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『絶対味覚の毒見侍女と、父を陥れた天才包丁人――宮廷に潜む嘘を、私は舌で暴く』  作者: 水前寺鯉太郎


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第四回

第四回:甘い沈黙、五感を欺く「虚無」の味

 キラリ、ツヤッ――王宮の広間に並べられた、極彩色の茶菓チャグァの数々。花の形を象った茶食ダシクや、蜜が滴る薬果ヤッカが、銀の皿の上で誇らしげに光を反射している。

 今日は、隣国からの使節を迎える重要な祝宴。水刺間スラッカンの熟練料理人たちは、自分たちの技の結晶を前に、鼻をフンッと鳴らして胸を張っていた。

 ピンッ、カチャリ――毒見役の長が、鋭い銀の針を菓子に刺していく。だが、針はどこまでも白銀の輝きを保ったまま、変化の兆しすら見せない。熟練の毒見役がそれを口に含み、モグモグ、ゴクリと力強く飲み込んだ。

 「……異常なし。甘み、香り、共に天下一品にございます」

 その言葉に、大臣たちは安堵し、ガヤガヤと賑わいの音を大きくした。

 だが、給仕の列に並ぶソリの鼻腔は、その甘い空気の中に、異質な「空白」を感じ取っていた。

 スゥーッ、クン――ソリは、目の前を通り過ぎる菓子の盆に、全神経を集中させた。本来なら、蜂蜜の野性味や、粉が焼けた香ばしい匂いが混じり合うはずだ。だが、この菓子からは、それらが一切聞こえてこない。まるで、そこだけが真っ白な虚無に塗りつぶされたような、死んだ静寂が漂っている。

 ペロリ――ソリは、調理場の隅に残された菓子の欠片を、誰にも気づかれぬよう舌に乗せた。

 ……。

 音が、消えた。

 甘い。確かに甘い。だが、その甘みには「命」がない。舌の上で溶ける感覚が、あまりに滑らかすぎて、食材としての抵抗が何一つ存在しないのだ。

 ゾワッ――ソリの背筋を、氷のような冷気が駆け上がる。

 (……感知不能。銀の針も、人の舌も、食材の『完璧すぎる純度』に欺かれている。……これは毒ではない。もっと恐ろしい、無の欠片だ)

 広間では、王がにこやかに薬茶の器をカチャリ、と手に取った。その隣には、あの「虚無の菓子」が置かれている。ソリの脳裏で、父の遺した言葉がドクン、と脈打った。

 (特定の条件で牙を剥く、二液性の罠……。あの薬茶の成分と混ざった瞬間、この菓子は死の氷へと変わる!)

 スタスタ、バンッ!

 「……お控えください!」

 ソリの声が、祝宴の喧騒を切り裂いた。王が驚き、手をピタリと止める。水刺間の長が「無礼者ッ!」と顔を赤くし、ドカドカッとソリへ詰め寄った。

 「何をトチ狂ったか! 銀の針も反応せず、熟練の毒見も無事なこの菓子を、汚らわしい小娘が疑うというのか!」

 そこへ、広間の入り口からジャラリ、と刀の鳴る音が響いた。ジェハだった。ソリの鋭い眼光を見た瞬間、すべてを悟り、王の前に立ちはだかる。

 「……待ってください。この娘の舌が『嘘』を味わったのなら、そこには必ず、地獄の蓋が開いている」

 ソリは、王の前に置かれた茶碗を手に取り、その中へ菓子を一つ、カチャリと落とした。

 ……。

 最初は、何も起きなかった。

 だが、数秒後。

 パチッ、チリチリ……――茶碗の底から、微かな、しかし鋭い金属的な音が弾け始めた。それは、普通の菓子が溶ける音ではない。無色無臭の鉱物毒が、茶の成分と反応し、鋭い針のような結晶へと姿を変えていく死の旋律だ。

 「……お分かりですか。これが、水刺間の誰もが聞き逃した『死の音』です」

 ソリは茶碗を、大臣たちの前へドスンッと突き出した。中の液体は見る間にドロリと濁り、不気味な黒い結晶が、ピキピキと音を立てて増殖していく。

 「ヒッ、うわぁぁぁ!」

 悲鳴が上がり、広間は一気にパニックへと陥った。

 ソリは、群衆の影でガタガタと震えながら、自分の喉をゴシッと拭っているムジンを、ジロリと見据えた。

 「……五感を欺く完璧な無。さすがはムジン様。ですが、どれほど音を消しても、私の舌には、あなたが隠した『殺意の冷たさ』が、鮮やかに味わえましたよ」

 カハッ、ヒュウ……――ムジンは言葉を失い、逃げるようにその場を去ろうとする。だが、その背後に、ジェハがバシッと力強く手を置いた。

 「……逃がさんぞ、ムジン。この『無の毒』の出所、お前の冷え切った蔵の中まで、義禁府がじっくりと味わわせてもらおう」

 ジャラジャラ、ドシン――ムジンは捕らえられ、広間には再び、静かな、しかし重厚な空気が戻ってきた。

 王は震える手で、ソリが浄化した後の、真実の空気だけをスゥーッと吸い込んだ。

 「……ソリ。お前の舌は、この国の闇をすべて暴く包丁だな」

 ソリは深く一礼し、スタスタと自らの持ち場へと戻る。その足音は、以前よりも少しだけ、力強く響いていた。

 シュッ、シュッ――。

 (父様……。奴らが仕掛けた透明な殺意、私がすべて暴き、真実の重みを味わわせてやりました)

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