第三十五回
第三十五回:再起の針、地の果ての再会
「……医女になれば、奴婢の身分でも宮中へ戻れる。本当ですね?」
済州島の冷たい潮風の中、ソリの声が鋭く響いた。復讐でも、単なる帰還でもない。失われた真実を歴史に刻み直すため、彼女は「料理」という包丁を置き、人を活かす「針」を手に取る決意をしたのだ。
「……私を、弟子にしてください」
かつて最高尚宮を争った女が、泥にまみれた地の上で、傲慢な医女チャンドクに深く頭を下げた。チャンドクは鼻で笑いながらも、その瞳の奥に宿る「不滅の炎」を見逃さなかった。
「いいわ。ただし、私の下で生き残れるならね」
始まったのは、指導という名の「拷問」だった。薬草の選別、重労働、そして容赦のない叱責。当初は嫉妬していた他の見習いたちでさえ、ソリの壮絶な修行に同情の涙を流すほどだった。だが、ソリは一言も泣き言を言わない。彼女を支えるのは、ジョンホが密かに届けてくれる医学書と、彼が語る「新しい国の形」への希望だった。
ある夜、チャンドクはソリを連れ、山奥の隠れ家へと向かった。そこにいたのは、衰弱しきった一人の流刑者。
「……チャンドク様、流刑者の診察は国法で禁じられています。見つかれば、あなたまで処罰される!」
ソリの制止を、チャンドクは冷たく一蹴した。
「国法が人を殺すなら、私は医術で法を殺す。……この男は、私の過去を知る唯一の生き証人なのよ」
チャンドクの横暴さの裏にある、剥き出しの執念。ソリはそこで、医術とは単なる学問ではなく、「歴史の闇に抗うための武器」であることを悟る。
診察の合間、ソリは一人の患者が差し出した古びた処方箋を目にする。それを見たチャンドクは、吐き捨てるように言った。
「ふん、どこのヤブ医者が書いたのかしら。これでは毒を盛っているのと同じだわ」
だが、その独特の筆致、そして薬草の組み合わせの妙に、ソリの指が震えた。
(……この、一見デタラメに見えて、実は体内の「気」を劇的に変える処方。私はこれを知っている……!)
その「ヤブ医者」と呼ばれた男の名は、チョン・ウンベク。かつて宮廷菜園で、ソリに植物の命の尊さを教えた恩師だった。漢陽から遠く離れたこの極限の地で、かつての同志たちが、再び見えない糸で結ばれようとしていた。
一方、主を失った漢陽の宮廷。水刺間の片隅で一人、祈りを捧げるヨンセン。
「……ソリ。ハン最高尚宮様……」
その元に、一人の貴人が静かに声をかける。
「……そなた、なぜそんなに悲しそうな顔をしているのだ?」
それは、権力の絶頂にあるチェ一族が最も恐れる、「新たな波」の予兆であった。




