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『絶対味覚の毒見侍女と、父を陥れた天才包丁人――宮廷に潜む嘘を、私は舌で暴く』  作者: 水前寺鯉太郎


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第六回

第六回:再会、味なき武官と神の舌

 ザァァ、ザァァ……――宮廷の回廊を、容赦のない雨が叩きつけている。あの日、雪の上に散った王妃の血を洗い流そうとするかのような、重く湿った雨音だ。

 水刺間スラッカンの片隅で、ソリは独り、古びた鍋を火にかけていた。

 コト、コト、ポコッ――煮えているのは、何の変哲もない干し魚の汁物だ。だが、その湯気からは、微かな「寂しさ」の香りが立ち上っている。

 ソリは、開け放たれた扉の先に立つ人影に、ジロリと視線を走らせた。

 ドサッ、ジャラリ――濡れそぼった笠を脱ぎ捨て、一人の老武官がそこに立っていた。

 ペク・ウンラク。かつて王命を全うし、自らの魂を山中の洞窟に置いてきた男だ。彼の瞳には光がなく、ただ虚無だけがズブズブと淀んでいる。

 「……貴公が、あの『神の舌』を持つ娘か」

 ペクの声は、枯れ木が擦れるようにギチギチと鳴った。彼はソリの前にドスンと腰を下ろし、差し出された汁物の椀を無造作に掴んだ。

 ズズッ、ゴクリ――ペクは喉を鳴らして飲み干すが、その表情には一片の動揺もない。まるでお湯でも飲んでいるかのように、淡々と、そして虚ろに。

 「……何もせん。俺の舌は、あの日から死んでいる。どんな名薬も、どんな猛毒も、俺にとってはただの『水』だ」

 ペクは自嘲気味にフンッと鼻を鳴らした。

 だが、ソリは彼の手元を、ペロリと指先を舐めながら見据えた。

 スゥーッ、クン――ソリの鼻腔を突いたのは、汁物の香りではない。ペクの身体から染み出す、十数年前の「古い雪」と「錆びた鉄」の臭いだ。

 「……いいえ。あなたは味わっていますよ、お役人様」

 スタスタ、ピタリ――ソリはペクの目の前に立ち、その椀の底に残った一滴を、自らの舌で味わった。

 チリリッ、ドクン。

 「……これは、後悔の味です。喉を焼くような熱さの裏に、飲み込めなかった『言葉』が、ヘドロのように固まっている。……あなたが殺したのは王妃様ではなく、ご自分の舌だったのですね」

 ドク、ドク、ドクンッ――ペクの心臓が、自分でも驚くほどの音を立てて跳ねた。老師の言葉が、耳の奥でボワァンと蘇る。

 (一人はお前の運命を、その鋭い舌で切り開く娘……)

 「……貴様、まさか……あの時の……」

 ペクの指先が、ガタガタと震え始める。彼はソリの瞳の奥に、あの日、雪の上で呪詛を吐いた王妃の「紅」を見た。

 「……お名前を。私の父を死に追いやった男たちの名を、あなたが知っているはずだ」

 ソリの言葉が、鋭い包丁のようにペクの胸をサクッと切り裂く。外では雷鳴がゴロゴロと轟き、宮廷の闇を白く照らし出した。

 そこへ、ジェハがドカドカッと駆け込んでくる。

 「ソリ! こんなところで何を……ッ、貴様は、元禁衛営のペク・ウンラクか!?」

 ジェハの叫びを余所に、ソリとペクは互いの「音」を食い入るように見つめ合った。

 失われた味覚。呪われた記憶。三人の女を巡る運命の歯車が、ギチ、ギチ、ギチ……と音を立てて回り始めた。

 シュッ、シュッ――。

 (父様……。ようやく、あの日止まった時計の『音』が聞こえてきました)

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