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『絶対味覚の毒見侍女と、父を陥れた天才包丁人――宮廷に潜む嘘を、私は舌で暴く』  作者: 水前寺鯉太郎


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第三十七回

第三十七回:歪められた記録、義の胎動

 「……海賊を治療した手で、この国の法を汚したか」

 義禁府の暗い地下牢。ソリを待ち受けていたのは、情け容赦ない審問だった。済州島の長ハン・ドンイクの報告書には、こう記されていた。――『奴婢のソリが海賊と通じ、官軍を裏切った。自分はあえて一時撤退し、機を伺って反撃したのである』と。己の臆病を「戦術」へとすり替え、一人の娘を「謀反人」に仕立て上げる。権力者がペン一本で歴史を塗り替える、その残酷な瞬間だった。

 「……嘘です。あの方は、私の目の前で逃げ出したのです!」

 同行していたミン・ジョンホが、声を荒らげて虚偽を暴こうとする。だが、背後に控えるオ・ギョモの冷笑が、正義の言葉をかき消す。

 「……だが、お前が敵の大将を治療した事実は消えまい。それは、国家への反逆だ」

 医術という慈悲が、政治という冷徹な論理によって「毒」に反転させられた。

 一方、宮中の医局や水刺間スラッカンでは、ある「噂」が風のように駆け巡っていた。

 「……海賊をも救った医女がいる。身分を問わず、ただ命のみを見たのだという」

 医女たちは、その「チェジュドの女」の行為に、医としての矜持を揺さぶられる。法を守るべきか、命を救うべきか。彼女たちの迷いは后(王妃)の耳にも届き、凍りついた宮廷の空気に、わずかな亀裂を生じさせていた。

 その頃、北の国境ピョンアンドで女真族を退けた英雄、キム・ギョンソン長官が宮中へと返り咲いた。

 「……今の朝廷には、腐った官僚ではなく、ミン・ジョンホのような骨のある男が必要だ」

 武勲を立てた彼の発言力は、オ・ギョモら文官勢力にとって無視できない脅威となる。ジョンホへの帰還要請。それは、ソリを救うための「影の戦い」が、国境警備という国家規模の力と結びついたことを意味していた。

 「……ソリ。済州島の潮風で、少しは賢くなったか?」

 牢獄を訪れたのは、かつての恩師チョン・ウンベクだった。彼は済州島でチャンドクが「ヤブ」と呼んだ男。だが、彼の瞳にはソリの成長への確信が宿っていた。

 「……数日後に医女試験がある。これに合格し、王様の側近となれば、ハン・ドンイクの嘘を暴く機会も得られよう」

 不定期にしか行われない、医女試験。今、ソリの前には「謀反人として処刑される道」と「試験に挑み、歴史を正す道」の二つが、鋭く分かれて横たわっていた。

 (母様、ハン最高尚宮様……。私はまだ、終われません)

 鎖に繋がれた手で、ソリは心の中に一本の針を研ぎ澄ませた。千七百年の歴史の中で、一人の奴婢が「真実」を記録し直すための、孤独な戦いが始まろうとしていた。

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