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『絶対味覚の毒見侍女と、父を陥れた天才包丁人――宮廷に潜む嘘を、私は舌で暴く』  作者: 水前寺鯉太郎


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第三回

第三回:消えた水の味、井戸を汚す金の欲

 シクシク、ウッ……――宮廷の回廊には、腹を抱えて蹲る女官たちの呻きが、波紋のように広がっていた。

 大井戸の水が「呪われた」という噂は、一夜にして宮中を侵食した。水刺間の調理場でも、汲み上げた水から立ち上がる重苦しい鉄の臭いに、料理人たちがガタガタと震えながら匙を投げ出している。

 チョロチョロ、ポタッ――ソリは茶碗に注がれた水を、静かに見つめた。本来なら水面に映るはずの陽光が、どこか粘り気のある膜に遮られ、ドロリと濁って見える。

 そこへ、白装束に身を包んだムジンが、仰々しい黄金の瓶を携えて現れた。

 ジャラリ、ズラリ――彼の後ろには、高価な「薬水ヤクス」を運ぶ配下たちが列をなしている。ムジンは王の前で深々と頭を下げ、朗々と声を張り上げた。

 「殿下。大井戸の水は、長年の不浄により枯れ、毒を孕みました。これは天の怒りでございます。救いとなるのは、私が私財を投じて掘り当てた、この『天機水テンキス』のみにございます」

 ザワザワ、ヒソヒソ――大臣たちが顔を見合わせ、ムジンの差し出す瓶に救いを求めるように手を伸ばす。その一口が、民の血税を吸い上げる「金の水」になるとも知らずに。

 「……お待ちください」

 スタスタ、ピタリ――静寂を破り、ソリが進み出た。ムジンの目が、ピキッと凍りついたように鋭くなる。

 ソリは王の許しを得ると、ムジンが自信満々に差し出した黄金の瓶に手をかけた。コトッ、ズズッ――迷わず「聖なる水」を喉に流し込む。広間を埋める者たちが、ゴクリと唾を呑み込む音が響いた。

 ペロリ、チリリッ――舌の先に触れた瞬間、ソリの脳裏に「不自然な調和」の図式が浮かび上がった。彼女は瓶をドスンッと床に置き、ムジンをジロリと射抜いた。

 「……よくもこれほど、厚顔無恥な『甘み』を仕込めたものですね。ムジン様」

 ギクゥッ――ムジンの眉が、微かに跳ねた。

 ソリは広間の中央にある大井戸から汲み上げた「呪いの水」を指差した。

 「この井戸の水が苦いのは、不浄のせいではありません。あなたが修復を装い、壁に『なまり』をヌリヌリと塗り込んだからです。鉛の毒は、水に溶ければ命を蝕む重い苦みとなる」

 ガリッ、ペチャッ――ソリは懐から、井戸の壁を削り取った白い粉をぶちまけた。そして、ムジンの黄金の瓶を指差す。

 「そしてこの『天機水』。ただの湧き水に、大量の蜂蜜と、毒を消すための特定の薬草を混ぜただけの代物です。……蜂蜜の甘みで、井戸の水の苦みに怯えた人々の味覚を麻痺させ、病が治ったと錯覚させる。……ご立派なペテンですこと」

 「貴様、何をデタラメを……ッ!」

 ムジンが声を荒らげた瞬間、背後の扉がバタンッと吹き飛ぶように開いた。

 ドカドカッ、ジャラリ――ジェハが、泥だらけの長靴を鳴らして入ってきた。その手には、ムジンの蔵から押収したばかりの鉛の塊と、蜂蜜の空き瓶が握られている。

 「……残念だったな、ムジン。お前の配下が『コソコソ』と井戸に細工をしている現場、我が義禁府の伏兵がすべて記録させてもらったぞ。この鉛の塊……お前の刻印がバシッと押されているが、言い訳を聞こうか?」

 カハッ、ヒュウ……――ムジンの喉から、絞り出すような絶望の音が漏れた。広間の女官たちが、わぁっ、と泣き崩れる。自分たちの病が、信頼していた料理人の「金の欲」によるものだったと知ったからだ。

 ソリは、床にこぼれた「黄金の水」をスタスタと踏み越え、ムジンの耳元で囁いた。

 「……水は嘘をつきません。あなたがどんなに甘く味付けても、私の舌には、あなたが踏みにじった民の『泥の味』しかいたしませんでした」

 ガタガタ、ブルブル――崩れ落ちるムジンを冷ややかに見下ろし、ソリはジェハと視線を合わせた。ジェハは満足げに鼻をフンッと鳴らし、刀をカチャリと納めた。

 「……お前の舌は、やはり恐ろしいな。この国の腐敗が、すべてお前の皿の上で暴かれていくようだ」

 ソリは窓の外、夕闇に包まれる宮廷を見つめた。まだ、真実の奥底にある「父の仇」の全貌は見えていない。

 シュッ、シュッ――。

 (父様……。奴らが汚したこの国の水、私がすべて浄化し、真実だけを味わい尽くして差し上げます)

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