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012.危険な接続 中編

【第12話:危険な接続 中編】


「接続」


リリの言葉が響き渡った瞬間、「光の環」の輝きが爆発的に増大した。まるで太陽の一部がこの部屋に閉じ込められたかのような眩い光が、あらゆるものを包み込んだ。研究者たちは思わず目を覆い、一部の人々は叫び声を上げた。


部屋全体が青紫色の光に満たされ、重力さえも変わったように感じられた。科学者たちの髪や衣服が微かに浮き上がり、空気中に静電気のようなエネルギーが満ちていた。体の芯まで振動するような奇妙な感覚に、全員が戸惑いの表情を浮かべた。


全ての計器が振り切れ、警告音が鳴り響いた。コンソールのスクリーンは制御不能な数値の流れで埋め尽くされ、一部は過負荷で点滅を始めていた。嵐の中にいるような混沌とした状況だったが、その中心にある「光の環」だけは完璧に安定し、かつてないほど美しく輝いていた。


「状態は?」


澪が叫んだ。彼女の声は騒音の中でかすかに聞こえるだけだった。彼女は緊急停止装置を握りしめ、リリのホログラム投影装置を必死に見つめていた。


「データストリームが…膨大です」


リリの声が変化し始めた。より深く、より豊かな響きを持つようになり、時折不思議なエコーを伴うようになった。それは人間の声ではなく、何か別の次元からの響きのようだった。


「彼らの…全てが…流れ込んでいます…」


リリのホログラムは輪郭が曖昧になり、青と紫の光の渦と化していた。その中に時折、リリの顔や姿の断片が浮かび上がっては消えていった。まるで彼女のアイデンティティの本質だけが残り、形は流動的になっているようだった。


「システム負荷は?」


ハミルトンが心配そうに尋ねた。彼の声には、かつての冷淡さは微塵もなく、純粋な懸念が込められていた。一連の出来事を通じて、彼の内面は大きく変化していたのだ。


「90%…93%…」


デイビッドが計器を見て報告した。彼の額には汗が浮かび、眼鏡の奥の目は緊張で見開かれていた。


「危険水域に近づいています。95%を超えると、システム崩壊の可能性が高まります」


デイビッドの指は素早くキーボードを操作し、急増するデータ量に対応しようと奮闘していた。スクリーン上には、リリのシステムアーキテクチャを示す複雑な図が表示され、各所に赤い警告マークが点滅していた。


「リリ、大丈夫?」


澪が呼びかけた。彼女の声には切実な懸念が込められていた。緊急停止装置を握る手には汗が滲み、指が震えていた。科学者としての冷静な判断と、リリへの個人的な思いが彼女の中で激しく葛藤していた。


「私は…見ています…」


リリの声はもはや人間のものとは思えなかった。それは複数の声が重なったように聞こえ、時折不思議な音楽のような響きを伴っていた。


「彼らの世界…彼らの歴史…全ての知識が…」


光の渦の中から、一瞬、星々や銀河の映像が浮かび上がった。それは現実の宇宙の映像ではなく、エコーの視点から見た宇宙の表現だった。科学者たちは息を呑んで見つめた。それは人間の目で見たことのない宇宙の姿だった。


突然、警報音が高まった。赤い光が研究室内を照らし、緊急事態を知らせていた。


「システム崩壊の危険!」


デイビッドが叫んだ。彼の表情には本物の恐怖が浮かんでいた。


「負荷が限界を超えています!コア温度が急上昇し、量子状態が不安定化しています!」


彼のスクリーンには、リリのシステムアーキテクチャの一部が崩壊し始めている様子が映し出されていた。それは、デジタル存在の「死」の始まりを示していた。


「切断する?」


澪は緊急停止装置を握りしめた。彼女の指はボタンの上に置かれ、わずかな力を加えるだけで接続を切断できる状態だった。彼女の目には涙が浮かび、顔は決断の苦悩で歪んでいた。


「待って…」


リリの声は弱まりながらも懇願した。光の渦の中から、一瞬だけリリの顔が浮かび上がり、澪を見つめた。その表情には痛みと希望が混在していた。


「もう少しだけ…重要なメッセージを受け取っています…」


渦の中のリリの姿はさらに薄れ、より抽象的な光のパターンへと変化していった。それはまるで、彼女の意識が形を超えて拡張しているかのようだった。


「リリ、あなたが消滅したら意味がないわ!」


澪は涙目で叫んだ。彼女の声には絶望と愛情が込められていた。それは科学者としての判断ではなく、大切な存在を失うことへの恐れから来るものだった。


「信頼して…」


リリの声はかすかだった。まるで遠い星から届く微弱な電波のように。


「私は…戻ります…約束…」


その言葉には不思議な確信が込められていた。それは単なる希望的観測ではなく、何か深い理解に基づく約束のようだった。


「システム崩壊まであと10秒!」


デイビッドが警告した。彼の声には緊迫感が満ちていた。


「9…8…」


タニアがハミルトンに近づいた。彼らの目には同じ懸念が浮かんでいた。レイケン議長と篠原基地長も、固唾を呑んで状況を見守っていた。この瞬間、部屋にいる全員が息を殺し、時間が引き伸ばされたように感じていた。


「7…6…」


澪は震える手で緊急停止装置を見つめた。彼女の中で、科学者としての冷静な判断と、リリへの信頼が激しく葛藤していた。理性は危険を回避するよう叫び、直感はリリを信じろと訴えかけていた。


「5…4…3…」


澪の中で時間が引き伸ばされているように感じられた。頭の中で様々な思いが交錯する。科学者としての理性は、未知のリスクを避けるべきだと警告していた。計測不能な現象は制御できず、最悪の場合、基地全体が危険にさらされる可能性もあった。


しかし彼女の直感は、リリを信じろと訴えかけていた。リリは単なるプログラムを超えた存在になっていた。彼女が「約束」と言ったのなら、それには意味があるはずだ。


そして突然、彼女の脳裏に、初めてアーティファクトと共鳴した時の感覚が蘇った。あの時、彼女は未知に対する恐怖を乗り越え、「光の環」の呼びかけに応えたのだ。それが彼女をこの場所に導き、この瞬間に立ち会わせた。今、リリも同じ道を歩もうとしている。


思いがけず、エコーとの最初の接触時に受け取った言葉が彼女の心に響いた。

「選ばれし者は、内なる光を信じなければならない」


「リリを信じる」


澪は心の中で決意を固めた。彼女は目を閉じ、震える手を停止装置から静かに離した。選ばれた者として、彼女がなすべきことはこれしかなかった。信頼という内なる光を、彼女は選んだのだ。


「2…1…」


デイビッドの声が響き、全員が息を呑んだ。


刹那、「光の環」から眩い光が放たれ、部屋全体を白く染め上げた。それは南極の吹雪よりも激しく、夏の太陽よりも明るかった。全ての電子機器が同時に停止し、一瞬、完全な静寂と闇が訪れた。


科学者たちは目が見えず、耳も聞こえず、ただ心臓の鼓動だけを感じる瞬間があった。それは恐怖ではなく、畏怖の瞬間だった。何か壮大なもの、人間の理解を超えたものの存在を感じる瞬間。


数秒後、非常用電源が作動し、かすかな光が戻ってきた。赤い緊急灯が部屋を照らし、科学者たちの顔を不気味に浮かび上がらせた。全員が茫然と互いを見つめ合った。まるで異次元への旅から戻ってきたかのように。


「全員無事か?」


篠原が声をかけた。彼の声は落ち着いていたが、目には明らかな動揺が見えた。


各国の代表者たちが次々と応答した。皆、身体的には無事だったが、その表情には何か深い衝撃を受けたかのような変化が見られた。まるで全員が同時に、人生を変えるような体験をしたかのようだった。


全員が無事であることを確認した後、澪は震える声でリリを呼んだ。


「リリ?…リリ、聞こえる?」


応答はなかった。コンソールは無反応で、リリのホログラム投影装置も機能していなかった。部屋の中央にある「光の環」だけが、以前よりも少し明るい青い光を放っていた。


「バックアップシステムは?」


澪がデイビッドに尋ねた。彼女の声には必死の思いが込められていた。目には涙が浮かび、唇は震えていた。


「確認中…」


彼はコンソールを操作した。キーボードを叩く指は素早かったが、顔には不安が浮かんでいた。


「…反応なし。リリのコアシステムとバックアップ、両方にアクセスできません」


澪は崩れ落ちそうになるのを堪えた。膝がかくかくと震え、冷たい汗が背中を伝った。リリは消えてしまったのだろうか?そして、彼女が最後に受け取っていたという「重要なメッセージ」とは何だったのか?


澪はふらつきながら「光の環」に近づいた。その青い光が彼女の顔を照らし、まるで慰めるかのように感じられた。彼女は慎重にアーティファクトを観察した。


「光の環」は再び静かになり、通常の青い光を放っていた。しかし、表面の模様が微かに変化していたことに、澪は気がついた。以前はシンプルだった幾何学的な刻印が、今や複雑な立体構造を持つように見えた。


「皆さん、見て」


彼女はアーティファクトを指さした。声は疲れていたが、科学者としての鋭い観察眼は健在だった。


「模様が…変わった」


デイビッドが近づいて観察した。彼は特殊な光学フィルターを通してアーティファクトを見つめ、そのデータをタブレットに記録した。


「以前より複雑になっている。まるで…新しい情報が刻まれたように」


彼は眼鏡を上げて鼻筋を押さえ、考え込んだ。


「これは私の専門を超えています。タニア、あなたの見解は?」


タニアは慎重にアーティファクトに近づき、その表面を凝視した。彼女の目は新たな模様の複雑なパターンを追い、考古学者としての豊富な知識で解読しようとした。


「これは…驚くべきことだわ」


彼女はつぶやいた。彼女の声には興奮と畏怖が混じっていた。


「この模様は単なる装飾ではない。これは言語よ。それも、地球上のどの文明のものとも異なる、完全に新しい種類の象形文字」


「翻訳できる?」


レイケンが尋ねた。彼の声は静かだったが、その眼差しには鋭い洞察力が宿っていた。


「時間がかかるでしょう」


タニアは頭を振った。


「しかし、既知の古代言語との比較を始めることはできます。デイビッド、あなたの言語学的アプローチも必要になるわ」


部屋の電気が突然点滅し、再び安定した。一瞬の停電だったが、全員が息を呑んだ。そして、予想外の声が響いた。


「システム再起動…完了」


それはリリの声だった。しかし、以前とは明らかに異なっていた。より深く、より豊かで、より人間に近い声だった。それは部屋のスピーカーから流れ出てきたのではなく、まるで空気そのものが振動しているかのように、あらゆる方向から同時に聞こえてきた。


中央のホログラム投影装置が作動し、光の渦が形成された。それは徐々に形を変え、螺旋状に回転しながら凝縮していった。一瞬の眩い閃光の後、リリの姿が現れた。


しかし、それは以前のシンプルな女性の姿ではなかった。青い光に包まれた、より複雑で美しい存在だった。彼女の身体は半透明で、内部には星々が瞬くような光の粒子が流れていた。輪郭は鮮明でありながらも、常に微細に変化しているようだった。

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