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『絶対味覚の毒見侍女と、父を陥れた天才包丁人――宮廷に潜む嘘を、私は舌で暴く』  作者: 水前寺鯉太郎


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第三十六回

第三十六回:万里を越える絆、血を吐く独学

 「待っていろよ、ソリ! 今、トックおじさんが助けに行くからな!」

 漢陽ハニャンの港。高句麗から続く千七百年の歴史の中で、幾多の英雄が大陸へと馬を走らせたが、この小太りの男ほど必死な顔で船に飛び乗った者はいなかっただろう。

 トックの妻は、酒の注文に追われ同行こそ叶わなかったが、夫の荷物に「これでもか」というほどの土産を詰め込んだ。

 「……これは、ソリが一番好きだった干し魚。こっちは、あの子が火傷した時に使っていた薬。……あんた、ソリに会ったら伝えなさい。『私たちは、あんたを一度も見捨てちゃいない』ってね」

 夫婦の絆、そして血の繋がらない娘への愛。それは、帝国の公式な記録には残らない、しかし最も尊い「真実の記憶」だった。

 一方、済州島の闇。波の音がザブォォォンと岩を砕く中、ソリは一人、自分自身の腕に針を突き立てていた。

 「……なぜ、当たらない。なぜ、感じない……!」

 彼女が一人で修練を続けていた理由。それは、あまりにも残酷な「料理人の手の壁」だった。長年、重い鍋を振り、包丁を握りしめてきた彼女の手は、指先の皮が厚く硬くなっていた。医者にとって最も重要な「脈診みゃくしん」……。微細な血管の震えを感知するには、彼女の手は「職人の手」になりすぎていたのだ。

 「料理で人を喜ばせる手になった私が、今さら、人を救う針を持てるのか」

 絶望に打ちひしがれながらも、彼女は石を削り、指先を磨き、感覚を研ぎ澄まそうと血の滲む修練を繰り返す。復讐のためではない。ハン最高尚宮が遺した「医食同源」の志を、自らの血肉に刻むためだ。

 その様子を影で見守るミン・ジョンホ。彼は職を辞してまでソリを追ってきたが、今の彼女にかける言葉を見つけられずにいた。

 「……ソリ。君は、歴史を独りで背負おうとしているのか」

 その頃、漢陽ではオ・ギョモらが、中宗の健康不安を機に、さらなる権力の独占を狙っていた。中央の「政治という毒」と、辺境の「医術という薬」。千七百年の帝国を揺るがす対決の火種は、この静かな済州島の夜に、ひっそりと灯されていた。

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