魔物と冒険者が戦う話
キヨンテという冷静な魔法使いの冒険者と、ジャレッドという体術や剣術を得意とする(要は物理屋の)冒険者が、2メートルぐらいある魔物(イメージでは太っていて顔がイノシシの巨漢の魔物、意外と知的)と戦うお話です。
ぎぃぃ...
作られてからかなりの時間が経ったからか、ボロボロになった扉を、
キヨンテはゆっくりと押し開けた。長年の風雨に晒された木材は、
所々隙間から向こうの光を漏らしている。
「来たか....。」
魔物は低い声でつぶやいた。
「来てやりましたよ。あんたが聖都に迷惑かけまくるからねぇ」
少し怒りを含んだ声で答え、短剣を構えるキヨンテ。
"聖都"とは、カマッシア魔法王国の首都、オルガヒカのことだ。
魔物とはかなり距離がある。広間の大きさを確認するため、ジャレッドは天井に目を向けた。
次の瞬間、凄まじい勢いで魔物が迫ってきた。2メートルはある魔物の手には大型の剣が握られている。
(マジか...!?)
ジャレッドは魔物の予想外の俊敏性に内心かなり驚いた。
(だが...スピードタイプか...相手が悪かったな。それは俺の得意でもある!
相手が素早いなら、こっちはそれを上回る速度で対応すれば良い...最適な武器は...これだな。)
どこからか短剣を取り出し構えるジャレッド。
魔物が剣を横一文字に振った。
姿勢を低くしたジャレッドは剣の下を潜り抜け、
持ち前の体幹で強引に魔物の後ろに周り込み、アキレス腱に狙いを定め、短剣で斬りかかろうとする。
(魔物の動き、思ったより洗練されているな。ジャレッドも苦戦している...)
だが、予想外に魔物の対応は素早く、かつ技巧的で、
足を持ち上げジャレッドの刃を交わし、そのままジャレッドを蹴りにかかった。
(あの蹴り...威力も角度もなかなか。正面から受け止めるのは危険だ。)
(以前、蜘蛛の糸に硬化魔法を重ねて、どこまで強度が増すか試したことがあったな...)
(まさか実戦で使うことになるとは。粘性を完全に切って、一点に集中...いけるか?)
だが、ジャレッドに攻撃は当たらない。
見えない何かに脚激を防がれた。
「ナンダ...?」
魔物は戸惑い思わず声を漏らした。
(よし、予想通り!これでジャレッドは体勢を立て直せるはずだ。)
(見えない何かに...攻撃を防がれた....?
我が肉体をも静止させるほどの力が目に見えないはずはない...
いや....なんだこれは...魔力で出来ている...?)
魔物は戸惑いながらも自らの攻撃を防いだ物の正体を考察する。
「ちょっと焦りすぎじゃない?ジャレッド。」
キヨンテは遠くからジャレッドに落ち着くように声をかける。
「あぁ、そうだな、ちょっと焦ってたかも。想像以上素早いし、頭も切れるヤツみたいだからな。」
「フン...」
魔物は剣で見えない何かを切断した。
(妙な抵抗感だな...まるで生き物を切ったような...それでいて全く違う感触...)
「糸...?」
「正解。」
キヨンテは魔物に語りかける。
「それは、僕の魔法で操った蜘蛛の魔物が出した糸だよ。本来はそんなに強度はないんだけどね。糸の粘性をなくして強度を物質硬化魔法で上げたんだ。」
「チッ...」
魔物は不機嫌そうに舌打ちをした。
「ささ、じゃあ安全第一で終わらせちゃいますか。」
キヨンテは魔物に近づきながらジャレッドに声をかけた。
「はは、そうだな。お前は怪我をするのがこの世の何よりもイヤだって言ってたもんな。」
ジャレッドが笑いながら答える。
「お前達、まさかこの我を舐めているのか...?」
魔物がキヨンテ達に語りかける。
(コイツら...なかなかやる。短剣の男の俊敏性...体が小さい分我より幾分か素早い...
そして...蜘蛛糸の男...見かけより冷静だ...何をしてくるか分からん...
だが...我には奥の手の爆発魔法がある...当て方によっては...この2人を同時に戦闘不能にできる...
コイツら2人が同時に攻撃してきた時がチャンスだな...)
「いいえ、あなたは強い。我々がここに来るまですでに何人もの人間を返り討ちにしてきたと聞いています。」
キヨンテは魔物を逆上させないように、静かに答えた。
(一般に魔力は体内を巡っているとされる...。体外に出力する際の量や勢いは精神状態と密接に関係しているからな...下手にあの魔物の精神を刺激するのは良くない...。)
ジャレッドは考えていた。
(あの巨体であの俊敏性...ただ図体がでかいんじゃない...スピードと攻撃力...それと、防御力が高いって感じか...おそらく、あの淡く虹色に光っているのは、刃を通さないヨロイ魚の鱗を体に貼り付けてるんだろう...。だったら...)
ジャレッドは戦闘服のポケットから、鋼鉄製のヨーヨーと、ゴム製のヨーヨーを取り出し、それぞれの手で強く握った。
鉄製のヨーヨーの糸はキヨンテの魔法がかけられており、通電性が非常に高い。
(俺の得意な戦法で行くか...。
ゴムヨーヨーの跳弾と鉄ヨーヨーの電撃だ...へっ、俺が唯一高精度で扱える魔法だぜ。)
「ウラアアアアアア!」
一瞬の隙を伺いジャレッドに向かっていき、剣を振り下ろす魔物。
(まずはこの男を殺す!この男が死ねば、蜘蛛糸の男の手品のような魔法を見破ることができるようになるだろう...!)
(俺かよ...いいぜ、やってやる)
ジャレッドは振り下ろされた剣をギリギリで躱わし、左手でゴムのヨーヨーを、右手で鉄のヨーヨーを空中に放った。ゴムヨーヨーがジャレッドの体を回り込むように旋回し、鉄のヨーヨーにぶつかり、魔物の方へと飛んでゆく。
魔物は左手でヨーヨーを掴んだ。
(ふ...掴んだな...!)
ジャレッドは最大出力の雷魔法を右手から鉄ヨーヨーに流し込んだ。
「グアアアアアアア」
魔物を高電圧の電流が襲う。
(く...!しまった、コイツ、武器に仕込んでやがった...!)
「今だ!キヨンテ!」
「分かってる!」
キヨンテは魔物に向かっていき、圧縮した風魔法を放とうとする。
(最大限圧縮した風魔法...これを食らわせれば身体中がズタズタになって即死だ...!)
(く...仕方ない...本当は2人同時にやりたかったが....)
カチッという妙な音が鳴った。
その瞬間、魔物の体が赤く光り、次の瞬間、魔物が大爆発を起こした。
ドォォォォォォン...
広間は爆発の煙に包まれた。
キヨンテとジャレッドは広間の端まで吹き飛ばされた。
「ハァ....ハァ....ハァ....」
(クソ...この爆発魔法は我自身も相当のダメージを受ける...
できれば使いたくなかったが...あのままやられるよりはマシだ...)
「ぐぅ......」
ジャレッドは爆発をモロに喰らい、広間の端の壁に寄りかかってなんとか意識を保とうとしている。
(クソ...コイツ....こんな魔法を隠してやがったのか....
壁にぶつかった衝撃で頭が...
だが、この威力と出力速度...コイツ自身もダメージを受けるタイプの魔法らしいな...)
「うっ...くっ....」
キヨンテも爆発を喰らったが、多重重力魔法で吹き飛ばされる勢いを殺し、ダメージを最小限にとどめた。
(爆発魔法か...人間がやれば即死は免れない威力の自爆攻撃だ...あの頑丈な体を持っているからこそできることだな...クソ、もっと警戒するべきだったか...。
ジャレッドは....動けそうにないな。僕1人でやるしかないか...)
「グアアアアアアア!」
(今だ...短剣の男を殺す...!)
魔物は広間の端にいるジャレッドの方へ全速力で向かっていく。
だが、爆発のダメージがその俊足を鈍らせている。
「ちょっと待ってくれるかな?」
キヨンテが立ち塞がる。
(この至近距離...近距離での戦闘は遠距離魔法を得意とする僕にとってリスクが高い...それに、さっきの多重重力魔法で魔力を半分くらい持っていかれた...まずいな....。)
「チッ...貴様....名をなんという。殺す前に覚えておいてやる。」
(コイツ...さっきの爆発を喰らっても立っていられるとは...
それにさっき感じた風は...非常に高濃度な魔力を感じた...
あれを食らえばおそらく我は倒れる....
だが、我の攻撃も一度でも命中すればヤツの体は再起不能にできる...
勝負は一瞬で...決まるな....)
「キヨンテ...キヨンテ・マレー...」
(魔力もそんなに無い...やつの鱗(おそらくヨロイ魚のものか...?)をも引き裂ける魔法は風魔法しかない....
こうなったら...小さい圧縮風魔法を急所に当てて仕留めるしかないな....)
「.......ウラアアアアアア!!!」
魔物はキヨンテに向かってまっすぐ走ってくる。
(おそらくヤツは魔力感知は達者でも肉眼での視認は得意ではないはず...あれほどの魔法は魔導書を穴が開くほど読み漁らなければ習得し得ないもの...ならば....)
魔物は途中で足を止め、剣で地面を思い切り叩き切った。
ぶわぁぁぁ.....
あたりに巨大な砂煙りができた。
「くっ...なるほど、そうきたか....ッ!」
(どうする....この砂煙りの中では肉眼での視認が難しくなる...それに...やつは爆発の直後から魔力の流出を完全に止めている....魔力感知では捉えられないぞ...
くそっ...どうすれば...)
「ウラアアアアアア!」
魔物は砂煙りより少し背が高いので、キヨンテを視認出来、切り掛かろうとする。
(これで終わりだッ!キヨンテ・マレー!)
「...そうか、これだ!」
キヨンテは刃性を消した単純な風を巻き起こし、砂煙りをさらに巻き上げた。
「ぐ!?」
魔物は逆に自らの視界を奪われる。
(しまった...こいつ、風魔法の刃性を消せるのか...!刃性を消せば消費する魔力量は格段に下がる...!
だが!)
魔物は刀身で砂煙りを払おうとする。
だが、なぜか砂煙りが振り払えない。
(何故だ...!?何故消えない...!?)
「へへ...俺に雷魔法の適性があってよかったな...キヨンテ...」
ジャレッドは密かに広間の端からキヨンテ達に近づき、微細な雷魔法のコントロールで砂煙りが移動しないように空間に固定していたのだ。
「勝負あり。」
キヨンテは、魔物の左手脇腹に小さな圧縮風魔法を叩き込んだ。
「グアアアアアアア」
魔物は無数の刃で脇腹を抉られ、地面に倒れ込んだ。
「で、あなたはなんで聖都の人間を目の敵にしてるんです?」
キヨンテは魔物に質問する。
「貴様ら聖都の人間は...魔法の過剰開発...さらに...技術の開発まで...
それはやがて魔界の秩序を破壊するだろう...それは...誰かが止めねばならぬ...」
魔物はそう言うと、まもなく息をしなくなった。
「ハァ...ハァ...マジで強かったな...今回は...」
ジャレッドが床を這いずりながら近づいてきた。
「あぁ、そうだね。」
キヨンテはジャレッドに手を差し伸べながら言った。
「魔法の過剰開発...か....」
キヨンテは少し不安そうに呟いた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
初作品です。