第四十九回
第四十九回:廃院の記録、王の孤独な決断
「……思い出したぞ。あの日の酒の味、そして、あの少女の真っ直ぐな瞳を」
中宗王は、私室で独り、机に置かれた銀のボールペンを見つめていた。即位前、命を狙われ、孤独の中にいた自分に酒を届けに来たあの幼い娘。それがソリであったという事実は、王にとって単なる偶然を超えた「天命」に思えた。
「余は、お前に救われ続けてきたのだな。……ならば、余もお前を、余の命に代えても守らねばならぬ」
王の決意は、もはや一介の臣下に対するものではなく、魂の戦友に対するものへと変わっていた。
王宮の華やかさとは無縁の、病と貧困が渦巻く活人署。ソリはそこで、王から下賜された銀のペンを、ボロボロの紙に走らせていた。
『栄養失調による免疫低下。……必要なのは薬ではなく、一杯の粥である』
かつて王の健康を綴ったそのペンが、今は名もなき民の「生きる権利」を記録している。
そんな中、仕事前に立ち寄ったミン・ジョンホ。だが、その態度は以前のような温かさを欠き、どこか突き放すように冷たい。
「……ソリ。ここは君の居場所ではない。早く宮中へ戻るべきだ」
(……ジョンホ様。なぜ、そんなに遠くへ行ってしまわれるのですか)
ソリの胸に、かつてない不安が去来する。だが、彼女は知らない。ジョンホが、彼女を政治の泥沼から守るため、独り「最期の戦い」を準備していることを。
静かになった王宮。チェ一族が去り、新たな最高尚宮が選ばれる再建の最中、后はソリを呼び戻した。
「……ソリ。皇太子と、私の息子・慶源王子の行く末を案じている。……私が死んだ後、誰がこの子たちを守る記録を遺してくれるのか」
后の言葉は、母としての愛か、それとも新たな権力争いの火種か。その密談の一部を、扉の外で聞き入る中宗王。
(……后よ。お前まで、この『記録』を武器にするのか)
王の瞳に、深い悲しみと、ある「峻烈な決断」が宿った。




