16話 犯人と嫉妬のカップ麺
ネルは当然ながら一人で風呂に入れた。
風呂から出た後は俺お下がりのスウェットを着、ソファーに座る。毛先が濡れているので、首にタオルをかけていた。
「執事がこんな事で良いのでしょうか」
「良いんじゃないか。どうせお前、公式で執事として欠陥品なんだし」
俺はキッチンの戸棚からカップ麺を取り出しながら言った。ネルは何故か首を傾げている。
「あの会社は何で僕を特殊と判断したのでしょうねぇ」
「百歩譲ってゴリラを恋人って言ったのは良い。それを会社に連れてったのが悪かったんだろ」
「世の中は不思議だなぁ」
「お前の知ってる世の中は多分俺が知ってる世の中とは違うんだろうな」
愛媛はドライヤーを持ってネルに近づく。
「ネル、頭乾かしながら床屋さんごっこしましょ」
「ごめんなさい姫様、僕の髪ドライヤーだめなんです」
「そうなの? じゃあ、タオルで頭撫でるだけね」
「頭乾かしてもらうだけ……」
ネルは目で訴えてきた。仕方ない、俺も目で訴える。それだけだからな、と。
満面の笑みで返事をしたネルはソファーから降りて、床上に座る。変わりにソファーに座る愛媛。愛媛はタオルをネルの頭の上に乗せて言った。
「お客さん、髪ゴワゴワですね」
「人工毛ですからねー」
「お客さんの本当の髪の毛はどこに行ったんですかー」
「ライオンさんに全部むしられました」
「だから緑色なんですか」
「そうですよ。会社のお偉いさんに、カラーリングされたのを植毛しろって言われまして。適当に頷いてたらこうなりました。僕は本当は茶髪でしたよー」
変わった色の方が目立って、悪さ出来ないようにだろうな。
おもちゃのハサミを持ってくる愛媛。
「ちょきちょきぃ」
おもちゃなので当然切れない。子供のお遊びなのに、ネルは真面目な顔をしている。
「どうしましょう。僕今度からハサミを見ただけで興奮出来るかもしれません」
カップ麺に湯を入れた俺は、変態を軽蔑の目で見た。
「とりあえず黙れ」
「妄想を口にする事は、手を握る以上の行為なのですか?」
「時と場合と内容による。ほら愛媛、すぐ出来るからな。あんまり散らかすなよ」
返事をした愛媛は、急いでネルの頭を乾かそうとしている。ネルは幸せそうな顔で呟いた。
「この家に婿入りしたら毎日こんななのか……僕ってば幸せ者」
「それは真人間になってから言えよ」
三分が経過する。愛媛はハサミを片付け、俺の隣に座る。
愛媛の真正面に座ったネルは、目の前のカップ麺をジッと見ていた。ジャンクフードとかあんまり食った事ないのかな。
「いただきまぁす」
愛媛が嬉しそうに食べ始めたからか、ネルも「いただきます」と食べ始めた。俺も食べる。
蓋を剥がすと、湯気が頬を撫でた。黄色い麺を箸ですくい、一気にすする。
醤油味のスープが縮れた麺に絡まって、非常にうまい。なんだかよく分からない四角い肉も、薄っぺらいネギも、黄色い卵の欠片も、全て醤油の味に合っている。小さいけど存在感あるエビは最後に食べよう。
「カップラーメンおいしいねぇ」
「そういや、ネルが来てから一回も食ってないもんな。久々だ」
親がいない時は頻繁に食ってたから少し飽きてたけど、こうやってたまに食べるとうまいもんだ。
ネルは眉を歪め、急に不機嫌になった。
「このカップ麺は確かにおいしい。ですが僕は、今後姫様と和歌様には僕が作ってもらったものだけを食べてほしい! カップ麺に負けない!」
「カップ麺に嫉妬すんなよ。安心しろ。俺達がお前の飯を食うのもあと数日だ」
「嫌だ! 契約継続しないのであれば僕は毎日お弁当を届けに来ます!」
「変な脅迫をするな!」
でもどうしよう、ネルの飯が今後も食えるのは悪くないと思ってしまった俺がいる!
だめだ、食欲に負けちゃあいけない。
エビを食べ、スープを飲み干す。最後の方は、少ししょっぱい。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
『神崎君! 神崎君!』
山本おじさんの声も聞こえる。何か切羽詰まってるような。
箸を置いた俺は、玄関へ急いだ。
「神崎君! そっちにトーゴちゃんいない!?」
玄関を開けた瞬間、名乗りもせずにそう告げられた。
「どしたの? シルベスターなら居ないけど」
』トーゴちゃんが帰って来ないんだ!」
「探す!」
とっさに言葉が出た。俺は急いでリビングに戻り、ネルに顔を向ける。ネルがシルベスターと喧嘩したとなると、最後の目撃者はコイツだろうからな。
「おいネル、シルベスターがどこにいるのか知らないか?」
「誰ですかソイツ」
「お前に聞いた俺が間違ってた。外行ってくるけど、愛媛には絶対手ぇ出すなよ!」
俺は急いで外へ出た。どこへ行ったかは検討もつかないから、手あたり次第行くしかない。
***
「うわっ、シルベスター。大丈夫?」
しばらく探し回った後、学校の校門下にしゃがみ込んでいるシルベスターを見つけた。シルベスターに駆け寄ると、彼女は俺を睨みつけ。怒りをぶつけて来た。
「あたしがこうなってるのはね、アンタの飼ってる執事があたしに無礼を働いたからよ。まぁ、あたしも泥団子投げつけてやったけどね。しくじったわ、足をくじいた」
目撃者どころか犯人じゃねーか。
「あぁ、だからネルはあんなに汚れてたのか」
「アイツが汚れてるのはいつもの事よ」
「心がか」
「分かってるじゃない」
シルベスターはそう言いながら、校門に手をかけて。ゆっくりと歩き始めた。掴むものが校門から金網に変わる。
「あー、本当に大丈夫? おんぶでもしてあげようか」
「犬に心配されるほど困ってないわよ」
「俺は犬じゃないよ。その証拠にネルに欲情されない」
「……アンタ、少しは利口なのね」
「少しだけね。それよりさ、無理しない方が良いと思うんだけど」
「大丈夫だって言ってるでしょっつ……」
強気ではあるが、シルベスターはその場にしゃがみこんだ。俺もしゃがんで、彼女に目線を合わせる。
「女王様、説得力がまったくございません」
「……その口調は止めなさい。腹が立つわ」
「あぁ、ネル口調か。じゃあシルベスターに敬語使えないじゃん」
「っさいわね……下僕は下僕らしく黙ってなさい」
俺は黙って、シルベスターの肩を掴んだ。同情されたくなかったのか、シルベスターは目尻を吊り上げる。
「アンタみたいな一般人が気安く触るんじゃないわよ」
「ネルに触られるよりはマシでしょ。ところで、今度は何で喧嘩したの?」
「ネルリヤンが馬鹿って言ったから」
「本当によく喧嘩するね」
「アイツが突っかかってくるのよ。痛っ」
シルベスターの表情が歪む。やっぱり痛いんだろうな。
「本当に大丈夫?」
「本当にうるさい奴ね。アンタは妹を害虫から守る事に専念してなさいよ!」
「ネルは害虫じゃないよ。害虫は殺虫剤で何とかなるけど、ネルは殺虫剤じゃどうにもならないんだから」
ナチュラルに酷い事を言えた。だがシルベスターも納得している。
「それもそうね……良いわよ、なら人力車でも呼んできなさい」
「こんな町中に居ないよ」
「じゃあ馬ね……」
「もっと居ないっての!」
俺はしゃがみ込んだまま、シルベスターに背を向けた。
「ほら、やっぱりおぶってあげるから。言っておくけど、一般人が調子乗ってるんじゃなくて、ただの親切心だと考えてるだけだからね」
そう、決して下心とか、そういうのでもない。ないったらない!
首を左右に振るシルベスター。そんなに頼りたくないんかな。でもこのまま置いて行く訳にもいかない。山本おじさん達も心配してたし、早いところ帰してあげないと。
俺はため息を吐いて、シルベスターを持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこという奴だ。シルベスターは怒るが、俺も少し恥ずかしいので許してほしい。




