第二十四回
第二十四回:秘伝の古酢、静かなる反撃の序曲
深夜の水刺間。しんと冷え切った空気の中に、トクン、トクンとソリの鼓動だけが響いている。彼女の目の前には、ミン・ジョンホから託された「古びた酢の瓶」があった。
(……この匂い。鼻の奥をツンと突く力強さの中に、微かに混じる熟した果実のような甘み。これは……ただの酢ではない)
ソリは、母が残した手記の断片を脳裏でめくる。母が死の間際まで守ろうとしたのは、王の健康を害する「禁忌の食材」を暴くための、特殊な発酵技術だったのではないか。
「夜更かしは美容に響くわよ、ソリ」
ゾクッ――背筋を凍らせるような冷たい声。振り返ると、そこには行灯を掲げたチェ尚宮が立っていた。影が長く伸び、まるで巨大な蜘蛛が獲物を追い詰めているかのような威圧感だ。
「チェ尚宮様……」
「何を隠しているの? その薄汚れた瓶……。まさか、下卑た毒でも調合して、王様を害そうというのではあるまいね?」
フワリとチェ尚宮が距離を詰める。彼女の指先がソリの持っていた瓶に伸びようとしたその時――。
「滅相もございません。これは……先の老尚宮様から、味覚を研ぎ澄ますための『薬酢』として賜ったものです」
ソリは一歩も引かず、チェ尚宮の冷徹な瞳を見つめ返した。チェ尚宮の口角がピクッと微かに震える。
「ふん、死人に口なしというわけね。……明日からは『大王大妃様』の御膳をあなたが担当しなさい。もし一口でも残されるようなことがあれば、その時は……わかっているわね?」
「……謹んで、承ります」
チェ尚宮が立ち去った後、ソリは深く息を吐いた。大王大妃様は、今もっとも食が細く、気難しいことで知られている。失敗すれば即、追放か死罪。これはチェ一族が仕掛けた、合法的な処刑宣告だった。
翌朝。調理場に立ったソリの前に、用意された食材が並ぶ。パサッ――布をめくった瞬間、ソリの目は鋭く細められた。
(……やっぱり。アワビも、キジの肉も、すべて「旨味」が抜かれた質の悪いものばかり。これでは、どんな名人が作っても味の薄い料理にしかならない)
周囲の女官たちが、ニヤニヤとソリの困惑を嘲笑っている。クミョンだけが、悲しげに目を伏せていた。
だが、ソリの唇には、静かな笑みが浮かんでいた。
(食材に力がなければ、引き出せばいい。母様が教えてくれた、この『酢』の真の力で……!)
シュッ、シュッ――包丁がまな板を叩く音は、もはや迷いのない旋律へと変わっていた。




