表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《第1章始動》気づいたら記憶喪失だった  作者: 或真
序章 覚醒
5/31

記憶喪失、宿に泊まる。

その後、王と簡単な挨拶を交わした後、俺たちは宝箱を抱えて、アズル達に城外へと案内された。

空は随分暗くなっていて、間も無く夜って感じであった。


「お前らいいなぁー、俺の全財産以上を貰えて。ちょっとくらい分けてくれないかね?」

とアズルが羨ましそうに駄々を捏ね始めた。彼らも報酬をもらえるはずだから、分ける気は毛頭ないのだが、


「私たちは馬車で語り合った中じゃないの、もちろん分けてやるわ!」


アドはたくさんの金貨を拳に詰めて、アズルに手渡した。


「ヒャッホー!さすが姉さん、話が分かるぅ!」


アドさんは誇らしそうに仁王立ちし、煽てられていた。どうやらこの龍さんは金遣いが荒いらしい。彼女は次々と城の使用人達に金貨を大量に渡していく。このまま行くと、この宝箱が空っぽになってしまいそうなので、そーっと金貨を20枚ほどスーツの胸ボケットに忍ばせといた。


「さぁ、シャルルもー!」


シャルルさんもアドから金貨を渡されそうになっているのだが、必死に抵抗している。

しかし周りが急に騒がしいな、と思って周りを見渡すと、龍さんを囲むようにギャラリーが群がっている。


「そこの少女、私はオースト領の領主であるぞ!税を貢ぐのだ!」

「私の子供が瀕死なんです、助けてください!」

「借金返済のために、お願いします!」


などと数百人単位のギャラリーが十人十色にアドから金貨を巻き上げようとしているようだ。

そしてなぜか快くアドは金貨を撒き散らしていくのだ。


「金貨が欲しい?ならあげるわよー!」


金貨の雨が降り注ぎ、地面に落ちた金貨を数十人が争奪戦を繰り出す。


「ちょっ、俺が最初に取ったんだぞ!」

「うるせえ!最後に持ってる人のものだ!」

「レディーを優先するのがジェントルマンでしょ!」


最初は言い争いで収まっていたものの、徐々に殴り合いへと発展していく。

城門前の混戦には城の兵士なども数名参加している上に、ギャラリーの人数も増えていく。

そして増える人数に負けじと金貨をばら撒くスピードを上げていく。

宝箱を埋め尽くす金貨の数も半分以下になりかけている。


(そろそろまずいな…)


このペースでいけば数分以内に宝箱は空になるだろう。


(混戦は怖いけど、俺がアドを止めないと一文無しに戻ってしまう!)


覚悟を決めて、俺は蠢く集団へと突入した。金貨争奪戦は、アドの同心円状に広がっている。すなわち、アドを止めるためには人の壁を乗り越えなければいけないのだ。


(とにかく、気合だな!)


助走を入れて、人と人の間を押し退けながら突っ込んでいく。しかし、内側を守るもう一層の人の壁に妨害され、弾き返された。どうやら、人の壁は二層構造になっていて、片方を突破してももう片方の壁にカバーされてしまう。なかなかキツイな。


(正面衝突でダメなら、上から登ればいっか!)


争う人々の背中を踏み台のようにして、上空へと飛び上がった。それと同時にアドが見えた。なぜか数名の男性を締め上げている。どうやら、強欲な奴が宝箱自体を奪おうとしたらしい。しかし、締め上げつつも、金貨を撒くのはやめない。一発食らわしてやろうーと思い、アドの前に着地した。


「アドォオオオ!てめえ宝箱返せ!」

「えー?みんな喜んでいるじゃないの!?」

「金貨がなくなるだろうがァ!」


力ずくでアドの手元から宝箱を奪い返し、人壁を再び飛び越えた。


「私の金貨ァ!」


そう叫ぶと、アドは俺、というより俺の手元にある宝箱を追い始めた。なぜか殺気をこちらに向けているが、恐れずに、


「お前俺たちを一文無しにする気なのか!?宝箱を見てみろ!もう半分もないぞ!」


「えっ、あ!ほんとだわ!」


こいつ無意識に金貨をばら撒いていたのか。アドを睨むと、彼女は「テヘペロッ!」などと言って、この場を乗り切ろうとしているのである。絶対に反省していないな。


「とにかく来い!」


金貨を狙う人々から宝箱を遠ざけるために、アドの手を力ずくで引っ張って、近くの宿に避難した。

移動中にギャラリーからものすごい野次を受けたのだが、鋼のメンタルで無視をした。中にはバケツや石を投げつけてくる人もいたが、いつの間にか現れたアズル達が取り締まってくれていた。そうやって一時的な平穏は訪れたものの、金貨の枚数が最初約10000枚あったものが、今は3000枚程度に激減していた。しかしこれでも一生を遊んで過ごせるほどの金額である。


まだ金貨があるから許せたものの、もしこれが3桁とかだったらブチギレである。今回は要注意ということにしておいてやろう。


「いらっしゃいませ!ミーラ宿へようこそ!どんなお部屋が如何ですか?」


宿はあくまでも仮の避難場所であるのだが、入ってしまった以上、泊まらずに去るのは流石に申し訳ない。

まあ折角だし、この宿を拠点とするのもありなのかも。お金も大量にあるんだし、値段も気にしなくても良さそうだ。


「あ、はい。二人別々の部屋で、一泊二日、3食付きの最低額でお願いします。」


最低額という言葉にアドが驚いている気がしたが、きっと気のせいだろう。


「承知しました。通常部屋の3食付き一泊二日で2部屋ならば、金額は合計金貨50枚です!」


今何か恐ろしいことを言われたような…金貨50枚はどうやら平民が2年でやっと稼げるくらいの金額であるらしい。一泊二年分の費用がかかる宿なのだと。というか周りをよく見渡すとエントランスだけでもかなり豪華だった。ロビーにはふかふかそうなソファが綺麗に並べられており、高そうな壺やらが展示されている。そしてこの宿に宿泊者と思われる者達は皆高級そうな服やアクセサリーを身につけている。どうやら俺がいる宿は王国最高峰の宿のようだ。


(流石に金貨50枚は高いな…他の宿を探すか。)


アドを連れて宿から立ち去ろうとした時、邪龍が再び厄災をばら撒いた。


「分かったのよ!はい、これ金貨50枚!」


こいつ、本当は殺しといたほうがいいのではと思ったほどの出来事であった。生まれて1日未満の俺でさえ金の概念は分かる。なのにこの自称万年を生きた龍さんは、金の重さが分かっていないようだ。


「50金貨ちょうど頂きました。お二人方の部屋はこの通路の右を曲がった所の2号室と3号室でございます。どうぞ最高峰の宿体験をお楽しみください。」


もう嫌だ。気づいたら金貨は払われているし、アドに鍵を渡されているし。あのバカは嬉しそうに自分の部屋へと走ってったし。いつか金の扱い方をきちんと教えないとな。もう起こってしまった事は取り返しつかないし、今更だ。楽しんだ者勝ちなんだから、問題なんて後回しにしちゃおう。


というわけで、俺もノリノリで自分の部屋に向かったわけだが、一瞬ぼったくられたと思った自分が恥ずかしく思えた。玄関は白い大理石の扉で、宝石が散りばめられていた。ドアノブは貴重なガラスをふんだんに使っていて、非常に幻想的な風景である。ドアを開けて部屋にあがると、あらもうすごい。まず第一印象はとにかく広い。ソファを最低でも数十個は詰められそうである。そして家具がすごい。テーブルや椅子、ベッドの縁などは全て透明感あふれるガラスで出来ている。椅子などに関しては尻が痛くなりそうだったが、黙っておこう。正直言ってちょっとくつろぎにくいのは秘密である。


机の上の果実をつまんだ後、俺はベッドへとダイブしてゴロゴロした。


(今日は色々あって疲れたな。)


そう思っていると、今となって突然空腹に襲われた。


そうだった。俺は腹が減っていたから虹果実を食おうとしたのだ。それに失敗した以降、何も食っていなかった。果実が腹を満たせる訳もなく、逆に空腹のトリガーとなって俺を襲っている。まずい。一歩も動けないほど腹が減ってしまっている。このまま行くと餓死するかもしれない。


「空腹を探知しました。お食事をお持ちします。」

と頭の中に不思議な声が鳴り響いた。


(空腹を探知?食事?)


ポカンとしていると、数名の執事らしき人達が大量の食事を両手に部屋へ侵入してきた。次々と机に並べられていく料理の一品一品からは香ばしい匂いが流れてくる。そしてその匂いによって弱っていた体に力が戻っていく。もう飯以外何も考えられない。


周りの目などどうでもいい。テーブルへと飛び移り、獣のように並べられた料理に手をつけていく。肉の後は魚、そしてサラダをスプーンやフォークが置かれているのにも関わらず、手で鷲掴みにして、口へと運んでいく。とてもうまい。

皿を次々と平らげていき、腹は順調に膨れていく。体力が回復していき、頭も冴えていく。数分の内に全ての品を完食すると、色々な疑問が浮かんできた。


「あの、どうして空腹で餓死しそうだと分かったんですか?」


一人の執事が応えてくれた。

「この部屋の鍵を渡されたと思うのですが、それは感情を感知できる魔道具なんです。」


(マドウグ?)


「あの、魔道具っていうのは?」


そんな事も知らないんだ、っていうような冷たい目で睨まれたものの、優しく説明してくれた。


「えっと、魔道具っていうのは単純に言うと魔法の効果が付与された道具のことなんです。人為的にそれを作成することも可能ですが、自然に生成される事もあるんですよ。ちなみにこの魔道具は人為的に作成されたもので、感情を読み取る魔法が付与されています。」


「すなわち、この鍵に爆発の魔法を付与すれば、爆弾が作れる訳なんですね。」


「まあ、論理的にはそうですが、魔道具を作るために必要な魔力、体力は通常の魔法を放つより数倍必要なのです。」


なるほど。汎用性が非常に高いものの、その分燃費が悪い上に回数制限がある魔道具もあると言うことか。もし単純に爆発を起こしたいならば、魔法を普通に放つ方が効率的だろうが、爆弾をストックしたいのならば、魔道具を作る方がいいと言うことらしい。とにかく使い分けが大切だな。


「なるほど…」


「もし質問がなければ、私達はこれで。」

そう言うと執事達は足早に部屋を去っていった。


ちょっとうざかったのかなと傷つきながら、ベッドで再び寝転がった。


魔法か。今後記憶を取り返すために役立つかもしれないな。

例えば、記憶を思い出す魔法なんていうのもあるのかな?

とにかく将来的に魔法を習わうのは必須になるだろう。


だが、記憶か。未だに何も思い出せない。

なぜ森に現れたのか。何もかも説明がつかない。

今世界についての知識はないものの、常識的な意味ー机の定義とか、魔法という概念などは分かるのに。


(はぁ。)

心の中で大きな溜息を吐くと、悩んでいてもしょうがないと立ち直ることにした。


今記憶を取り戻す術はないんだから、今更悩んでいても変わらない。

将来的な目標として記憶を取り戻していこうと決意した。


色々モヤモヤが晴れて、方針が決まったことで、心が楽になった。

(心が軽くなるとなぜか眠くなるな。)


そう考えていると、抗えぬ眠気に襲われて、寝落ちしてしまった。

(明日はアドと今後について話ッー)


そう最後に思うと、ついに意識が途絶えてしまった。


____________________________________


次の朝、俺は騒がしい声に起こされた。


「アーサー!アーサー!大変だわ!」


うるせえな。心地悪い声が頭の中に響き渡る。


「なんだよ。朝からうるさいな。」


「大変なのよ!金貨の入っていた宝箱がないの!」


「はぁ?!」


アドの方が戦力として高い。そう思ってアドの部屋に宝箱を保管しておいたのだ。

アドさんが対人戦で負けるとは考えられないし、きっと探し足りないだけだと信じて、アドの隣の部屋へと走った。

ベッドの下、クローゼットの中、トイレや風呂の中。どこを探してもない。


(まさか?盗まれた?)


この部屋のセキュリティはそもそも万全である。扉には4つの鍵が全てかけられていたというし、ホテルの従業員でも開けられないという。その他には大きな窓があるのだが、この窓も鍵が取り付けられている上、どうやらこの窓、魔法で耐久力を底上げされている。ではどうやって?


やはり外部から無理矢理侵入したとは考えられない。だとするとー

そうではないように祈りながら、窓の鍵を確かめた。


ビンゴだ。窓の鍵が開いていた。


すなわち、俺たちの全財産は開いていた窓から侵入した誰かによって盗まれたらしい。

そしてこれは明らかにアドの失態である。


(アドのくだらない言い訳はまた今度聞くとして、まずは犯人を捕まえないとな。)


とにかく、俺は受付の人に事情を説明し、助けを乞うてみたが、窓から出入りしたなら宿での目撃情報などはもちろんないし、今ではもう既に王都を出ているかもしれないと言う。


「申し上げにくいのですが、昨日の金貨配布は中々の噂としてひろがってまして、配布を止めた白髪の男らしき者が金貨を独り占めしたなどと、アーサー様は多くの民から恨みを買われてしまっているようなのです。」


すなわち、俺がばら撒きを止めたから恨まれ、金貨を独り占めしたなどという虚偽の噂を流された訳らしい。それを妬んだ人達が、宝箱を盗み出したと言うことらしい。勘違い甚だしい。元々俺の金なのに。


と言うことで、再び一文無しに返り咲いたかと思ったが、思い出した。保険として、金貨を数十枚胸ポケットのなかに忍ばせといたんだ。良かった、と思いながら胸から金貨を取り出して数えてみると、21枚。この宿にはもう止まれないな。


アドの部屋へと戻ると、アドが心神喪失で座っていた。


「私の存在意義が…」


(金をばら撒くことで優越感を感じていたのか?この邪竜?)


次から次へと毎日積み上がっていく問題に俺は頭が痛いのだった。


(いつか財務をこなしてくれる人を雇おう。)

と強く思ったのだった。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ