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「初めてあなたをこの目に映したとき、世界にはこんなにも美しい方がいることに驚くと同時に、神に感謝いたしました。宝石すらも輝きを譲るほど麗しい女性が、この腕の届く場所に居るという幸運を」


 ノル王子は私の前に跪いたままうっとりと語る。握られた手を引くこともできないし、サルドニクスやセリオンだけでなく国王ですら止めないということは何か目的があるのだろう。

 あからさまに自分へ向けられる熱っぽいまなざしや甘い言葉、手袋越しに感じる体温に嫌悪感が込み上げてくるが、どうにか笑顔を張り付けて耐える。そんな私に気付かず、完全に自己陶酔したノル王子は話を続ける。


「あなたは私を照らす稲光でした。あなたの輝きが私を照らし、落雷のように恋をした。この気持ちはあなたも同じなのでしょう?」


 違いますが。さすがに否定しようと口を息を吸った瞬間に「だから私はここへ来たのです」と言葉を続けられてしまい、また扇子で口元を隠しながら笑みを浮かべるだけになってしまった。いい加減助けてくださいと組んだままのセリオンの腕に力を入れてみるものの、ノル王子の妄言は遮られることなく続く。


「ユーウェールの至宝たるルナリア姫を望むのであれば、書面越しの申し込みではなく直接伝えるべきと。そういうことですよね」

「……婚約の申し入れにつきましてはお断り申し上げたはずです。わたくしは書面以上のことは考えておりません」

「ああ!そう恥ずかしがらないでください。あなたが私を愛していることは知っています。確かに私たち王族は愛だけで婚姻を結ぶことはできない。ユーウェールとトルエに縁ができたとしても旨味が少ない以上、第二王女として断らざるを得なかったというのは十分に承知しています」

「ノル王子」

「ですから私は、贈り物を用意することにいたしました」


 強めに呼んだ私を宥めるようにノル王子は親指で手を撫で、立ち上がる。それを合図に現れた侍従と思しき男性がベルベット張りの箱を恭しく差し出した。すぐさま警戒したセリオンが私の前に出てノル王子との間に立つ。


「申し訳ありませんが、一度こちらで確認させていただいても?」

「……ああ。すまないな。気が逸ってしまった。王女を害するものではありませんよ」


 ようやく私以外へ目を向けたノル王子は、冷たい目でセリオンを一瞥して侍従に渡すよう指示を出す。それと同時に私の手も解放されたので、失礼にならない程度に退いてセリオンの影まで下がった。長手袋のおかげでバレなかったと思うけど、先ほどからずっと鳥肌が立っていた。

 箱を受け取ったセリオンは控えていた宮廷魔術師に安全性を確認させてから蓋を開ける。


「……これは」

「魔水晶のネックレスです。美しいでしょう?」


 箱の中に納められていたのはノル王子の瞳によく似た黄金に輝く宝石のネックレスだった。何も知らなければ上等なイエローダイヤモンドだと思ったかもしれない。それほどに美しい輝きの宝石だったが、よく見ると宝石の中には魔力がインクルージョンのようにゆらめいている。

 思わず自分の首元へ向かいそうになる意識をこらえてノル王子の言葉を待った。


「魔水晶…魔石は、見た目は美しくとも内包する魔力を放出しない限り宝石として加工することはできません。しかし、私は『宝石姫』を彩る宝石のひとつとして、この魔水晶も加えたかった。あなたを飾る宝石と共に、プロポーズをしたいと思ったのです」

「トルエでは魔石の加工技術はあまり発展していないとお聞きしていましたが?」

「ええ。ですので私は心ばかりの援助を。その代わりにこうして私の求婚の手助けをしていただいているわけです」


 セリオンが質問を投げかけるとノル王子はフンと笑って答える。

 つまり、ユーウェール国内で研究されていた技術の援助をすることでノル王子は『ユーウェール国に貢献した』という付加価値を得て婚姻を有利に進めたい意図があったのだろう。

 これが本当に新しい技術であればプロポーズの手土産としてはかなり大きかったかもしれない。ただ、この技術が既にサルドニクスの管理下にあること、”どこで開発されたものか”が不明であること、そして他国の王族がユーウェールの国益の一部である「技術」の研究に参入している事実が問題だ。特に一番後者は内政への干渉とも見られかねないため、下手をしたら国際問題に発展してしまうし、サルドニクスの管理下にあるはずの技術が流出している可能性も考えなければならない。


 ──どう考えてもこの場でこれ以上追及するのはまずい。

 そう結論を出した私は扇子の下で大きく深呼吸をして一歩前に踏み出す。依然として警戒の姿勢を崩さないセリオンの隣からノル王子を見上げると、勝利を確信したような笑みを浮かべて見つめ返された。まったく私のことも何も考えていない、一方的な熱情に嫌気が差しながらも表情を律して自分の首元を飾るネックレスに触れる。

 さあ、これで気づくと良いのだけど。


「ああ、もちろん、ルナリア姫が本日身に着けておいでのピンクサファイアも姫を彩るに相応しい美しさですね。その瞳とよく合って、……!」


 私の誘導につられて視線を移動したノル王子は得意げな表情をみるみる強張らせていった。大きく見開かれた瞳はネックレスを凝視している。よかった、そこまで”見る目”がない人ではなくて。

 私はあえて何も知らない素振りで微笑み、セリオンを見上げた。同じく微笑み返したセリオンは私に小さく頷いてノル王子へ顔を向ける。


「お気づきになられましたか。実は、我が領でも長らく魔石の加工技術の研究を行っておりまして……ああ、失礼。自己紹介が遅れました。私はセリオン・シャンデルと申します」

「あ、ああ。シャンデル……シャンデル侯爵家のご子息、だったかな。その…そちらは君が?」

「ええ」


 笑顔が引き攣り、動揺の隠せない様子でノル王子はローズピンクの宝石を示す。セリオンは笑顔のまま私の肩を抱き寄せた。正面でノル王子が鋭く息を飲む音がする。


「誰よりも特別なユーウェールの薔薇色は我が婚約者にこそふさわしい。そうでしょう?」


 セリオンは愛おしむように私の瞳を覗き込み、蜂蜜を溶かし込んだ声で告げる。

 思わず見上げた眼鏡の奥の瞳がこちらを見て愉しそうに細められているのに気づいていても、間近で見る甘やかな美貌は刺激が強くて、顔が熱くなるのを止められないのが悔しかった。

 これ以上からかいの種を増やしたくなくて「セリオンたら」と照れたふりをして顔を背けるとその先でノル王子が愕然とした表情を浮かべていた。


「婚約者……」

「本来であれば正式な紹介をいただいてからと思っていたのですが…申し訳ありません。我慢できませんでした」

「い、いや、だが!ルナリア姫、君の心は私に……」

「ノル王子」


 ノル王子はその先を聞きたくないと言うように首を振り、私に向けて手を伸ばした。しかし、その手が届く前に私は決然と言い切る。


「わたくしの心はここにあります。ですから、お気持ちにお応えすることはできません」


 『心』と言いながらネックレスに触れる。

 黄金の瞳がトルエを象徴する色ならば、私の薔薇色の瞳はユーウェールを象徴する色。私の心はユーウェールにあり、この宝石を贈った男にある──実際のところは別として、そう受け取れるはずだ。そして、ノル王子の贈り物は国と国の関係を左右するものなのだという仄めかしにもなるだろう。


 その意図はどうやら伝わったようで、完全に言葉を失ったノル王子の手は宙を切り、力なく下がって揺れた。




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