第4話 ゴリラが元カノネルリヤン
「失礼な。確かに普通の人間ではありませんでしたが、僕らの間には確かに愛がありました」
「お前の思い込みって可能性は無いのか」
「有り得ません」
「ちなみに、相手は何?」
「ゴリラです」
「お前の許容範囲凄いな」
「あぁ、今はちゃんと姫様一筋ですよ」
「それはそれで心配なんだけど」
ピースサインを作って微笑んでいるネルを見て、シルベスターは余計怒る。
「アンタ、一生人間なんか好きにならないって言ってたじゃない!」
ネルはため息を吐いた。シルベスターも偉そうではあるけど、コイツはコイツで偉そうなんだよなぁ。
「仕方ないでしょう、好きになったら止まれない。それが僕です」
「誇らしげに言うんじゃないわよ。ならばせめて、アンタの事も殴らせなさい。そうしたら今までの事は許してやっても良いわ」
「嫌ですよ。貴方に触れられる事が嫌です。というか、もう貴方がこの世に存在してる事が嫌です」
「遠まわしに死ねって言ってるわね、アンタ」
「あぁ、可哀想なトーゴさん。馬鹿は死んでも治らない」
「何が言いたいのよ!」
埒が明かない。俺は再び言い争う二人の間に入った。
「ストップストップ。とりあえず、えっと、シルベスター? さっきからネルに殴られたって言ってるけど、この馬鹿は女の子を殴ったのか」
「そうよ。三年位前かしら、この馬鹿が会社にゴリラを連れてきたのよ。まだ新人の分際でね。そのゴリラが急に暴れて、あたしの方に来たから平手打ちしたの。そうしたらネルリヤンが怒ってあたしを殴ってきたの。ね、最低でしょう」
「うん。まぁ普通はゴリラを平手打ちする女子も居ないけど……それは良いや。ネル、今の話を聞いてるとお前の方が悪いぞ」
俺の意見を聞いて、ネルは顔を青くして言った。
「和歌様、貴方様までそんな愚かな事を申されるのですか。相手がどんな者であろうと、この馬鹿は何もしていない者を叩いたのですよ。それなのに僕が悪いと言うのですか」
「いや、ゴリラを職場に連れ込んだお前が一番悪いだろ。多分ゴリラも、いきなり変な所に連れて行かれたから暴れたんじゃないのか」
「そんな……まさか和歌様、ゴリラの気持ちが分かるのですか?」
「分かりたくもねーよ」
変態とまともに会話が出来る訳なかった。俺は思わず頭を抱えた。
「まぁどんな理由であれ、女の子殴るのは駄目に決まってるだろ」
俺に同意しているのか、シルベスターは満足げに頷いている。
一方、ネルは納得いかないらしい。また余計な口を出す。
「和歌様もお優しい人ですね。こんな下級生物を守るなんて」
「ちょっと、誰が下級生物よ!」
そんな俺達の前に、山本おじさんがやって来た。騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
おじさんは真っ先にシルベスターに顔を向ける。
「何してるんだいトーゴちゃん。喧嘩はよくないぞ」
「止めないで頂戴。いくら主のいう事でもこれだけは譲れないわ」
「トーゴちゃん、そう言って昨日ニンジン残したじゃないか」
「あれは下等生物が食べるものよ」
「全く、ワガママさんなんだから」
言葉では怒っているが、おじさんはデレデレだ。でも女の子を見る目というよりは、かわいい孫を見る目って感じ。まぁ気持ちは分かる。
ネルは山本おじさんを憐れむ目で見ていた。
「山本様ですね。二週間だけとはいえ、こんなのの主になるとは。世界で一番可哀そうなお方。でも姫様の家の隣に住んでるんだからそれくらい我慢してほしいですね」
「ちょっと! こんなのとは何よ!」
その後もギャーギャー騒いでいる二人。
おじさんはシルベスターを悪く言うネルを見て、信じられないという顔をしている。
「彼はこんなにもかわいいトーゴちゃんを、どうしてここまで見下しているんだ」
「すみません、純粋に頭がおかしいんだと思います」
その時、うちの家の玄関が開いた。
「お兄ちゃん、ネル、どうしたのー?」
「来ちゃダメだ愛媛。多分今が一番来ちゃいけない時だ!」
ネルがシルベスターに顔を向けたまま、愛媛を指さした。
人を指さすなよ。しかも仮にも好きな子を。
「見ろ底辺。あれが僕のお嫁さんだ!」
しかも勝手な事を言ってる!
「こらネル、変な紹介するんじゃねぇ!」
「いいじゃないですか。どうせ将来的にそうなるんですから」
「会話って知ってる?」
全然話が通じない。
シルベスターは俺達をジッと見つめていた。そんなに見られると照れるんだが。
「そうだわ、アンタの主に決めさせましょう」
主って俺? だとしたら普通にシルベスターを選ぶぞ。
ネルは高らかに笑った。うるさい奴だ。
「愚かだなゴミ娘。彼の隣にいる、可憐なお姫様も僕の主だ。そして姫様は僕の良さを十分理解してくれている」
もしかしなくともコイツ、俺とも契約関係だって忘れてないか?
「誰がゴミよ! 全く、その娘も主だという事はあたしにだって分かってるわよ。だからその娘に決めさせるわ。子供の方が素直な意見を出せそうだし。そうだわ、使用人らしさを表現できるかつ判定しやすいよう、料理対決といこうじゃないの。あたしとアンタ、それぞれが料理を作って、どちらの料理が良かったか選んでもらうの」
ネルは顔をブンブンと振って、勝負を拒否した。意外だな、こんなにシルベスターの事を馬鹿にしてるから、自信満々に勝負するかと思ったのに。
「いけません。ゴミが人間の食事を作るなど不衛生です! しかもそれを姫様の口にだなんて……あぁ、なんておぞましい!」
自信あり過ぎてどうかしてる感じだったわ。
「アンタまだあたしの事をゴミ扱いする訳!?」
シルベスターも怒りのあまり、俺から竹刀を奪い取って構え始めた。確かにこれはネルが言いすぎだよな、女の子に対してゴミゴミいうものでもない。俺は眉を顰めながら、シルベスターの味方になる。
「しつこいぞネル。どう見たってシルベスター人間だろ」
「これはもう人間じゃないです。でも可愛くもないです」
「お前は何でそんなに嫌いなんだ? ゴリラが殴られたせいか?」
「それもありますけど、そもそも生理的に嫌いなんです。近づかれたたけで嫌悪感を抱くんですよね。いわゆるゴキブリみたいな。でもゴキブリの方が圧倒的に可愛いですよね」
「ネルがそういう態度だからシルベスターもお前の事嫌いなんだよ」
「わぁい」
「喜ぶなよ」
シルベスターは細い指で俺の顎を包み、俺の顔を動かした。俺の目の前には、シルベスターの愛らしい顔。少し屈めばキスくらい出来そうな距離に、うっかりときめく。
「そんな変態に相手してないで、あたしの方を向きなさい!」
それもそうだな。こんな変態見てても何も得しない。
俺はシルベスターだけを視界に入れる。許可を得た事がし、ガンガン見よう。
「アンタはハンデとしてあたしにつきなさい」
「ハンデ?」
「アンタ、あの娘の兄なんでしょ? だったら知ってるはずよ、あの娘の好物を」
「なるほど」
納得した俺に満足したのか、シルベスターは俺の顔から手を離した。もう少し触っててほしかったと思うのは欲張りだろうか。
「ズルいじゃないですか、和歌様に情報を聞き出すなんて! 僕も知りたい!」
ネルは悔しそうな声を上げた。もしかしたら悔しそうな顔もしているのかもしれないけど、俺はシルベスターを見る方が楽しいのでネルの方を見ない。
「ズルくないわよ。むしろズルいのはアンタだわ。その娘はアンタの契約している家の子なんでしょう。その子の好みを知る可能性のあるアンタの方が有利になるじゃない! ハンデがあったって良いはずだわ」
「おや、自分が劣っていると分かっているんですね。身の程を知っているようだ」
「このあたしがアンタに劣る所なんてないわよ!」
劣る劣らないの話はともかく。愛媛が審査員なら、そりゃネルの方が有利かな。
「分かった。ここはシルベスターの味方するわ」
「和歌様!? そんな奴の味方しなくていいんですよ!」
「だって可哀そうじゃん」
「確かにソイツは可哀そうな頭ですけど!」
「そんな事言ってねぇよ」
騒ぐ俺達の前で、山本おじさんがシルベスターの肩を掴んだ。羨ましい。
「面白そうだ。その料理対決、うちも協力しようじゃないか!」
「え?」
山本おじさんも目を輝かせて、腕を空高くに上げた。
「いい町おこしになるかもしれない。こうなったら商店街全面協力だ! 早速皆に連絡してくる!」
そう言うと、おじさんは家の中へ戻って行った。どうやら商店街の皆に電話をしに行ったらしい。まぁ、おじさん商店街のリーダー的な存在だし。おじさんが声をかければ、皆協力してくれるかもしれない。この間のガラガラくじで主催を務めていたのも、おじさんが言い出しっぺだったからみたいだし。
っていうかなんか……大事になってきたぞ!?




