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悪徳商人の影

 数日引きこもって書き書きしていたが、わたしは父母に促されてウルプ城に出向いた。

 グレクスがにこやかに迎えてくれた。昨日逢いに行ったトレージュのことは追い返したみたいなのに。

 

「盛大な夜会を開く」

 

 グレクスは笑みを深めながら告げた。それは何とも都合の良い話。一気に謝罪して回れる機会となる。

 

「そうなんですね? ……謝罪して回っても宜しいでしょうか?」

 

 盛大な夜会となれば手間が省けて素晴らしい。

 

「ああ、存分に」

 

 にこやかなまま、グレクスは応えた。

 もしかして、この前、わたしがつぐないたいと言っていたから、場を用意してくれたのかしら?

 馬車で各令嬢の領地を巡る気でいたから、随分と破格な計らいに感じる。グレクスの思惑はともかくとして。

 その上で、取り敢えず夜会の場で謝罪して回る許可はもらえたわね。わたしは改めて心に気合いを入れた。

 

「きっと、謝罪する姿も可憐だろうな」

「は?」

 

 グレクスは楽しそうだ。そんな笑顔、以前のアンナリセには、一度も見せたことないじゃないの。

 

「夜会は償う場として存分に使ってくれていい。だが、謝罪などせずとも、新たなお前のお披露目だけでも全く構わん」

 

 グレクスは上機嫌だ。

 

「お心遣い、ありがとうございます。とても助かります」

 

 わたしは、丁寧に礼をする。そんな、わたしの一挙一動を、グレクスは微笑(ほほえ)ましそうに眺めていた。

 

 グレクスは絶対、入れ替えに気づいてる――。

 

 わたしは直感し、少し蒼くなる。

 アンナリセに誰か別人が憑依したと、たぶん、気づいているのだ。わたしがアンナリセではないと知りつつ、なぜ追求しないのか。どうして、こんなに好意的なのか。理由が全くわからなくて不気味だ。

 

「夜会の前日は、ここに宿泊しろ。アンナリセ、お前のための衣装を調達させている」

「衣装……?」

「ああ。極上の衣装だ。愉しみにしているといい」

 

 わたしは、思い切り瞠目(どうもく)する。謝罪しながら、アンナリセの仕業と同じことを、身をもって受けようと思っていた。だから、謝罪の際には地味で簡素な衣装を、と、考えていたが、それは母に止められた。グレクス様に恥をかかせちゃだめよ、と。母の言葉はもっともだったが、それどころではない。

 

 ウルプ家の用意した衣装を、台無しにすることになっちゃうわ!

 

 しかし、それでも、わたしは計画通りに謝罪を進めることを決意した。グレクスには後で誠心誠意謝罪する。何より、アンナリセの悪行を詫びて回ることが、後々のグレクスのためになる。

 

 

 

「大夜会を開くのですって。衣装は、グレクスさまが用意してくださるそうなの」

 

 馬車で戻って父母に挨拶を済ませてから告げた。

 

「それは素晴らしいわね!」

 

 そういって母が眼をみはる。本当に吃驚(びっくり)だ。今までアンナリセに、そんな対応などしたことはなかった。少し離れた所で、トレージュがもの凄い形相(ぎょうそう)になっていて怖い。

 

「そうかそうか。では、たくさん資金を貢いでおこう」

 

 父は上機嫌で、ウルプ家への献金を増やすつもりのようだ。

 

「夜会の前日からウルプ家に泊まるようにと言われたの」

「そうね。衣装を用意してくださるなら、そのほうがいいわ。会場で逢うのを楽しみにしているわね」

 

 母も上機嫌で、アンナリセ以外の一家の衣装決めをするようだ。

 わたしはウルプ城へと出入りする予定が増やされている。頻繁に迎えの馬車が来るようだ。

 

 

 

 グレクスに何度も呼びつけられ、共に過ごす刻が増えている。

 あるとき、会合を済ませたらしき一団が視野へと入り、わたしは蒼白になった。

 

「グレクスさま、あの方たちは?」

 

 わたしが震えているのにグレクスは気づいたようだ。

 

「ん? どうした? 新たな交易の話を持ってきた。すでに一部の爵位持ち貴族たちが話に噛んでいる」

 

 グレクスの様子では、たぶんウルプ家も資金をだすなり、事業に投資するつもりでいるのだろう。

 

「確か、あの背の高い方……、王宮を永久追放になってます。罪人です」

 

 小さい声で告げた。根も歯もないわけではないが、わたしは王宮にいて沙汰を見ていた、などとは言えない。まして、極秘で西へと渡ってきたはずだ。

 ただ、貴族のなかには分かっていて不正に手を染めるつもりの者がいるかもしれない。

 王宮でできなかった不正を、ウルプ小国を巻き込んで再開させる気なのだろう。

 

「それは確かか?」

「はい。ですが証明はできません。ただ関わらせてはダメ……」

 

 少し震えたまま告げた。

 

「分かった。では、極秘に調査させよう。お前からの進言であることは隠す」

 

 グレクスは、やはり入れ替えに気づいている。だからアンナリセが当人とは違う情報を持っていても信じてくれたのだろう。極秘にするのは、わたしを護ってくれているのだと感じる。

 

「ありがとうございます。ぜひ、王都のほうへも調査の手を」

 

 ウルプ家の家令は、一団の持ってきた話に乗り気だったらしく、グレクスが待ったを掛けたことに、若干めくじらを立てていた。わたしをコッソリ睨んでいたところをみると、家令にはアンナリセからの情報だと仄めかしたのだろう。

 

 

 

 だが、調べたところ、ボロボロと悪い噂というか事実が出てきた。王都にも調査員を派遣したが、当然、罪人として王都を永久追放になったことは直ぐに明らかになった。

 

「助かったよ、アンナリセ!」

「面目ございません」

 

 グレクスの隣で、ウルプ家の家令が申し訳なさそうにこうべを垂れた。

 

「確認してくださってありがとうございます」

 

 やはり気のせいではなく、わたしの記憶は確かだった。

 

「王宮の代理を騙って富豪の貴族たちから金品を巻き上げたそうでございます。王宮と直々に取り引きできるようになるからと、次々に資金を引き出したそうで」

 

 家令はずっと申し訳なさそうに調べたことを教えてくれた。

 

「名前も変えず、デザフル・ティクと名乗っていたから、すぐに調べはついたが、ウルプ家の動きを察してラテアの都から逃亡したようだ」

 

 デザフルは実際王宮に出入りはしていたが、ただの出入り商人だった。ただ、役人と懇意になり、他の役人を陥れ、役人との共謀により利益を貪った。だが、すぐに真実は明るみに。懐柔された役人は処罰され、デザフル・ティクは王都から永久追放された。

 

 王宮でしたようなことを、ウルプ小国でもするつもりだったのか? いや、すでに富豪な貴族の一部は被害にあっているかもしれない。しかもウルプ家代理を騙った可能性もある。実際に、ウルプ家への出入りする場を見せることで、懇意であると信じこませたかもしれない。

 

「アンナリセ様は、この事実をどこで入手なされたのですか?」

 

 家令は他意はなさそうに訊いてくる。

 

「ヘイル家への来訪者から漏れ聞いたと思うのですが、ちょっと曖昧で申し訳ありません」

 

 グレクスが家令になんと説明したのかは謎だが、わたしのその言葉で家令は納得してくれたようだ。ヘイルは侯爵家であり、相当な資産を持つ。デザフル・ティクが来訪していても不思議はない、というのはあるだろう。

 実際、わたしの知らないところで、ヘイル家に来ていた可能性もある。

 

「貴族たちには、触れを出した。被害があれば届けるように手配はしたが、投資した金は戻ってはこないだろうな」

 

 実際のところ王都での悪事がどのようなものだったのか、女王付の侍女辺りでは知りえることは少ない。だが、今回のことで大分明らかになった。王都を永久追放とは余程の罪だ。

 だから西に逃れてきたのだろうが、何とか被害は最低限で済んだろう。

 

 逃亡したらしいが、また何かくわだてる危険性はある。しかも、ウルプ家に恨みをもったはずだ。

 ウルプ家でデザフル・ティクを見掛けたとき、共に行動していたのは、富豪な爵位持ち貴族のひとりだった。元のアンナリセですら、その悪徳ぶりを嫌っていたような人物だ。

 

 え……?

 爵位持ちのその貴族をアンナリセは嫌っていた……。

 何かが引っかかった。だが、アンナリセの記憶を探ってもその引っかかりが何なのか辿り付けない。

 鍵……? 記憶に鍵が掛かってるみたい……。既に、アンナリセの記憶は、わたしの記憶でもあるのに? 鍵は、どこかしら?

 

 ウルプ小国としてデザフルと、行動を共にしていた爵位持ちの貴族など関連の者たちに眼を光らせてくれるとは思うが、ちょっと気になる顛末だった。

 

 


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