残光
「ねぇ、友達として、お願いしてもいい?」
電車に揺られながら、彼女は不意にそう言った。
「私のピアノを聞いてくれない?」
「ピアノ?」
「そう…、来られる時でいいから、朝か放課後のどっちかに音楽室に来て」
「わかった。でも、なんでわざわざ僕にこんなことを頼むの。君にはもっと仲良い子がたくさんいるように見えるけど」
瑠璃は首を横に振った。
「きっとあなたは、あの女子グループのことを言ってると思うけど、女の子って怖くてさ。」
瑠璃はそう言いながら、僕から目をそらした。
「仲良い子の中でもすぐ陰口を叩くし不格好なことがあったら悪口だって言うんだ。私も人のこと言えないけど、女の子ってそういうもんなんだよね。」
「でも、何も僕じゃなくても…」
瑠璃は少し笑って、また首を振った。
「それは、優しい人だって思ったからだよ。男子ってよく身内ノリみたいなのがあるでしょ?私そういうの聞いててすごく嫌だなって思うんだ。でもあなたなら人の秘密をイジったり広めたりしないと思ってね」
「まぁ、僕が仲良い友達って言ったら綾野くらいだし」
「そう、それって凄く理想的じゃない?周りに気を使わずに、一番仲の良い子といるって」
僕は少し皮肉混じりに答える。
「君が言わんとしていることはわかるよ。でも、僕らはそれとは違う。僕にとって学校の友達なんて綾野くらいしかいないけど、綾野には中学からの友達とか、部活の友達とかもいる」
「それって、嫉妬?」
「…そうかも」
自分の皮肉を嫉妬と捉えられ、少し戸惑ったが、それでも反論しないのはきっと心でそう理解したからだ。
「あなたのこと、少し分かってきた」
「僕のことを?」
彼女は少し得意気に、上機嫌になって語り始める。
「そう、あなたは大衆という大きな流れにのみこまれることを恐れて、自分が信じるものだけに縋って生きている。だから愛情深く、独占欲が強くなる。依存という言葉にまとめてもいい」
「大体の人はそういう気持ちを少なからず持っていると思うけど」
「でも、あなたにはマイノリティたる決定的な性質がある」
「それは?」
「あなた、多数派になるのが怖いんでしょ」
僕は目を丸くした、戸惑いさえした。彼女があまりにも的確に僕の心を形容するものだから。
「特別でいたいんだね。でも、それは優秀であることではなくて、変わっている人でありたい、という意味で。もしかして、あなたの周りにはそういう人が多いのかな?」
僕はその言葉にまた戸惑った。あまりに的外れな見解だった。しかし、少し考えてすぐにその理由がわかった。
そうか、そういう事か。心の中でそう思った僕は既に落ち着きを取り戻していた。
「前者は紛れもなくその通りだけど、後者に関しては的外れだね。だってそれは君のことでしょ?」
なんてことは無い、ただ彼女は重ねていただけだった。僕と彼女自身を。
しかしそれでも、この心情をこれほど的確に言語化できるものだろうか。もしかして彼女も、ずっとこの気持ちを思い悩んでいたのではないのだろうか。なんとなくそう思った…
瑠璃は少し顔をそらして
「失礼だったね、ごめん」
僕は少し間をおいて
「確かにありきたりは嫌いだけど、一緒は好きだよ。だから、嬉しいな」
また少し静寂が続いた。言葉選びが下手だったろうか、困惑させてしまったかもしれない。想いを伝えることが、僕はどうしても苦手なんだ。
そろそろ駅に着いてしまいそうだ。僕は席から立ち上がり、扉に向かおうとした。
「それじゃあ、また明日」
僕がそういったすぐ後に
「ねぇ、これからタツって呼んでもいい?」
「いきなりだね」
僕は思ったことをそのまま口にした。
「私は、もっとあなたと仲良くなりたいと思うの。だからもし、あなたもそうなら私をルリと呼んで」
キィーー。
電車が駅に着き、扉が開いた。
「また明日、ルリ」
「またね、タツ」
彼女がどんな顔でそういったのかはわからなかった。
“もっと仲良くなりたい”その言葉が僕の心の中に静かに残った。




