燻る朝
翌日、僕は英語のプレゼンの打ち合わせをするためにいつもより一本早い電車で学校に向かった。
一番前の車両に乗って、入口に一番近い席に座る。密かに続けている毎朝のルーティンだ。
この日も僕はその席に座ろうとしたが、今日は先客がいるようだ。仕方ない、今日はその向かいの席に座ろう。しかし、この選択を僕はすぐに後悔する事になった。いつもの席には南方さんが座っていた。昨日のことを思い出して、反射的に目を逸らした。
(しまった、南方さんはこの時間に来てるのか)
昨日のことといい何かと縁があるなとか思いながらイヤホンを付けて音楽を聴き始める。
それからまもなく、電車が動き始めた。
(南方さんは何をしているんだろうか)
ふとそんなことを思い、顔を上げる。
バチッ
そんな風に視線が刺さった気がする。
(めっちゃ見てくる…。)
電車が学校の最寄り駅につき、僕と同じ制服を着た人達が改札に向かう。
電車に乗っている間、南方さんとずっと目が合っていた気がする。
改札を抜けると綾野が待っていた。綾野はいつも反対側の電車で来るはずだが、待っていてくれたのか。
「ごめん、待たせた?」
「全然、ゲームしてたし。それより早く学校行こうぜ」
綾野はいつも通り元気で人に気を使わせない。
そういうところに僕はいつも救われている。
だが、今日はやけに気合いが入っている。そういえばこの前、プレゼンは得意分野とか言っていたのを思い出した。
駅を出て、まだ雪の残る道を歩く。
街灯のオレンジが、薄れていく空の色に飲み込まれていった。
綾野は、スマホの画面を見せながらゲームの話をしている。
だけど僕の頭の中は、さっきの電車の中のことばかりだった。
流石に一時間前に来たのは早すぎたかもしれない。空はまだ朝焼けと呼べる色をしているし、こんなに人気のない学校も初めてだ。
「宮本!モニター起動できたぞ」
綾野は機械系も得意で、苦手な僕に変わって色々とやってくれる。僕には綾野がなにをどういじっているのかはわからないが、凄くありがたい。
スピーチの練習を始めようとした時、静寂を破り校舎にその旋律が響いた。
(鬼火だ…)
「おっ、ピアノか?吹奏楽って朝練あるんだな」
「多分、吹奏楽じゃないと思う」
「ふーん…」
綾野が興味無さそうに返事をする。
「それより練習だよ!練習!一時間目だぞプレゼン」
綾野が慌ててスライドを用意する。僕もパソコン側に立ちプレゼンの準備をした。
それから何回か練習して、サッカー部が朝練から帰ってくる足音がしてから片付けを始めた。その頃にはもうピアノの音はしていなかった。
教室に人が入り始めてから少し経って、彼女達が登校してきた。このクラスのイニシアチブを握る女子グループ。もちろんその中には南方さんも含まれる。いつもなら気にする事はないが、今日はやけに気になってしまう。
「今日、なんか寒くない?」
「それな〜、もう12月だし完全に冬だよね。」
「ルリは自転車通学だし余計になんじゃない?」
僕は自分の机に突っ伏して彼女達の会話を盗み聞いた。
(自転車?南方さんは電車で通学しているのを隠しているのか)
彼女はその秘密で何を守ろうとしているのだろう。
「おいっ!おいって!」
綾野の声がして慌てて机から顔を上げる
「あ、ごめん綾野」
彼女達の会話を聞くのに夢中で綾野の声に気づけなかった。
「なんだよ、寝不足か?体調わるいのか?」
「ううん、大丈夫」
「そっか、じゃあ一緒に自販機行こうぜ」
「うん」
僕らが教室を出る時、南方さんがこっちを見ていた気がした。
(気のせいかな)




