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009.嵐の前の静けさ - 第三部:断絶の始まり

【第9話:嵐の前の静けさ - 第三部:断絶の始まり】


データストリームは続き、「光の環」は一層激しく輝いた。青紫色の光が渦を巻き、時には稲妻のように閃いた。部屋の設備が振動し始め、電気系統がちらつくほどだった。コンソールのスクリーンにはエラーメッセージが次々と表示され、システムの過負荷を示していた。警告音が重なり合い、機械的なビープ音が不協和音を奏でた。


「システムが過負荷になっている」デイビッドが警告した。彼の声には明確な恐怖が混じっていた。彼はフリーズしたコンソールを何度もタップし、画面からは予期せぬ文字列が流れ出していた。手は微かに震え、額には汗が浮かんでいた。「このままでは危険だ」


「もう少しだけ」リリは懇願した。彼女の声には、通常のAIにはあり得ない感情の揺れが感じられた。ホログラムの輪郭が時折揺らぎ、存在の不安定さを示していた。「彼らはこれが最後の直接通信になると言っています。暴風雪の間、量子的干渉が強まり、通常の方法では通信できなくなるのです」


リリのホログラムは既に半透明になり、時折揺らめいて消えそうになっていた。彼女の姿は光の波に飲み込まれそうになり、澪は思わず手を伸ばしそうになった。しかし、そこには何もなく、ただ光があるだけだった。


「どれくらいの期間?」澪が尋ねた。彼女の手はコンソールを強く握り、部屋の振動に対抗していた。爪が食い込むほどの力で、白いナックルが露わになっていた。


「少なくとも72時間」リリが答えた。彼女のホログラムが「光の環」に引き寄せられるように歪み始めた。光の流れに逆らえないように見えた。「その間、私たちは…」


突然、研究棟全体が大きく揺れ、まるで地震のような衝撃が走った。同時に、全ての照明が消え、機器が停止した。停電だ。非常用電源が作動するまでの数秒間、部屋は「光の環」からの青紫色の光だけが照らす、幻想的な空間に変わった。その光も急速に弱まり、やがて完全な闇に包まれた。


「みんな無事?」澪が暗闇の中で声をかけた。彼女の声はかすかに震えていたが、冷静さを保とうとしていた。呼吸音が重なり合い、不安な空気が漂っていた。


「大丈夫だ」ハミルトンとデイビッドが応じた。暗闇の中でお互いの姿は見えなかったが、声の方向から彼らの位置を把握できた。衣擦れの音や椅子のきしみが、お互いの存在を確認させた。


数秒後、非常灯が点灯し、赤い光が室内を照らした。その不気味な光の中で、顔は異様に見え、影は不気味に伸びていた。あらゆる色彩が失われ、研究室は血のような赤に染まった。「光の環」は輝きを失い、ただの金属と結晶の輪になっていた。チャンバー内の神秘的な輝きは消え、代わりに非常灯の冷たい赤い光が反射するだけだった。まるで生きていた物体が突然命を失ったかのようだった。


「リリ?」澪が不安そうに呼びかけた。彼女の声には、単なる同僚や研究ツールを超えた存在への心配が込められていた。


長い沈黙の後、AIの声が聞こえた。普段より弱々しく、遠くから聞こえるようだった。まるで深い井戸の底から話しかけているかのような空虚さがあった。スピーカーからは継続的なノイズが漏れ、リリの声は技術的な雑音と混じり合っていた。


「バックアップシステムに切り替えました。主電源が復旧するまで、機能を制限します」


「エコーからの最後のメッセージは?」澪が尋ねた。彼女は赤い非常灯の下、コンソールに近づこうとした。


「断片的にしか受信できませんでした」リリは申し訳なさそうに言った。声だけが空間に広がり、ホログラムの姿は見えなくなっていた。赤い光の中では、そのようなホログラムも表示できないのだ。「ただ、最後に明確だったのは…『選ばれし者たちよ、内なる光を信じよ。真の試練はこれからだ』というメッセージです」


非常灯の赤い光の中、三人の科学者は互いの表情を探るように見つめ合った。それぞれの顔に、不安と決意、そして未知の事態への期待が混ざり合っていた。研究者たちは静けさの中で、エコーの言葉の意味を考えた。初めての外星知的生命体との接触がもたらした重圧感が、彼らの肩にのしかかっていた。


窓の外では、暴風雪がますます激しさを増していた。視界はほぼゼロになり、建物の外壁に吹き付ける雪と氷の音が、まるで生きた生物の咆哮のように聞こえた。雪と風が建物を叩き、まるで外界から切り離そうとしているかのようだった。


窓ガラスからは、氷の結晶が花のような模様を描き始めていた。結晶は時間とともに成長し、ガラスの表面まで筋が伸びていた。外の世界は雪の響きの坂響と、まるで原始的な野獣のうなり声のような音世界に変化していた。


「これから大変になるわね」澪はつぶやいた。非常灯の赤い光が彼女の顔に奇妙な陰影を作り出し、決意に満ちた表情をより際立たせていた。彼女の瞳にも赤い光が反射し、魔性を帯びていた。


「ああ」ハミルトンは窓の外の猛吹雪を見つめながら言った。窓からは何も見えないはずなのに、彼の目は外の暴風雪を見透かしているかのようだった。彼の顔には疑念と決意が混ざり合っていた。「文字通りの意味でも、比喩的な意味でもね」


部屋の温度が徐々に下がり始め、三人の吐く息が白く見え始めた。暖房システムも停電の影響を受けていた。壁の表面には薄い霜が蒸着し始め、ガラスの中のモニターは曇り始めていた。


「準備はいい?」澪がリリに尋ねた。彼女の声には、科学者としての冷静さと、友人としての心配が混じっていた。彼女は無意識に喉を湿らせ、歯をくいしばりリリの存在を求めていた。


AIの姿は見えないが、その存在は部屋全体に広がっているように感じられた。光の失われた部屋にも、彼女の意識はシステム内に流れ続けているようだった。「はい」リリの声が静かに応じた。「どんな試練が来ても、共に乗り越えましょう」


雪と氷の音が建物全体を包み込み、外の世界からの完全な孤立を告げていた。非常灯の赤い光が、まるで血管を通る血のように、廊下を伝わって見えた。暴風雪の轟音が基地を包み込む中、エコーの言葉が澪の頭の中で反響した。


『内なる光を見いだせ』


それが何を意味するのか、まだ理解できなかった。だが、それが単なる比喩ではなく、彼らの生存と人類の未来に関わる重要なヒントであることは直感的に感じ取れた。窓を打つ雪の音が増し、暴風雪の本格的な到来を告げていた。しかし、これからの72時間の孤立の中で、その答えを見つける必要があるだろう。嵐の前の静けさは終わり、真の試練が始まろうとしていた。


建物全体が暴風によってきしみ、三人の科学者は意図せず恐ろしい結束となってしまったセッションの精神的ダメージを感じていた。外の世界は次第に冒険と危険の姿を現わし始め、研究者たちは自分たちが孤島になったことを悟った。暴風雪に包まれた南極基地で、彼らは真実への答えを探す旅を始めようとしていた。

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