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『絶対味覚の毒見侍女と、父を陥れた天才包丁人――宮廷に潜む嘘を、私は舌で暴く』  作者: 水前寺鯉太郎


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第三十回

第三十回:一粒の真実、瓶に託した言の葉

 「最高尚宮チェゴサングンの座、今一度、競合にてお示しいたしたく存じます」

 ハン尚宮サングンの毅然とした言葉に、皇太后の眉がピクリと動いた。一度下した裁定を覆す不敬を承知の上で、彼女は続けた。

 「ただし、私が再び勝利した暁には……水刺間スラッカンを蝕む不正を正すため、私に全権をお与えください」

 この「全権」という言葉に、女官長とチェ尚宮の顔から血の気が引いた。それは、一族が築き上げた利権の城を根こそぎ壊すという宣戦布告に他ならない。傍らで微笑む后(王妃)の賢明な後押しにより、皇太后はついに折れた。

 「……よかろう。今後の差配は后に委ねる。次なる課題は……『炊飯』。米のひと粒ひと粒に、料理人の魂を込めてみせよ」

 再競合。それは各厨房の尚宮たちが試食し、多数決で決めるという、逃げ隠れのできない実力勝負となった。

 「……クミョン。我が一族に伝わる、米を珠玉に変える『火加減の秘技』を授けます。これで、あの女の鼻をあかしてやりなさい」

 チェ尚宮の執念が、クミョンの細い肩に重くのしかかる。宮廷の深奥で、二人の女たちが炭を熾し、米を研ぐ。ザッ、ザッ……という研ぎ汁の音は、さながら研ぎ澄まされる刃の音のようだった。

 その頃、ソリは母の日誌の記述を頼りに、宮廷の片隅に埋められた「もう一つの真実」を掘り起こしていた。

 カツンッ――泥の中から現れたのは、母ミョンイが親友と共に埋めたという、伝説の甘酢の瓶。

 (母様……。あなたの親友は、今どこにいらっしゃるのですか?)

 ソリは、震える手で一通の手紙を書いた。

 『母ミョンイは亡くなりました。私はその娘、ソリ(チャングム)です。もしこの瓶を掘り起こすのが母の親友の方であるならば、どうか名乗り出てください』

 その紙片を大切に瓶に入れ、ソリは再びそれを土の中へと戻した。それは、暗闇に放つ、祈りにも似たメッセージだった。

 一方、宮中の外ではミン・ジョンホが動いていた。

 「……司憲府サホンブへの異動。これで、チェ・パンスルの背後を公に叩ける」

 内禁衛ネグミから司憲府へ。武官から文官へと身分を変えてまで、彼は正義を貫こうとしていた。彼は極秘裏にハン尚宮を訪ね、ある重い願いを託す。

 「最高尚宮様。チェ・パンスルが扱う食材の帳簿……その『裏』を掴みたいのです。水刺間の出入り記録を、密かに見せてはいただけませんか?」

 ハン尚宮は頷いた。それは、彼女にとっても過去の因縁を断ち切るための、唯一の道だった。

 そして、運命の審判の日。各厨房の尚宮たちが居並ぶ中、二つの椀が差し出された。

 「……どちらが、真に『命を繋ぐ米』であるか。その舌で確かめよ」

 クミョンの炊いた米は、一粒一粒が輝き、口の中でパラリと解ける芸術品。対してハン尚宮の米は、ふっくらと艶を帯び、噛み締めるほどに大地を思わせる甘みが広がる一品。

 結果は、圧倒的だった。

 「……私たちは、忘れかけていました。毎日食べるものこそ、飽きが来ず、最も慈愛に満ちた味でなければならないことを」

 尚宮たちの涙ながらの票が、ハン尚宮に集まった。チェ一族の敗北。それは、長く暗い一族支配の終焉を告げる、静かなる祝砲だった。

 新体制が発表された日。ハン尚宮は、水刺間の壇上で宣言した。

 「これより、かつて廃止された『監察尚宮』の役職を復活させる。不正を許さず、食材の命を守るためである」

 静まり返る水刺間。ハン尚宮の視線の先には、土の中に隠された甘酢の瓶、そしてその中に眠るソリの手紙があった。真実が解き放たれるその瞬間は、もう、指呼の間まで迫っていた。

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