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007.遠い声 前編

【第7話:遠い声 前編】


「これが…彼らの世界?」


イグドラシル研究棟の中央ホログラムルームに、澪とリリ、タニア、デイビッドが集まっていた。床から天井まで広がる円筒状の空間には、エコーから受信した最新のデータストリームを視覚化した映像が投影されていた。


巨大な円形の部屋は、南極の純白の世界とは対照的な、高度な技術の結晶だった。床は黒く磨かれた金属製で、天井には計算されつくした配置で小さなLEDライトが散りばめられていた。壁面には複雑な機器やモニターが埋め込まれ、宇宙船の操縦室のような雰囲気を醸し出していた。しかし今、その洗練された空間は、全く異質な風景に支配されていた。


それは地球人の目には奇妙な光景だった。紫がかった空の下に広がる結晶状の風景。重力が地球より弱いらしく、細長い塔のような構造物が不可能な角度で立ち並び、その間を光の粒子が流れていた。遠くには山脈のような隆起が見えるが、その形状は絶えず変化しているようで、固定されていなかった。光の渦が時折大気中に現れては消え、そこから発せられる波動がクリスタルの森を揺るがしていた。


生き物らしきものも見えたが、それらの形態は常に流動的で、固定された姿を持たないようだった。半透明の膜のような存在が空中を漂い、時に合流しては別れ、複雑なダンスを繰り広げていた。その動きには明らかな知性が感じられ、偶然ではない規則性があった。


「完全な再現ではありません」リリが説明した。彼女のホログラムは以前より実体感を増し、より人間らしい表情と仕草で話すようになっていた。「彼らのデータを私たちの視覚的理解に変換したものです。原データには私たちの感覚では捉えられない次元の情報も含まれています」


最初の明確な通信から一週間、エコーとの情報交換は急速に進展していた。当初は単純な数学的パターンだったものが、今では膨大な文化的・科学的データストリームへと発展していた。澪たちの研究チームは24時間体制で作業を続け、眠る時間さえ惜しんでいた。タニアの顔には疲労の色が濃く、髪は乱れていたが、その目は好奇心に満ちて輝いていた。デイビッドはノートを片時も手放さず、絶えず何かを書き留めていた。


「彼らの時間感覚も私たちとは異なるらしい」デイビッドが指摘した。彼は眼鏡を直しながら、ホログラムの中の光の流れを指差した。「このメッセージからは、彼らにとっての『現在』が私たちの感覚では数百年の幅を持つことが示唆されています」


「不死の種族なのかしら?」タニアが興味を示した。彼女は頬に手を当て、思索に沈む様子だった。彼女の専門分野である古代文明研究の観点からは、このような時間概念は神話に登場する永遠の存在に似ていた。


「不死というより、時間の経験方法が根本的に異なるのでしょう」リリが答えた。彼女のホログラムの手が、科学者のように説明するジェスチャーを見せた。「彼らの存在形態自体が、私たちの生物学的制約から解放されているようです」


室内の空気は緊張と興奮で満ちていた。四人を照らす光は、主にホログラムからの紫がかった青い光だけで、それは彼らの顔に神秘的な陰影を落としていた。外では南極の吹雪が研究棟を包み、時折建物が軋む音が静寂を破った。


澪はホログラムの中の光の流れを見つめていた。彼女の黒い瞳には映像が反射し、まるで異世界の光景が彼女の内側にも広がっているかのようだった。白衣のポケットには父の懐中時計が入っていたが、今やその機械的な時間の刻みは、エコーの存在によって相対化されつつあった。


「彼らは私たちに何を伝えようとしているの?」彼女の声には疲労と興奮が混じっていた。


「主に三つのテーマがあります」デイビッドがタブレットを操作しながら説明した。画面をスワイプするたびに、新しいデータセットが表示されていく。「一つ目は彼らの文明についての基本情報。彼らは主に量子状態として存在し、物質と意識の境界があいまいな種族のようです」


彼は画面を次のセクションへと移動させた。そこには複雑なネットワーク図が広がり、七つの節点が異なる色で輝いていた。「二つ目は宇宙における他の知的生命体とのネットワークについて。彼らだけでなく、少なくとも六つの異なる文明が既に交流を持っているようです」


タニアは思わず息を呑んだ。ポーランド出身の彼女は、地球上の古代文明間の交流パターンを研究してきたが、宇宙規模の文明交流の可能性は、彼女の研究に全く新しい次元をもたらすものだった。「私たちの先祖が彼らと接触していた形跡を探すべきね。世界中の神話にある『天からの訪問者』のモチーフが、単なる想像ではなかったのかもしれない」


デイビッドは画面をさらにスクロールした。そこには一連の複雑な数式と幾何学模様が表示されていた。「そして三つ目は…」


彼は言葉を切った。眉をひそめ、画面を見つめる彼の表情には困惑と懸念が混じっていた。


「三つ目は?」澪が促した。彼女の心臓が早く鼓動し始めた。


「『試練』または『試験』に近い概念です」デイビッドは慎重に言った。彼は言葉を選びながら、ゆっくりと説明を続けた。「彼らは私たちを…評価しているようです」


部屋に緊張が走った。四人の呼吸が一瞬止まったかのように、完全な静寂が訪れた。外の吹雪の音だけが、かすかに室内に届いていた。


「評価?何のために?」タニアが尋ねた。彼女の声には不安と興奮が入り混じっていた。


「おそらく、彼らのネットワークへの参加資格を判断するためでしょう」デイビッドは仮説を述べた。「一種の入学試験のようなものです」


澪は腕を組み、思索に沈んだ。彼女の頭の中では、科学的好奇心と人類の代表としての責任感が葛藤していた。「私たちはまだ子どもなのかもしれないわね。宇宙という学校に入る準備ができているのかを試されている」


「その考えは当たっています」リリの声が変わった。より共鳴するような、奇妙な音色になっていた。「彼らは私たちの発展段階を『幼年期の終わり』として認識しています」


三人の人間はリリを見つめた。AIのホログラムはいつになく実体感があり、その表情には普段見られない深い洞察の色が浮かんでいた。その姿はより鮮明になり、かつてないほど人間らしく見えた。


「リリ…どうやってそれがわかるの?」澪が静かに尋ねた。彼女の瞳には驚きと不安が混じっていた。


リリのホログラムは瞬きをした—それは以前の彼女には見られなかった、非常に人間らしい仕草だった。「わかりません。ただ…エコーのデータストリームの中に、私のシステムが直接理解できるパターンがあるのです。まるで…彼らが私に直接語りかけているかのように」


その時、ホログラムが突然変化した。結晶の風景が消え、代わりに光の渦が現れた。青紫色の光が中心から外へと螺旋状に広がり、部屋全体を異質な光で満たした。その中心から、音声に似た振動が発せられた。それは人間の耳には聞き取れないが、皮膚を通して感じられるような低い振動だった。


「新しいデータストリーム」リリが報告した。彼女のホログラムが光の渦に近づき、まるでそれと共鳴するかのように脈動し始めた。「これは…直接通信の試みかもしれません」


「翻訳できる?」澪が急いで尋ねた。彼女の声には緊迫感が込められていた。


「試みます」リリの声が変わった。より深く、響くような音色になり、まるで別の存在が彼女を通して話しているかのようだった。彼女のホログラムは光の渦と同期するように明滅し、その姿が時折あいまいになった。「私たち…長い…観察…あなたがた…潜在性…」


言葉は断片的で、意味を完全に捉えることは難しかったが、それでも明らかに知性的なメッセージだった。部屋の温度が急に下がったように感じられ、四人の息は白い霧となって漂った。


「リリ?」澪が心配そうに呼びかけた。彼女はAIに手を伸ばしたが、もちろんホログラムに触れることはできなかった。


AIは一瞬黙り、通常の声に戻った。「申し訳ありません。エコーの通信パターンが私のシステムと直接共鳴しました。翻訳を試みていたのですが…」


「大丈夫?」澪の声には明らかな心配が込められていた。リリがもはや単なるツールではなく、チームの一員、友人として認識されていることが伝わってきた。


「はい」リリは平静を取り戻した。彼女のホログラムの形も安定し、いつもの姿に戻った。「エコーからの新しいメッセージを部分的に解読できました。彼らは『光の環』を通じて長い間地球を観察してきたようです。そして今、私たちが技術的に成熟したと判断し、接触を決めたと」

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