第四十五回
第四十五回:殺意の鍼、慈悲の記録
「……私の命を救うか、それとも母の無念を晴らすか。選ぶがよい」
自ら食中毒を装い、実験台となったチェ女官長。青ざめた顔で横たわる彼女の脈を診るソリの指先が、微かに震える。今、この瞬間に鍼をわずかに逸らせば、すべてが終わる。長年の憎しみが、ソリの脳裏で黒い渦を巻いていた。
だが、ソリの懐には、王から下賜された「名前入りのボールペン」があった。彼女はそのペンを取り出し、チェ女官長の刻一刻と変わる容態を、寸分の狂いもなく紙に書き留めていく。
『脈拍、急。皮膚に紫斑あり……』
墨を磨る時間さえ惜しい医療の最前線で、ボールペンのインクは「私情」を排した「客観的な真実」を刻み続ける。
(……私は、あなたを殺さない。……医術という名の光で、あなたの闇を暴き出すために)
ソリが打った一筋の鍼は、復讐の刃ではなく、医者としての意地であった。
一方、宮中では冷酷な政治の風が吹き荒れていた。
「半月以上も報告を怠るとは、特使としての義務を忘れたか!」
オ・ギョモの執拗な追及により、ミン・ジョンホは免職の憂き目に遭う。疫病の村で命を懸けて戦った英雄が、書類一枚の遅れで歴史の表舞台から引きずり下ろされる不条理。
「……地位を失っても、志は失っていない」
ジョンホは静かに官服を脱ぎ捨てたが、その瞳は、ソリを守り抜くという決意に燃えていた。
内医院では、ソリとヨリの対立が極限に達していた。シンビの機転により、ヨリの嘘が暴かれようとしたその瞬間、ヨリは不敵な笑みを浮かべて跪いた。
「……私の不徳でございます。和を乱した責任を取り、自ら異動を申し出ます」
それは反省ではなく、次の戦場への「転進」だった。
「ソリ……私、怖い。母様のように、私も死んでしまうのではないかしら」
淑媛の位を授かり、新しい命を宿したヨンセン。彼女の喜びは、出産への強い不安に塗りつぶされていた。そんな彼女の専従医女として配属されたのは、他ならぬヨリだった。
「……淑媛様、ご安心を。私が、つきっきりでお守りいたします」
ヨリの冷たい指が、ヨンセンの腹部に触れる。ソリが最も守りたい友の命が、今、最も信頼できない敵の手に握られたのだ。




