記憶喪失、起き上がる。
苦しい。暗い。
これが重力なのか、それ以外なのか判断することはできなかったが、体が圧迫されるような痛みを感じて、私は深い眠りから覚めた。
ここはどこだ?
目をゆっくりと開けると、そこには大森林が広がっていた。
目の前に広がる景色に息をのむほどの美しさがあった。
そこには、透き通る水の川が流れていた。そしてその水面には、周りの景色が映し出されていた。岩肌に茂る草木や、木立の向こうに広がる山並み、そして空の青さまでもが映し出されていた。
その壮大な景色に、俺は言葉を失ってしまった。自然が生み出す美しさに、心が洗われていくようだった。
しかしそんな心地よい時間は長続きせず、次の瞬間激しい頭痛に襲われた。
痛い。苦しい。
まるで頭蓋骨が割れそうになるような痛みが、俺の頭を襲っていた。
俺は両手を頭に抱え込み、身体を丸め込むようにして苦しみに耐えていた。頭の中には何かが蠢いているような感覚があり、目眩まで覚えた。しばらくすると、その頭痛は治ったものの、しばらくは脳がぼんやりとして、考えがまとまらなかった。
(俺はどうしてこんな所に…てか俺は誰なんだ?名前は、えっと確かアーサーだっけ。)
自分が誰なのか、どこにいるのか、全く分からなかった。頭の中は真っ白で、何も思い出すことができなかった。不安と疑問に駆られたその時、
「グルグルグル」とお腹が大きく鳴った。
恥ずかしさと共に、お腹の音が静まるのを待った。
(空腹では頭も回らないか。とりあえず食料調達だな。)
周りをキョロキョロと見渡すと、周りより一際高い木にいかにも高級そうな果物が成っていた。
虹色に輝くそれは、甘い、芳醇な臭いを漂わせている。なんと美味しそうな果物なのだろう。
(よし!あの果物を絶対食ってやる!)
そう決めたら、ものすごい勢いで木登りを始めた。何度か足が滑りそうになったが、どうにか持ち堪え、虹果実とのご対面を果たした。
この時お腹の音はますます大きくなり、森の中に響き渡っていった。
ーもう我慢できない!と果実を手に取った瞬間、真後ろからガルルルと轟音が響き渡り、森の中が揺れ動いた。その轟音はどんどん大きくなっていく。
(腹の音じゃないよな…)
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには10メートルを軽く超える、巨大な龍がこちらを見つめていた。
巨大な体躯を覆う金属のように輝く深緑の鱗、鋭い目つきに、圧倒的な存在感。龍が再び唸ると、周囲の木々を揺らし、空気を震わせた。随分とお怒りのようだ。
(まずいぞ、こりゃ逃げないと死ぬな…)
龍が直視する中、冷え汗を垂らしながら俺は何も無かったかのように踵を返して木を降ってった。しっかりと虹果実を胸に抱えたまま。木から降りても尚、龍は見つめるだけであった。
(あれ?これって見逃してくれる感じなのか?)
そう思って油断していたら、天空から龍のブレスが降り注いだ。龍特有の灼熱ブレス。どんな金属でも容易く溶かしてしまう高温のブレスは、確実に即死である。
(ちょっ、待ってよ!今のは見逃しムードだったろ!)
心の中で愚痴を言いながら、必死に体をくねらせ、ブレスを避けた。その一方で龍は立派な羽を広げ、ついに追いかけてきた。
(やばい。とにかく逃げなきゃ!)
虹果実を片手に俺は走り出した。木々や草むらをかき分け、とにかく走った。しかし所詮は人の足。空を駆ける龍に容易く追いつかれてしまった。もう逃げることはできない。どうやら戦うしかないみたいだ。
(てかどうやってこんなんと戦うんだよ!装備があればまだしも、俺は今無腰なんだよ!)
無腰というより、目覚めた時からずっと全裸である。こんな愚痴を漏らしてる内に、龍は地上に降り立ち、今にも鋭い爪で俺に襲いかかってきそうな状況である。絶体絶命。
(クソッ、俺に何からしらの武器があれば…ってえ?)
そう願ったら、さっきまでは空だったはず手に、光の大剣が握られていた。
(えっ?どういうことー)
そう戸惑っていると、龍の鋭い爪撃が飛んできた。
危っぶな!
ギリギリの所でどうにか避け切った。
(何が何だかよくわからないが、まずはこの龍に集中しないと!)
溢れ出る疑問を押し殺し、大剣を構えた。
軽い。まるで質量が無いみたいだ。
そう思いながら、俺は爪撃やブレスを避けながら突進した。
突然大剣に驚いたのか、爪撃やブレスの精度が著しく落ちている。
龍は隙だらけであった。
「散々な目に遭わせやがって!」
力一杯大剣に力を加え、龍の首を目掛けて振り落とした。
その瞬間、轟音とともに爆風が吹き荒れ、砂埃が空中に舞った。
やったのか?
砂埃の幕が晴れると、そこには右胴体が切り落とされた龍がいた。強靭な鱗は真っ二つに割れ、鮮血が吹き出していた。どう見ても瀕死であった。
その一方で、一振りで龍を殺した大剣君はというと、無数の光の破片に砕け散っていた。
まさに諸刃の剣。
唯一の武器は砕け散ってしまい、結局傷んだ虹果実のみが手元に残った。
「はぁー」と特大の溜息をついていると、急に龍が眩しく光り始めた。
まるで白熱した太陽が突然に顔を出したかのように、眩しい光が目に飛び込んでくる。
ま、眩しい!
眩しい光に目がくらみ、目を開けることができなかった。
しばらく視界が白く染まっていたが、その光が収束していくと少しずつ目の前の景色が見えるようになってきた。
(一体どうなってるんだ?)
目を擦りながら前を見ると、信じがたい光景が広がっていた。
そこには瀕死の龍はおらず、いるのは一人の少女だけであった。