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隣の家に住んでるメイドが、ちょっと苦くてちょっと甘い  作者: 二木弓いうる


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第2話 愛媛と執事のネルリヤン

 月曜日の放課後。期待しながら玄関の扉を開けた。 


 …………あぁ、そっか。


 目の前に立っている外国人の姿を見て、思わず扉を閉める。その場にしゃがみこんで、思わず呟いた。


「そうだよなぁ……執事が来る可能性だってあったんだもんなぁ」


 扉を開けた先にいたのは、明らかに男だった。黒い燕尾服を着た、碧眼に薄い緑色の髪色をしたイケメン。

 メイドとのあわよくば生活を夢見ていたせいもあって、だいぶショックだ。でも執事だからって追い返すのも失礼だよな。今の時代、差別って言われそうだ。

 扉を開け直して、やっぱり男である事を再確認して、落胆しながら会話を始める。


「本当に来てくれたのか」

「はい」

「……メイドじゃなくて、執事が」

「すみません。そこはランダムでして。実は女の子です、という事もなく」

「だよなぁ。いや、君は悪くない。むしろ俺が悪かった、すまん」

「いえ、お気になさらず」


 イケメンは優しく微笑んで言った。俺と同い年くらいに見えるのに、なんでこんなに違うのか。顔か、顔なのか。


「初めまして、ご主人様。メイドでなくて申し訳ない。アラカルト派遣会社特殊クラス、サービスナンバーフォー、ネルリヤン・クォーカーと申します。今貴方様をガッカリさせた分まで、しっかりと働きます故、よろしくお願い致します」

「あぁ、うん」


 びっくりした。予想していたより丁寧な対応だ。

 なんせネルリヤン・クォーカーは公式で難ありと断言されている。どんな変わった奴が来ても、おかしくはないと思ってた。


「とりあえずですね、僕の事はネルとでもお呼び下さい。ネルリヤンでは長いでしょう」

「ま、まぁな」

「貴方様の事は何とお呼びいたしましょう? 何とでもお呼びいたしますよ、ご主人様でもお兄様でも。逆に僕の事も、ネルではなく好きに呼んでいただいて大丈夫です。犬と呼んでいただいても構いませんよ」

「俺が構うわ。じゃあ俺もネルって呼ぶから、普通に名前で呼んで欲しいな。ご主人とか気恥ずかしいし……」

「では和歌様とお呼びしても?」


 様付けか……まぁ二週間だけだし。イケメンから称えられるっていうのも、まんざら悪い気しない。


「良いけどさ。それより、お前本当に執事の仕事出来るのか? 見た感じ俺と同じくらいの歳なのに」

「勿論。まぁ本来の執事とは違うのですがね。僕らの行う事は日本で言う家政夫やお手伝いさんなんかの行動も含まれます。何が違うのかの説明長いですよ、聞きますか?」

「やめておく」


 元々難しい話は好きじゃない。

 ネルは嫌味の無い笑みを向けてくる。腹立たしい程顔が良いな。


「その方が宜しいかと。ところで、そちらの愛らしい方は?」

「あぁ。妹の愛媛だ。うちは一応四人家族なんだけど、両親は……旅行中で、仕事含めてよく家を空けるんだ。まぁ大丈夫、ネルの事は電話で説明したし。そこまで気を使ってもらわなくて良い」


 俺の隣に立っていた愛媛は、少し緊張した様子で頭を下げた。


「こんにちは、えひめです」

「……なるほど。愛媛様でしたか。あまりにも可愛らしいお方だったので天使かと思ってしまいました」

「へへー、そっかー」


 愛媛は嬉しそうにしてる。まったく、知らない奴には警戒しろって教えてるのに。

 その場にしゃがみ込んだネルは、愛媛に目線を近づけてニコリと微笑んだ。やっぱイケメンだ。


「では愛媛様、どうかよろしくお願いしますね」

「うん……絵本に出てくる、お姫様の後ろにいる人と同じ格好だぁ。えひめ、お姫様みたい!」

「おやおや。では姫様とお呼びしましょうか。名前にもヒメが入ってますし、愛媛様の愛らしさにピッタリです」

「やったぁ!」


 ネルの奴、早速子供心を掴んだな。

 まぁ俺と愛媛の名前は、うちのじーちゃんがミカン農家って事で和歌山県と愛媛県からつけられたから、お姫様関係ないけど。


「では早速、仕事をさせていただきますね」


 ネルはそう言うと、我が家に足を踏み入れた。よくみればネルの両手には、近所のスーパーの袋が握られていた。


         ***


 驚くほどにあっという間だった。

 台所に立ったネルは、様々な料理を作ってくれた。

 鶏のから揚げにポテトフライ、ピザやサラダもあるし、アクアパッツァとかいう馴染みのないやつもある。


「何がお好きか分からなかったので、材料も適当に買ってきてしまいました。お嫌いなものがあれば僕が食べますので、どうかお好きなものを好きなだけどうぞ」


 ずっと見張っていたから、ヘンなものは入れられてないはず。

 というか、普通にうまそうだった。


「飯作るのも執事の仕事な訳?」

「コックのいる家ならばここまではしませんが、神崎家にはコックがいませんので」

「悪かったな。っていうか普通、一般宅にはいねぇよ。でもこんなに作るなんて大変だったんじゃ」

「いえいえ。これも仕事ですから。洗い物も勿論僕がやります」

「そんな。金も払ってないのにそこまでやってくれるのか?」

「勿論。お試しキャンペーンだからと手を抜く事はありません。ただ期間延長は出来ませんので、もしお気に召していただけたのであれば契約の方お願い致しますね」


 ネルは優しく微笑んで、「さぁ召し上がれ」と料理を進めて来る。そこまでやってくれるなんて、確かにありがたい。けど、飯でほだされてたまるか!


「いっただっきまーす」

「あっ、愛媛っ」


 俺が止める暇もなく、愛媛は唐揚げを口にした。


「うわぁ、おいしいよお兄ちゃん。カリッとしてて、じゅわってなるよ!」 


 くそっ、擬音だけなのにうまそうに聞こえる!


「本当に大丈夫か?」

「すっごくおいしいもん。はい、あーん」


 またお姉さんぶってる。今までは外だと恥ずかしいからと断っていたが、家の中くらいでは好きにさせていた。けど今はネルがいる。


 ネルに見られるのも少し恥ずかしいな。横目でネルの顔を見ると、すごく羨ましそうな顔をしている。なんだ? 食いたいのか? それともコイツの難、ロリコンだったりしないだろうな。


「お兄ちゃん、食べなきゃ大きくなれないよ」


 愛媛は頬を膨らませて、早く食えと催促してきた。これで断ったら愚図られて面倒だからな。

ネルの視線は無視して、俺は愛媛に唐揚げを食わせてもらう。


「うっわ……」


 なんだこれ……こんなに美味いの食ったことない。

 冷凍の唐揚げみたいにベチャッとしてない。しっかりと衣がついていて、揚げたてなんだなってのがよく分かる。

 でも肉そのものは柔らかくて、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出た。


 いいや、まだ騙されない!


「それよりお前は食わないのか?」


 っていうか毒味させてから食えば良かった。

 ネルは首を左右に振って、一緒に食う事を拒否してきた。


「使用人が主と食事を共にするなんて恐れ多い。僕は後でいただきますから」


 いや、それはそれで気まずいな。いくら使用人って言っても、まだお客さん感あるし。そんな奴が俺らが寝てる間にこっそり飯食ってるのもなんか怖いよな。


「うちはそんなの気にしないし。一緒に食えば良いじゃん」

「そうだよネル。皆で食べるとおいしんだよ」


 愛媛は俺の意見に同意すると、ポテトフライを食べ始めた。サクっという良い音が聞こえる。


 俺達の言葉が嬉しかったのか、ネルは柔らかい笑みを向けてきた。


「姫様、和歌様……ありがとうございます。ではいただきます」

「おう食え食え。あ、寝泊りには父さんの部屋使っていいから。どうせ帰って来ないし」

「そうですか。万が一にご帰宅された際は、僕は外でも構いませんので」

「こっちが構うわ」

「冗談です」

 

 ネルはクスリと笑うと、一緒に食べ始めた。

 難のある奴だとは分かってるけど、今のところ普通に見えるから困る。


「本当にうまいな……このままだと心を許しそうだ」

「おや。ご契約していただけるのですか?」

「確定じゃない。財布とも相談してな」


 正直値段よりネルの本性が気になる……とまでは言えないよな。


「なるほど。つまり値段が関係なければ現段階では可能性がある、と」

「まぁ、本当に普通に快適だったらな」

「嬉しいです。気に入っていただけるよう、頑張らせていただきます」

「あっそ」


 まぁ今でもメイドの方が良いなとは思ってるけど。

 本当に快適だったら、二週間後には執事でも良いかと思う可能性もなくはない。


「失礼。少々連絡して来ます」


 ネルはそう言って部屋を出た。連絡って本社にか? 業務連絡とかかな。


 ガチャリ。


 あれ? 今の玄関の音じゃないか?

 アイツ外で電話しに行ったのか?

 それとも会社まで直接……いや、会社ってこの辺じゃなかったよな。

 怪しい。

 

「愛媛、大人しく食べてろよ」


 俺は愛媛に留守番をさせて、こっそりと外に出る。

 ネルは隣の家の……山本おじさんの家の前で立ち止まった。おじさんの家にはメイドがいるんだよな。羨ましい。

 連絡って、この家のメイドにか?

 それとも、まさかおじさんに?

 

 ネルは口元に手を添えて、大声で叫び始めた。


「おいダメイド! 僕はお前が断られた家で雇われる可能性があるってよー! やーい不採用ー!」


 ちょぉおおおおおおおおおおおおおおお!

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