婚活サイトの罠
その時、二見愛は心を躍らせていた。最近、婚活サイトに登録をしたのだが、いきなりたくさんの男性からデートの申請があったのだ。
「フフフ」
笑っている。
が、オフィスで仕事中だったものだから、周囲からちょっと変な目で見られてしまっていた。もっとも彼女がちょっと変な行動を執るのはいつもの事なので、それでもなんとなく受け入れられている雰囲気はあるにはあった。どうも皆は“何か良い事でもあったのだろう”程度に思ってくれているようだった。実際にその通りであるのだが。
――彼女は直情径行なところがあって、感情を抑えるのが苦手である。良く言えば、裏表がない。悪く言えばシンプルで子供っぽい。これでまだ20代前半くらいだったなら、そんな性格もチャームポイントになっていたかもしれないが、彼女は既に20代後半なので、そろそろ“もうちょっと落ち着け”と思われても仕方ない年齢に差し掛かっている。
そして、その所為か、近頃彼女はあまりモテなくなっていて、自信を少しばかり失っていたのだった。だからこそ、婚活サイトでの多数のデート申請に喜んでいたのである。
婚活サイトの罠・その1。
婚活サイトに登録している女性は少ない上に、男性は女性に比べて慎重に相手を選ばない傾向にある。だから、ある程度の容姿の女性が登録をすれば、デート申請が多く来るものであるらしい。
女性はそれで、“自分はモテる”と必要以上に自信を持ってしまう場合もあるのだとか……
――休憩時間。
二見は同僚の紐野という男性社員の前にまで行くといきなりこう言った。
「あんた、わたしが性格が雑だからモテないとか言っていたけど、婚活サイトに登録してみたら引く手数多よ! 見たか!」
スマートフォンの画面まで見せて、自信満々にマウントを取ろうとしている。それに紐野は淡々と返した。弁当を食べながら。
「僕はお前の“性格が雑だから”と言ったんだ。婚活サイトじゃ性格は分からないからな。それに、どうせハイスペックな男はゲットできないぞ」
それに彼女は青筋を立てる。
「何言ってるのよ? これだけ申請が来るのなら、わたしの方から申請をすれば余裕よ! 余裕!」
彼女は自分が申請すれば簡単にどんな男でもオーケーを出すと、どうやら本気で思い込んでいるようだった。
婚活サイトの罠・その2。
卵子は限られている上に、妊娠にも出産にもコストがかかる。その為、できる限り優秀な男性を女性は望んでしまう傾向にある。その結果、一部のハイスペックな男性にばかり人気が集中をしてしまうのだとか。婚活サイトにおいては特に、この現象がよく観られるそうだ。
一夫多妻…… つまり、ハーレム制。その群の主体は、実はメス側にあるのではないか? という説も近年ではある。少数のオスが多数のメスを独占しているのではなく、メスが少数のオスしか選ばないのである。当然、結果的に、少数のオスに多数のメスという群構造になってしまう。
つまり“メス達が優秀なオスをシェアしている”のである。
これが真実かどうかは分からないが、人類は少なくとも一時はハーレム制を経験していると言われおり、実際に婚活サイトでは女性達の人気は一部の男性のみに限られている。
――ただ、現人間社会はハーレム制ではない。そして、それにより、一部の男性への競争倍率は跳ね上がる事になるのだ。
リアルではここまで極端にはならない。女性が知り合うのは精々10人程で、その中から一番を選ぶ。これなら、男性の数が多いから、倍率はあまり高くならない。が、ネットの場合は、それよりもはるかに多い桁外れの数の男性の中から女性達は一番を選ぶのである。そんな男性はほんの一握りしかいない。高望みをすれば、だから結ばれる可能性は随分と減ってしまう。
「……なんで、こんなに人気があるのに、男からオーケーが来ないのよ!」
二見がスマートフォンを見ながら愚痴を言っている。同僚の女性社員がそんな彼女を見かねてか忠告をした。
「もうちょっと妥協して、オーケーをくれそうな男性を誘ってみれば良いのじゃない? ほら、実際に会ってみたらとても良い人だって可能性もある訳だし」
「それじゃ、何にもならないのよ!」
そう返した彼女の視界の隅には、紐野の姿が映っていた。彼はこっちを見てすらいない。ちょっと馬鹿にされたような気分になり、更に不機嫌になる。
“絶対に、あいつを見返してやるのだから!”
彼女は心の中で強くそう自分に言い聞かせた。
婚活サイトの罠・その3。
婚活サイトを通して得られる男性の情報は限られている。その結果、本来は充分に魅力的な男性であっても、スルーしてしまっている可能性がある。
もちろんそれは、男性側もチャンスを掴めないという事なのだが。
リアルならば、より多くの情報が得られるからこんな事にはならないのだが……
「よっしゃー! オッケーが来たぁ!」
業務時間終了間近、二見は喜びの声を上げた。課長が“もう少し、こっそりとやってくれないかなぁ?”なんて顔で彼女を見ているが彼女は気にしない。嬉しそうに紐野の近くまで行くとこう言った。
「ホラ! 見てみなさい! ハイスペックな男がわたしからのデートの申請をオーケーしたわよ? IT関連の社長だって」
彼はそんな彼女を一瞥すると、「ふーん。そうか」とだけ返す。
「“ふーん”って、ただそれだけ?」
「なんだよ。止めて欲しいのか?」
「そんな訳ないじゃない!」
無関心そうな彼を尻目に彼女はそそくさと帰り支度をする。どうやら彼は今日は残業のようだった。
「早速、会いたいらしいから、今晩、会って来るわ。顔合わせだけだけどね」
わざと彼に聞こえるように言う。それを聞いて彼は顔を上げた。目が合う。その目はなんとなく、彼女を責めているように彼女には感じられてしまった。
“何よ。そっちがモテないなんて馬鹿にして来るのが悪いのじゃない!”
心の中で愚痴を言いながら外に出る。
ビルの外に出ると北風が冷たくて、そんな彼女の頭を冷やした。紐野は、女性に対して器用な男ではない。プライドが高いくせに、ナイーブだから、こっちから安心させてあげないと、きっと何も手を出して来ない。
しばらく歩くと、彼女はスマートフォンを取り出した。そして、デート申請取り消しの連絡を入れる。
『急用ができました。申し訳ありません』
それは嘘だが、完全に嘘とも言い切れなかった。
“恋は盲目”などと言う。女性でも男性でも、好きになってしまうと、その人以外は目に入らなくなり、かっこよく見えたり、可愛く見えたりする。
つまり、一途になるのである。
これは選択肢が多過ぎていつまで経っても男女のペアができないという問題を解決する為に備わった生物としての人間の特性であるのかもしれない。
そして、これは婚活サイト上ではなく、実際に触れ合っている男女間で多く起こるものと思われる。
人が随分と減ったオフィスに二見が戻って来た。紐野はやっぱり残業をしていたが、もうそろそろ切り上げるのか、ノートパソコンを机の引き出しの中に仕舞っていた。
「もう終わるの?」
と、彼女はそんな彼に話しかけた。
「なんだよ、お前。婚活サイトでオーケーが来た男に会いに行くのじゃなかったのか?」
「うん。なんか、断っちゃった」
その返答に彼は目を丸くする。
「ね。これから飲みに行かない? 久しぶりに」
彼はその誘いに頭を掻く。照れているようだが、嫌がってはない。
「ま、少しなら。予定もないし」
「よし。決まり!」
そう言うと、彼女は嬉しそうな顔を見せた。彼が支度を済ませるのを待ってから手を握る。彼はそれにも驚いているようだった。
……ただし、拒絶してはいなかった。




