第14話 和歌とメイドのデート気分
電車を降りた俺達は、タクシーに乗り。養鶏場へとやって来た。
山本おじさん、タクシー代まであげてるのは本当に甘やかしすぎだと思う。俺の財布的には助かったけど。
シルベスターは直売所の入口に入るや、大きな声を出した。
「一番質の良い卵を頂戴!」
養鶏場のおじさんが驚きながらも、手書きのメニューを見せてくる。
「一番ですか? それなら六個入り三千六百円のブランド卵になりますけど」
さ、三千六百円!? 耳かきより高いじゃん!
シルベスターが躊躇いながら財布を眺め始めた。 流石のシルベスターでも高いと思ってるらしい。ダメだ、ネルに勝ちたいからってそこまでする事ない!
「やめとこうぜシルベスター、うちの愛媛そこまで味分かんないって!」
「そ、そうよね。流石に一個六百円の卵は……」
養鶏場のおじさんが首を左右に振る。
「いやいや、スーパーに売ってる卵とは全然別物ですよ。弾力のある黄身は、栄養価が高くて味も濃厚。色もキレイなオレンジ色で」
流石は作り手。こだわりがあるようだ。
とはいえ、こっちだって限度はある。
「せめて千円、せめて千円台ので!」
「ございますよ。千三百円の三十個入りが」
三十個も要らないと思うけど、卵なら普通に食べ る事も出来るだろうし。
シルベスターも納得したみたいで、人差し指で一を表す。
「じゃあそれを頂戴」
「ありがとうございます。配送しますか?」
「いいわよ。すぐ使いたいから、そのまま持って帰るわ」
「かしこまりました」
卵は割れないよう、頑丈な段ボールで包まれている。とはいえ落としでもしたら流石に割れるだろう。不安だ。
「持っててあげようか」
「これはあたしが持つわ。大事な卵だもの」
なんとなく、愛媛がスーパーのカゴを自分で持ちたがっていた時の事を思い出した。何年か前の話だけど。
ふと、店の外にカフェテラスのようなスペースがある事に気づいた。
「隣はカフェなんですか?」
「えぇ。自慢の卵料理をふるまいます。良かったらぜひどうぞ」
「もしかしてプリンもあります?」
「勿論」
これは……良い口実になるような気がする。
「シルベスター。研究していかない?」
「研究?」
「そりゃシルベスターが作ったプリンもうまいんだろうけどさ、他の味を知るのも良いんじゃない? 普通に俺が食べたいだけでもあるんだけど」
「……まぁ、一理あるわね。それくらい食べる時間ならあるし、良いわ。研究させてやるわよ!」
成功だ。
卵を持ったままウロウロなんて出来ないだろうし、山本おじさんが心配するだろうから遅くまで引き留めてはおけない。
けどプリンを食べる時間くらいなら、きっと誤差の内。ここでなら卵も預かってもらえるだろう。
俺だって帰ったらネルから愛媛を守る羽目になるんだ。
もう少しくらいデート気分を味わったって良いだろう!
卵の箱を預け、カフェスペースの方へ移動する。
そこまでの広さはないが、落ち着いた雰囲気のあるテラス席。
俺達は木製のテーブル席に座った。目の前にメイドが座っている。なんて素晴らしい景色なんだ。近くでニワトリの鳴き声が聞こえるが、そんな事一切気にならないレベルだ。高評価をつけよう。
カフェを利用し終えた客らしき人達が、通りすがりにシルベスターを見ていた。
「メイドだ! この店萌え萌えキュンとかしてくれたの!?」
「いや、普通に客席座ってるし。ただのコスプレだろ」
「なんだぁ。サービスじゃないのかー」
俺には一切触れられずに去られたが、一体どう認識されていたんだろうか。
シルベスターは眉を八の字に曲げていた。あぁ、本職的にコスプレって言われたら気に入らないのかな。
「下僕、今の何?」
「しょうがないだろ。いくら研究中とはいえ、仕事中のメイドが歩き回ってるとは思わないよ。」
「違うわよ。さっきの、萌えなんとかって言ってたやつよ」
「なんだ、萌え萌えキュンに反応してたのか。何って言われると……料理がおいしくなる、おまじないの呪文的な? メイド喫茶とかだとそういうサービスがあるらしいね。メイドといえばそういうイメージを持つ人もいるんだと思う」
それか金持ちの家にいるか、ってイメージだよね。
「どうやるの?」
「どう……?」
「その呪文ってやつよ。おいしくなるならやった方が良いじゃない」
まさか……やってくれるのか!?
デートというよりお店感が強くなったが、この際どちらでも構わない。
「俺も詳しくは知らないけど、手でハートを作って、萌え萌えキュンって言えば良いんだよ」
その時、ちょうどプリンが運ばれて来た。
透明な瓶に入っていて、なんだか可愛らしい。
シルベスターは胸の前で手をハート型にさせた。もうこれだけで良いものを見た気がする。
「……萌え萌え、きゅん?」
恐ろしい破壊力だった。
分からないままやった感が強く、愛想は一切ない。だがそれが良い。新人メイドを見ている気分だ。
「……金はプリンを奢るだけで足りる?」
「意味が分からないけど、奢りたいなら奢らせてやるわ。それより、これの何が楽しいの?」
「楽しいというか、浪漫だよね」
それでもなお分からないという顔をされた。これ以上聞かれても困るし、普通にプリンをいただくとしよう。
木のスプーンでプリンをすくい、口の中に入れた。
「あ、うまい。やっぱ良い卵使ってるんだな、味が濃いや」
「そう。あたしのおまじないが効いたのね」
先ほどの萌え萌えキュンがフラッシュバックする。
どうしよう、一気に味が分からなくなった。
トントン。
店員さんに肩を叩かれた。マズい、店で変なことするなって怒られるか?
「お客様、当店オムライスがございますが。ケチャップもこちらでかけずにお渡しできます」
「お願いします」
店員も俺もノリノリだった。
帰ったらネルの飯が待っているのは分かっていた。それでも頼まずにはいられなかった。というか、この店員商売上手だな。
「オムライスならこの間作ったじゃない。それを研究する意味ある?」
「これは単純に俺が食べたいだけだよ。シルベスターにも分けてあげる」
「いらない。そんなに食べられないわよ」
「じゃあ俺が頑張って食べるから、ケチャップだけかけてくれ」
「構わないけど、意味が分からないわ」
そう言いながら、シルベスターはプリンを食べ始めた。
過去一の笑顔を見せて、二口目、三口目と口にしていく。
「悪くないわね」
そう言ったのは、瓶の中身を空っぽにしてからだった。
つい見とれていて、自分の方は全然食べれてない。オムライスを待っている間、暇にさせるのも悪いよな。デザートを先に食べる形になっちゃうけど仕方ない。
慌ててプリンをかきこんで、話し相手になる。
「どうだったシルベスター、良い研究になった?」
「そうね。アンタの妹も好きそうな味?」
「えっと……そうかもしれない」
正直プリンの味どころじゃなかった、とは言えない。
「お待たせしました、オムライスです」
ちょうど運ばれて来たオムライス。この間シルベスターが作ってくれたふわとろオムライスと違って、薄焼き卵だった。
シルベスターはケチャップを手に取る。
「何を描けっていうの?」
「こういう時はハートを描くと相場が決まってるんだよシルベスター」
「しょうがないわね……あっ」
ハートは若干歪んでいた。これはこれで和むけど、シルベスターは気にしているようだった。
「そういやシルベスター、不器用だって山本おじさん言ってたな」
「な、何よ。これくらい愛嬌でしょ。それとも、あたしの描いたオムライスが食べられないって言うの?! 別に食べたくなきゃ食べなくったっていいわよ、あたしが食べるわよ!」
「そんな事言ってないだろ。いただきます」
どうせならケチャップのかかった部分からいきたくて、オムライスの真ん中にスプーンを入れた。
薄めの卵と、しっとりめのケチャップライス。中にはピーマンと玉ねぎとソーセージが入っている。
歪なハートに和んだおかげか、さっきのプリンよりは味も分かる。ケチャップライスもそこまで濃い味じゃないから、上にかけられたケチャップがあって、ようやく丁度いい味だ。
「うん。うまい」
「ふん、あたしが描いたんだんだもの。おいしくて当然よ」
さっきまでうまく描けなかったって気にしてたくせに、今はとても偉そうにしている。
これがツンデレメイド……!
メイド効果もあったとはいえ、とてもおいしかった。
外食したとしても、ここまで笑顔になった事はない。
「ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそー」
店員もかなりニコニコしていた。
後から聞いた話だけど、この店ではメイドさんによるオムライスにおえかきサービスが始まったらしい。どう考えてもシルベスターの功績だった。
預けていた卵を受け取ってから帰る。
帰り道も勿論タクシー。山本おじさん本当に以下略。
駅に着いた俺達は、その混雑具合に驚いた。多くのサラリーマンや学生達が、電車が来るのを待っている。そうか、丁度皆帰る時間帯なんだ!
電車が来ると、人だかりは一斉にその中に入ろうとする。
俺達は流されるように電車の中へ入った。反対側のドアに背中をつけたシルベスターが、人と人の間から顔を出している。
「下僕! 卵を守りなさい!」
そんな事言われても、卵の箱を持っているのはシルベスターだ。箱を受け取ってもいいが、万が一受け渡しに失敗して落としても怖い。
仕方ない。
俺はシルベスターの顔の横に手を置き、空間を作る。
まるで壁ドンしたみたいになった。これは違うから。嫌がらせでも下心でもない、卵を守るためだから!
「混んでるね……」
誤魔化すように呟いた。シルベスターも多少恥ずかしさを感じてくれているのか、俯いている。
「……自家用車かヘリを用意して欲しいのだけど」
「無茶言わないでよ……卵つぶれないようにね」
「分かってるわよ」
到着まであと二駅。俺達は静かに、電車に揺られていく。
目の前で少し恥ずかしそうにしている彼女を見ながら、俺は決意した。
早いところ契約しよう。




