第五回
第五回:賜薬の残響、運命を告げる洞窟の老人
ガチャン、ヒョロヒョロ……――静寂に包まれた私邸の庭に、陶器が割れる無機質な音が響き渡った。
成宗十三年。雪が舞い散る夜、一人の美しい女が、王命によって差し出された漆黒の液体を飲み干した。
元妃、ユン氏。その唇から零れた最後の一滴が、真っ白な雪の上にドロリと不気味な花を咲かせた。
ドサッ、ゴクリ――立ち会った武官、ペク・ウンラクは、その光景を一生忘れられないだろうと直感した。王妃が絶命する間際、真っ赤な血に染まった袖を振り回し、叫んだ怨嗟の声。
「私の血が乾かぬうちに、この恨みを晴らしてやる」
その言葉が、耳の奥でキィィィィン、と鳴り止まない。
ドボドボ、カチャリ――それから数日、ペクは酒に逃げた。武官として王命に従ったまで。だが、彼の喉を通る酒は、あの夜の毒液と同じ味がした。
「……はぁ、はぁ……」
深い山中、千鳥足で彷徨う彼の視界は、グラグラと歪んでいる。
ヒュゥゥゥゥ、ザッ――冷たい夜風が首筋を撫でた瞬間、足元の土がズルリと崩れた。
「……ッ!?」
叫ぶ暇もなかった。
ヒュンッ、ザシン!――崖下へ叩きつけられた衝撃。全身を走るビリビリとした激痛。ペクの意識は、深い闇の底へとズブズブと沈んでいった。
パチッ、パチパチ……――微かな薪の爆ぜる音で、ペクは目を覚ました。鼻を突くのは、薬草の独特な、ムワァとした匂い。そこは、外の寒気が嘘のように温かい、不思議な光に満ちた洞窟の中だった。
スリ、スリ、スリ……――傍らでは、髪も髭も真っ白な老師が、古びた薬研を黙々と回している。
「……気がついたか。死ぬにはまだ早い、業の深い男よ」
老師の声は、洞窟の壁にボワァンと低く反響した。
ゴクリ――ペクは乾いた喉を鳴らし、か細い声で問いかけた。
「……ここは……。貴殿は、一体……」
ピタリ――老師の手が止まった。彼はペクをジロリと射抜くような眼光で見つめ、一言ずつ、重みのある言葉を吐き出した。
「お前の背後には、三人の女が立っておる。一人はお前が死に立ち会った、血を吐いた王妃。……一人はお前の運命を、その鋭い舌で切り開く娘」
ペクの心臓が、ドクン、と大きく脈打った。
老師はさらに深く、予言を続けた。
「そして最後の一人。……その女こそが、この国の食と、お前の命を味わい尽くす『真の毒』となろう」
シュンシュン、ポタポタ……――薬を煮出す鍋から、再び音が立ち上る。
「三人の女……。それが私の、運命だと申すのか」
ペクの問いに、老師は再びスリ、スリと薬研を回し始めた。
「……味わえ。これからの世に流れる、血と涙の混じった味をな」
ペクの意識は、再びフワァと遠のいていった。洞窟に響く薬研の音だけが、これからの動乱を予感させるように、いつまでも響き渡っていた。




