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『絶対味覚の毒見侍女と、父を陥れた天才包丁人――宮廷に潜む嘘を、私は舌で暴く』  作者: 水前寺鯉太郎


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第二十八回

第二十八回:野いちごの記憶、真実の戴冠

 「ハン尚宮サングンが不在だと……? 私を、そしてこの国の礼法を愚弄する気か!」

 皇太后の怒鳴り声が、御膳の並ぶ広間に雷鳴のように轟いた。並み居る重臣たちが平伏し、空気は氷点下まで冷え込む。絶体絶命の窮地。だが、その沈黙を破ったのは、隣に座る后(王妃)の静かな声だった。

 「皇太后様。このソリという娘は、ナウム寺で孤独な尚宮の最期を看取った、慈悲深い者でございます。彼女が一人で厨房に立つには、それ相応の深い理由があるはず。どうか、最後まで見届けてはいただけませぬか」

 后のとりなしに、皇太后は忌々しげに鼻を鳴らしたが、競技の続行を許した。

 その頃、ハン尚宮は暗い民家の蔵に幽閉され、焦燥に駆られていた。

 「出しなさい! 私は戻らねばならないのです……!」

 扉を叩く拳は赤く腫れ、声は枯れていた。そこへ、トックの知らせを受けたミン・ジョンホが駆けつける。

 「ハン尚宮様! ご無事ですか!」

 ガシャァァーンッ!――ジョンホの剣が鎖を断ち切り、光が差し込む。救出されたハン尚宮は、倒れ込むようにして馬に跨り、一刻を争って宮中へとひた走った。

 宮中に辿り着いたとき、すでに全七品のうち四品が終了していた。掲げられた札は、チェ尚宮側が三点、ソリ側は一点。圧倒的な劣勢。

 「ハン尚宮様! 今すぐ調理場へ!」

 駆け寄る女官たちを制し、ハン尚宮は調理場の入り口で立ち止まった。扉の向こうから聞こえるのは、ソリの、迷いのない包丁の音。そして、使い込まれた鍋が立てる小気味よい響き。

 「……いいえ。私は入りません」

 ハン尚宮の瞳には、涙と、そして確信が満ちていた。

 「今のソリは、私を超えています。……あの子に、すべてを託します」

 勝負はついに、最後の一品「食後のお菓子」へと持ち込まれた。皇太后は、満足げに腹をさすりながら、両者に問いかけた。

 「今日これまでの料理の中で、お前たちが考える『最高の料理』はどれか。答えてみよ」

 チェ尚宮は、自信に満ちた笑みを浮かべて一歩前に出た。

 「はい。先ほど絶賛を賜りました『ヨンジョ(イノシシ肉の煮込み)』にございます。最高級の食材を、我が一族に伝わる秘伝の技で仕上げた、至高の味と自負しております」

 対して、ソリは静かに頭を下げた。

 「私は……。これからお出しする、このお菓子こそが、本日の最高の料理であると考えます」

 差し出されたのは、何の変哲もない、野山に自生する「野いちご」を練り込んだ素朴なお菓子だった。

 「……馬鹿な。このような雑草のごときものを、最後に持ってきたというのか」

 失笑するチェ尚宮。だが、皇太后がその一片を口にした瞬間、表情が劇的に変わった。

 「……これは……」

 皇太后の瞳が潤み、遠い記憶の彼方を見つめる。

 「……母様。……懐かしい、お母様の味だわ……」

 若き日、病床の母が、幼い自分に食べさせようと、震える手で摘んできてくれた野いちご。それは、豪華な山海の珍味よりも、どんな秘伝の調味料よりも、皇太后の心に深く刻まれていた「愛の味」だった。

 ソリは静かに語った。

 「料理とは、食べる方の体を想い、心を救うもの。私は、皇太后様がかつて仰った思い出話を頼りに、この味を再現いたしました。……最高とは、技の華やかさではなく、食べる方の心に寄り添う真心のことでございます」

 沈黙。そして、皇太后は深く、重く頷いた。

 「……見事だ。私の負けだ。……ハン尚宮に、最高尚宮の座を授ける」

 その瞬間、水刺間に歓喜と驚愕が渦巻いた。チェ尚宮は膝から崩れ落ち、震える手で地面を叩いた。実力で挑んだはずの勝負が、根底から覆されたのだ。

 勝利の喧騒の裏で、ジョンホはパンスルの背後にいる黒幕の正体を突き止めていた。

 「……オ・ギョモ右議政か。……根が深いな」

 巨悪の輪郭が見え始めた中、宮中では静かに「終わりの時間」が近づいていた。

 三日後の交代式を控え、チョン最高尚宮は余命幾ばくもない体を押し、女官長らのもとを回っていた。

 「……恨みも、毒も、すべて私が持っていきましょう。……残される者たちが、どうか穏やかに料理を作れる場所にしてやっておくれ」

 彼女の最後の願いは、憎しみで汚れた宮廷の空気を浄化することだった。チョン最高尚宮を実の母のように慕うヨンセンは、涙で前が見えない中、一生懸命に身の回りの世話を焼く。

 「最高尚宮様、これを……。お粥を、一口だけでも……」

 「……ありがとう、ヨンセン。お前の手は、温かいね」

 そして、ついにその日がやってきた。朝日が昇る頃、水刺間のすべての女官たちが整列する中、チョン最高尚宮は、静かにその目を閉じた。彼女の顔は、長い戦いを終えた戦士のような、慈愛に満ちた穏やかなものだった。

 ソリとハン尚宮は、その亡骸の傍らで、静かに、だが熱い涙を流し、新たな時代の重責をその肩に刻み込んだ。

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