプルに塩味で茹でられたブロッコリーも、愛らしい見た目に切られたリンゴのウサギも、すごく美味かった。全然ネルの料理に負けているとは思わない。
「ご馳走様。うまかったです」
「……あっそ。当然だけどね」
多分これは喜んでくれている。彼女が動物だったら、きっと尻尾はブンブン振られていたに違いない。
「和歌様は優しい方ですね。そんなのが作った得たいの知れない料理を食べるなんて。まぁ姫様の食べかけとあらば、難であろうと僕も食べますけど」
「安心しろ。お前が愛媛の食べかけを口にする日は来ない」
残念そうな顔をしているネルの横で、愛媛が満足そうに両手を合わせた。
皿の上の焼きそばは、綺麗に完食されていた。
「ごちそうさまぁ」
「はい、お粗末様でした。おや姫様、お口の周りが汚れていますよ」
「むー」
アイツ! ナプキン越しに愛媛の口を触ってやがる! 俺はすぐさまネルの前に立ち、奴から愛媛を引き離した。
「和歌様……お言葉ですが、いくらご自分がモテないからと言って、僕と姫様の仲を引き裂こうとするのは止めていただきたい!」
「本当にお言葉だな! やっかみで止めてるんじゃねぇんだよ!」
観客達には漫才にでも見えたのか、俺達は大きく笑われた。くそっ、全部ネルのせい……。
「おい、騒がしくするな!」
笑い声が一斉に消えた。
俺達の前に、禿げたじーさんが怒鳴り込んできた。
山本おじさんは顔を歪めて、じーさんに目を向ける。
「げっ、石村のジジイ!」
「ジジイにジジイと言われる筋合いはない。大勢で騒ぎやがって、迷惑なんだよ!」
「うるさいのはそっちだろう、こっちは皆が楽しめる町おこしになりそうなイベントを」
「何が町おこしだ、こんな観光地もない場所でいくら足掻いても誰も来ないんだよ!」
確かにこの町は派手な観光スポットもない、ただの田舎だ。でも一応電車も通ってるし、住みやすい所だと思う。
シルベスターは山本おじさんに突っかかる石村のじーさんを睨んだ。
「ちょっと主、何よその無礼な爺さんは」
「近寄っちゃダメだよトーゴちゃん、コイツは前に若い娘の尻を触ってお巡りさんに注意を受けた事がある。証拠さえあれば逮捕されたのに」
「なっ、なんて下劣な!」
シルベスターはサッと尻の後ろに手を回す。この注意力は愛媛にも見習わせよう。
石村のじーさんは鼻で笑った。
「ありゃ冤罪だ、冤罪。人込みの中でたまたま手が当たっただけなんだから。それにこっちだって選ぶ権利はある」
「な、何ですって!?」
多分シルベスターは自分に自信を持ってるんだろうな、相当怒っている。
さっきまで楽し気だった商店街の中は、一気にピリピリし始めた。
険悪ムードの中、ネルが大きく拍手をする。なんて空気の読めない奴なんだ。
「おいネル、何拍手してんだ」
「僕も同意です。あの女の尻など汚くて触る気にもならない」
「何を同意してんだ!」
今にもネルに殴りかかりそうになっていたシルベスターを、山本おじさんが引き留めている。
ネルはシルベスターの事など一切気にもせず、石村のじーさんに深々と頭を下げた。
「初めまして、僕ネルリヤンです」
「何だお前は。他所者だな? 出てげ!」
「おや、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。そうだ。日本では引っ越しした際、蕎麦を食べる風習があるのでしょう? 宜しければ、こちらを召し上がり下さい」
ネルはそう言って、焼きそばが乗った皿と割り箸をじーさんに差し出した。
愛媛が食べていた皿とは別の皿に乗っている。余った分だろうか。
「なんだこれは、変なものでも入ってないだろうな」
「いえ全く。お気持ちですから、当然タダです」
タダならいいか、とじーさんは焼きそばを食べ始める。くっちゃくっちゃと音を立て、とても汚い食べ方だ。
「おぉ、なかなかうまいじゃないか」
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
「……ふん、大きく騒いだら追い出すからな!」
すごい。ネルの奴、石村のじーさんを追い返した。
シルベスターは怒りが収まらないようで、グーにした右手を振り上げている。
「待ちなさい、あのジジイ! 殴ってやるわ!」
「落ち着きなさいボロ雑巾」
「誰がボロ雑巾よ!」
ネルの余計な一言のせいで、シルベスターの怒りは再びネルの元へ戻って来た。
ため息を吐いたネルは、落ち着いた声でシルベスターを叱る。
「貴様が殴って、あの男が逆上したらどうするんです」
「逆上って……」
「皆様の態度を見るに、あの方は結構な厄介者のようです。逆上されて、この場にいる観客の方々が怪我でもしたらどうするんですか。これだから単細胞は」
確かに、ネルがじーさんを大人しくさせたのは事実だ。好意的に接するのは正解だったのかもしれない。すごくモヤモヤはするけど。
シルベスターも悔しそうな顔をしている。
ネルだけが涼し気な顔をして、山本おじさんの方を見ていた。
「とりあえず今回は全てにおいて僕の勝利です。山本様、それでよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ。なかなか面白いイベントだったよ。でも……」
山本おじさんはニッと笑って、シルベスターの前に立った。
「トーゴちゃん、リベンジしない?」




