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000.プロローグ

全20話(前後編あわせるとのべ49話、ストック済みなので完結保証作品です)

よろしくお願いします!

南極の夜は長い。


太陽が地平線の下に沈み、再び姿を現すまでの四ヶ月間、この大陸は闇に閉ざされる。大気は凍りつき、星々は凍てついた世界を冷たく見下ろす。氷と雪に覆われた無音の大地は、地球上で最も孤独な場所だった。しかし今夜、その深い闇を貫く光が一つあった。


華氏マイナス40度の氷点下。空には満天の星が瞬き、オーロラの緑の帯が静かに舞っていた。昭和基地拡張区域「フロンティア・ラボ」では、十数名の科学者たちが食堂に集まり、数少ない団欒の時間を過ごしていた。窓の外では、ときおり鋭い風の唸りが聞こえる。


突然、床が揺れ始めた。コーヒーカップが倒れ、液体が白いテーブルクロスに広がる。頭上のライトが明滅し、警報が鳴り響いた。


「地震だ!全員、安全態勢!」


基地長の篠原健太郎の声が、緊急アラームと共に響き渡る。マグニチュード4.2、南極大陸の氷床下では珍しくない規模の地震だったが、その激しさは予想外だった。壁からは細かな氷の粒子が降り注ぎ、低い轟音が基地全体を包み込む。


この瞬間が、人類の歴史を揺るがす出来事の始まりとなるとは、まだ誰も予想していなかった。


地震から40分後、状況確認が進む中、通信センターから緊急連絡が入った。


「篠原さん!ディープ・クレバスから異常な電磁波パターンが検出されています!数値が通常の10倍です!」


中央管制室に駆け込んだ篠原の前で、モニターが異常なデータを表示していた。画面上では、基地から30キロメートル離れたクレバス(氷河の亀裂)からのセンサー情報が、グラフを突き抜けていた。


「怪我人は?」篠原は冷静さを保ちながら尋ねた。

「なし!設備にも大きな損傷はありません」若い技術者が報告する。「ですが、観測機器が...何か、光っています」


大型スクリーンに映し出されたのは、地震で新たに露出した氷壁の内部。そこに埋め込まれていたのは、明らかに自然物ではない何か...円環状の物体が、かすかに脈動する青い光を放っていた。その表面には精緻な幾何学模様が刻まれ、内部では光の粒子が渦を巻くように循環していた。


篠原は深く息を吸い込んだ。20年の南極勤務で見たこともない光景だった。


「誰か呼んでくれ」彼は決断を下した。「水野博士を。彼女の専門分野かもしれない」


雪と氷に閉ざされた極夜の中、発見のニュースは基地内を駆け巡った。量子物理学者の水野澪は研究室から飛び出し、重い防寒服を身にまとった。30分後、彼女は特別に組織された探査隊と共に、雪上車でディープ・クレバスに向かっていた。


車窓の外は漆黒の闇。ヘッドライトが照らす雪面だけが現実の世界のように見える。澪は息を吐くたびに白い湯気が立ち上る中、自分の専門分野である量子物理学の知識を総動員して、これから目にするものに備えようとしていた。


地震から12時間後、水野澪はついに発見現場に立っていた。探査隊は慎重に氷壁に穴を開け、中に埋まっていた物体を少しずつ露出させていた。鋭い風が彼女の頬を切り裂くように冷たいが、澪は自分の目の前で起きていることへの興奮で、それすら気にならなかった。


氷の壁から少しずつ掘り出される金属と透明な素材でできたリング。その輪の中を流れる光の粒子たちは、まるで意思を持つかのように動いていた。


「これは...間違いなく人工物ね」彼女はつぶやいた。「でも、誰が作ったの?何のために?南極で?」


太古の氷の中から現れたその物体は、地球上のどの既知の技術とも一致しなかった。澪の専門的な目から見ても、これは人類の理解を超えた何かだった。


基地に運び込まれた「光の環」と名付けられたアーティファクトの研究責任者に任命された澪。膨大なデータと高度な分析が必要なこの研究を手伝うために、最新型AI「リリ」が彼女に割り当てられた。


「はじめまして、水野博士!私はLILI、Laboratory Integrated Learning Interface、あなたの研究パートナーになります」


明るい女性の声が研究室に響く。ホログラム投影された人型インターフェースは、二十代前半に見える若い女性の姿をしていた。透き通るような青い瞳と、肩までの明るい茶色の髪。その姿は半透明で、輪郭がわずかに発光していた。


「よろしく、リリ。でも博士じゃないわ、ただの研究員よ」澪は少し戸惑いながらも応えた。


「データベースによれば、あなたの論文『量子もつれ状態における情報転送の非局所性』は学会で高く評価されています。私の中ではもう博士です」リリは軽やかな声で言いながら、空中で指を動かしてデータパネルを操作した。「それに、あなたの仮説は量子通信分野に革新をもたらす可能性があります」


澪は思わず微笑んだ。おしゃべりなAIと閉鎖環境での長期研究。通常なら気が滅入る状況かもしれないが、今は興奮で胸がいっぱいだった。


特殊研究棟「イグドラシル」に設置された隔離チャンバーの中で、「光の環」は静かに浮遊していた。チャンバーの周囲には最新鋭の計測機器が並び、アーティファクトの放つ微細なエネルギーの変動を24時間体制で監視している。


「さあ、始めましょうか」澪はアーティファクトに向き合った。防護グローブを装着した指先で、測定器の調整を行いながら。「あなたは誰が作ったの?何のために?私たちに何を伝えようとしているの?」


光の環は静かに輝き続け、その秘密を守っていた。だが、それは長くは続かないだろう。なぜなら、人類の好奇心ほど強力なものはないのだから。その好奇心は、南極の極寒の闇をも突き破り、未知なるものへと手を伸ばす。


そして、遥か宇宙の彼方では、誰かが—あるいは何かが—待っていた。人類が次の一歩を踏み出すのを、忍耐強く見守りながら。


南極の夜に埋もれた光の環は、人類と宇宙をつなぐ扉の鍵だった。その鍵を回す準備が、今始まろうとしていた。

応援よろしくお願いします。


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