相談人 丸谷翔子 その2
本当に申し訳ございませんでした。経過報告のないまま三ヶ月もお待たせしてしまって……
「そんなそんな、顔を上げてください。体調はもう大丈夫なんですか?」
はい、なんとかお陰様で。本復まではいきませんが、かなり良くなりました。
「それならよかったです。でも、メールをいただいた時は驚きました。まさか入院されていたなんて……どうなされたんですか?」
それが、取材帰りに倒れてしまったようでして……気がついた時には病院にいました。
「倒れたって、何かご病気だったんですか?」
担当の先生には過労と栄養失調だって言われました。
「そんな……もしかして私が依頼した調査の件で……」
違います違います。単なる私の体調管理不足です。でも、変なんですよね。そんな無理をして取材をしていたわけでもないし、食事も今まで通りちゃんと食べていたんですよ。
「じゃあ、疲れが溜まっていらっしゃたんですかね」
そうなのかもしれません。でも、目が覚めた時は倒れてから一カ月も経っていて、体重が10kg落ちていました。もともと面識のある先生が診てくださったんですが、「あなたが栄養失調になるなんて……」と驚いてました。
「そうですか……それは大変でしたね。本当にもう大丈夫なんですか?」
お気遣いくださりありがとうございます。ほとんど問題ないんですが、寝ている間に体力も筋力も落ちてしまいまして。今まで通り過ごせるようになるまでかなり時間がかかってしまいました。
「そうでしたか。でも、ある程度回復なされたようで良かったです」
ありがとうございます。でも、この度はお待たせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。先日お送りしたメールに記載した通り、まだ調査途中でして詳しいことは掴めていません。ただ、あのショッピングモールには何か……
「あの……その件なんですが……すみません」
え? どうかなされましたか?
「もう、この取材はこれ以上なさらなくて大丈夫です」
そんな、でも……あの、期間が伸びてしまって本当に申し訳ございません。もう体調も戻ってきたのですぐに取材を再開しますので……
「違うんです。もう、これ以上調べていただかなくて大丈夫なんです」
大丈夫と言いますと?
「私、引っ越すことになったんです。旦那の転勤で○○市に行くことになりました」
あ、そうなんですか。いつ引っ越されるんですか?
「二週間後に新居に越す予定です。それで、もうあのショッピングモールに行くことは絶対にないから、これ以上の調査はしていただかなくて大丈夫なんです。あ、もちろんこれまで調査していただいた分の料金はお支払いします」
そんなそんな、受け取れませんよ。何もまだはっきりしたことがわかっていないんですから。
「いいんです。自分自身のけじめと言いますか、お支払いして、もうこの件とは関わりを切りたいんです」
そうですか……本当は料金の受け取りをお断りしたいのですが、お恥ずかしい話、今回の入院で出費が嵩んでおりまして……お言葉に甘えさせていただきます。本当にありがとうございます。
「とんでもない。私がお支払いしたいだけですから」
そんなそんな……それでは料金については計算し改めてご連絡させていただきます。
「わかりました。お願いいたします」
かしこまりました。あの、失礼を承知でお伺いしたいのですが、転勤の話を聞いた時、どう思われましたか?
「そうですね……正直嬉しかったです」
嬉しかったんですか?
「はい。調査を依頼させてもらって少ししてから、近所で変なことがよく起こるようになったんです」
変なことですか……例えばどんなことがありましたか?
「例えば、近所で悪質ないたずらが増えことですね。家の外壁や門柱、それから自転車や車に爪で引っ掻いたような痕がつけられたり、植木鉢や花壇が荒らされたりですね。そうだ、ゴミ捨て場も荒らされてぐちゃぐちゃにされることが増えました」
なんだかたちの悪いものばかりですね。急に増えたんですか?
「はい、これまで気になることすらなかったのに、ここ一、二ヶ月月はかなり多いですね」
野良猫やカラスのいたずらでしょうか?
「それが……私は違う気がするんですよね」
違う気がする? 何か気になることがあるんですか?
「あの、猫やカラスが犯人のケースもあるとは思うですが、ここ最近のは奇妙な点があるんです」
奇妙な点と言いますと?
「植木鉢や花壇は猫かなあとも思うんですが、外壁や玄関のドアにつけられた引っ掻き傷なんですけど、高さが足元ぐらいにつけられたものもあれば、私の背よりも高い場所や、それこそ2m以上の高さの場所につけられたものもあるんです」
猫じゃそんなに高い場所は届かないですね。
「そうなんです。それに車や玄関のドアなんてものすごく硬いじゃないですか。それなのに綺麗に……あの綺麗にと言うとなんだか変ですけど、四、五本の深い傷が綺麗に並んで走ってるんです」
軽く引っ掻いただけじゃそんな傷はつかなさそうですね。
「はい、かなり力強くつけられた傷が多いように思います。あと、ゴミの荒らされ方も、カラスが荒らしたような感じじゃなくて、何かがそこで暴れ回ったみたいにゴミが散乱しているんです」
カラスが生ゴミを食べ散らかしたような感じではないんですね?
「はい。もっと大きな何かが食べ物を探す目的ではなく、意図的にぐしゃぐしゃにしたような雰囲気があります」
荒らされたゴミ捨て場に、防犯カメラはなかったんですか?
「防犯カメラが設置されたゴミ捨て場もあるんですが、カメラも破壊されていたようです」
カメラが破壊……それはカラスの仕業じゃなさそうですね
「はい……しかも二週間ほど前に、ばらばらになったカラス、昨日は猫の死体が見つかったとお隣さんから聞きました。最初は気にしないようにしてたのに、一つ気になるとどんどん気になり出して……私、怖いんです、あの街に住むのが。だから転勤が決まって心から安心してるんです」
適切かは分かりませんが……転勤が決まってよかったですね。
「はい、本当にほっとしてます。私から調査を依頼しておきながら、中途半端なことをしてしまい申し訳ございません」
とんでもない、私こそ中途半端なことをしてしまっていますので。私こそ申し訳ございません。そうだ……あの、一ついいですか?
「はい、なんでしょう?」
近所で不思議なことが起きているとのことなんですが、人が被害を受けたケースはありますか?
「人が被害を、ですか?」
はい、そういうケースって聞いたことありますか?
「小学生が下校中に、ランドセルに切り傷をつけられたっていうのを、聞いたことがあります」
ランドセルですか?
「はい、ランドセルのフラップのところに、鋭い切り傷を付けられた男の子がいるんです。ごめんなさい、詳しいことは知らないんです。切り傷と言っても、帰り道にどこかで引っ掛けたのかもしれないとも聞いてて……」
そうですか……教えてくださりありがとうございます
「何か気になることがあるんですか?」
実は……これ……
「……ひっ! ど、どうしたんですかこの傷⁉︎」
気がついた時にはついていました。多分、倒れた時に……
「そんな……あの、足首痛くないんですか?」
はい、痛くはありません。起きた時にはこうなっていて、その時から痛くありませんでした。でも、消えないんですよね。こんなに時間が経つのに、薄くならないんです。両足とも何か爪でに引っ掻かれたような傷痕が……
完結設定をしておりましたが、二話ほど追加予定です