第九回
第九回:激動の祝杯、見習い女官の孤独な匙
ドロリ、トクトクトク……――燕山君の暴政に震える漢陽の路地裏。母を失って二年。ソリは養父トックが造る、濁った、しかし力強い酒を瓶に詰め、一人で街を駆け抜けていた。背負った籠の中で、酒瓶がカチャリ、カチャリと鳴るたび、彼女は母の遺した銀の匙の重みを思い出していた。
バシッ、ヒソヒソ……――酒を届けた晋城大君の私邸。そこには、死を覚悟した男たちのギリッという歯噛みの音と、密議を交わす低い声が満ちていた。ソリは、その緊張感の奥に潜む「変革の匂い」をスゥーッと吸い込み、皇太后殿の尚宮の前で、土下座をして叫んだ。
「……お願いです! 私を宮中に、女官にしてください! 味わいたいのです、この国の真実を!」
ドォォォォン、ワァァァァ!――一五〇六年、秋。宮廷を揺るがす勝ち鬨の音。クーデターは成功し、晋城大君は中宗として即位した。その連絡役をスタスタと完遂した功績により、ソリはついに、念願の宮廷への門を叩く権利を得た。
ギィィィィ……、バタン――重厚な宮門が閉まる音。半月の訓練を経て、女官見習いとなるための第一歩。ソリは、真っ新なチマの裾をシュッと整え、希望に胸をドクン、ドクンと高鳴らせていた。
ピチャッ、ネチャッ――だが、訓練初日の水刺間。共に学ぶ見習いたちが、ソリの足元にわざと汚水を撒き散らした。
「……白丁の娘が、私らと同じ空気を吸うなんて、反吐が出るわ」
ヒソヒソ、クスクス……――冷たい嘲笑の波。食事の時間も、ソリの席には誰も座らない。
一人、冷え切った粥をシャリッと匙ですくうソリ。米粒の芯が残る粗末な食事。だが、彼女はその「拒絶の味」を、一滴も残さずゴクリと飲み込んだ。
ジロリ――ソリは、遠くで自分を蔑む少女たちのカチャカチャという騒がしい食器の音を、静かに聞き流した。
(……いいわ。あなたたちが笑っている間に、私はこの宮廷に隠された『音』をすべて、味方にしてみせる)
シュッ、シュッ――。
(母様……。孤独の味は、復讐の包丁を研ぐのに最高のおかずです)




