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年に数度、王家主催の大きな夜会がある。
私たちの婚約発表の場となるこの春の大夜会もそのひとつで、国内外の王族や貴族を招いて行われる。
王城のホールはこの日のために飾り付けられ、きらめく魔石のシャンデリアだけでなく魔法の光球も浮かび、集まった紳士淑女たちをキラキラと照らしている。
婚約の話を聞いてから2週間、色々あった時間を思い返す間もなく朝から準備に追われていた私はあっという間に入場時間を迎え、セリオンのエスコートで夜会に参加していた。
私は以前試着したときよりも刺繍とビジューが増えたドレスに身を包み、セリオンから贈られたピンクの魔石のアクセサリーで首元と耳を飾っている。金の髪は結い上げ、ピンクサファイアがあしらわれたティアラを着けた。
対するセリオンは近衛騎士の正装である騎士服だ。本来ならこの上からプレートアーマーとマント、剣を身に着けるのだが、さすがに夜会でそんな装備はしない。普段の機能性を重視した紺色の騎士服とは違い、金糸に縁取られた真っ白な上着は飾りボタンやタッセルが揺れ、胸元に私の瞳に合わせた薔薇色のチーフが飾られている。
普段から美しい容姿の男だとは思っていたけど、こうして正装していると美形に慣れている私ですら眩しく感じるほどの美しさだ。
「試着の際もとてもお似合いでしたが、今夜の我が姫は春の女神のような輝かしさですね。あなたが私の色を身に着けているというのも良い」
「…ありがとうセリオン。あなたもとても素敵ですが、よそ見をしていると転びますよ」
「失礼。私の言葉で薔薇色に染まる姫が愛らしくて、目を離せませんでした」
「こんな時までからかうのはやめてください……!」
あの温室での一件以降、セリオンは前にも増して甘い言動をするようになった。今もエスコートをしながら耳元へ顔を寄せ、甘やかに囁いては私の反応を楽しんでいて非常に腹立たしい。
そんなやりとりを参加者たちに見られつつ王族の席へ向かうと、先に入場していた王太子夫妻がにこやかに迎えてくれた。形式に則った挨拶をした後、設置された椅子に腰かける。
「うまくやっているようじゃないか」
「二人が揃っていると、物語の中から抜け出してきたみたいでとっても素敵ね!」
「ありがとうございます。お兄様とお義姉様はもしかして最近流行りの歌劇の…?」
「そう!私は妖精の女王で、サディは女王に恋する春の国の王子様よ」
「私はユーウェールの王子なんだけどね」
「それ以外は合っているのではなくて?」
苦笑を浮かべるサルドニクスにペルラが寄り添い、悪戯っぽく微笑む。顔だけ見れば優し気で甘い王子様然とした相貌のサルドニクスと、少女めいた可憐さを保ったペルラはおとぎ話に出てくる王子様とお姫様そのものだ。遠巻きにこちらを見ている夜会の参加者たちも、うっとりとしたまなざしを送っている。
「リアちゃんのドレスはシャンデル様の色ね?宝飾はリアちゃんの瞳の色にしたのね」
「セリオンが用意してくれたんです。お兄様も助言してくださったとのことで」
「私は婚約者に贈り物をすると良いと言っただけだ。喜んでもらえてよかったな、セリオン」
「殿下のご助言のおかげです」
私の横に居たセリオンが頭を下げる。サルドニクスは気にするなと答え、私へ視線を向けた。
「お前も知っていると思うが、今夜はトルエの第三王子も参加されるそうだ。お前のところにも挨拶へ来るだろう」
「…その、お兄様。わたくしたちの婚約発表はダンスの前に行われるのですよね?それは、王家への挨拶の後ということでしょうか」
「ああ。挨拶が一通り済んでから発表することになっている」
何でもない顔で頷く兄に一瞬頬が引き攣りそうになって扇子で隠す。夜会の直前に今日のタイムテーブルを聞かされていたが、そのとき感じた違和感はどうやら”嫌な予感”の類だったようだ。
本来であれば婚約発表は国王からの挨拶と合わせて行われる。兄と姉の婚約の際もそうだったし、会の流れとしてもその方が自然なはずだ。発表を聞いてから挨拶をしたい貴族も多いだろう。
明らかに何らかの意図があってそのような流れになっているんだろうけど、それならそれでこちらにも共有して欲しい、と扇子の下でため息を吐いたとき、父母──ユーウェール国王夫妻の入場が告げられた。私たちも立ち上がり、背筋を伸ばす。
「……うまくやれよ、セリオン」
「はい」
ペルラをエスコートしながらサルドニクスが囁いて去ってゆく。一体なにを?と首を傾げる私を見下ろしてセリオンは微笑んだ。少しも説明する気はなさそうだ。
「さあ、参りましょう。我が姫」
「……終わったら全部話してもらいますからね」
「私にお話しできることでしたら」
本当でしょうね?と確認を取る間もなくエスコートされてゆく。国王による始まりを告げる挨拶が行われ、歓声と共に春の大夜会が始まった。
夜会が始まってからダンスが行われるまでの間、王家への挨拶の時間となる。
誰もが挨拶をできるわけではなく、事前に希望を出したものと国外の賓客が該当する。公務モードで挨拶を受けながら夜会の参加者たちが私の右後ろに立つセリオンへ好奇心の目を向けているのを感じるが、まだ正式な婚約者として発表されているわけではないから紹介もできないし、向こうからも尋ねることはできない。
なんとも言えない空気で数人と挨拶を終えたとき、周囲からのざわめきを感じて視線を上げる。
「ユーウェール王国は今宵もとびきりの宝石箱のようだ。ルナリア姫、お久しぶりです」
「……お久しぶりです、ノル王子」
見上げるような長身に褐色の肌。ウェーブがかった黒いくせ毛は後ろに撫で付け、前髪を片側だけ垂らしている。輝く稲光のような黄金の瞳は、雷霆の国トルエを象徴するものだ。
目の前にやって来たトルエの第三王子ノルは野性味のある美しい顔で微笑み、私の手を取って指先にキスを落とす。そして、そのまま片膝をついた。
「このような場で愛を捧ぐ無作法をお許しください。私はもう、あなたへの愛を我慢することができない」
「ノル王子──…」
嫌な予感から口を開こうとしても、あちらの方が早い。私を見上げる黄金の瞳がきゅうっと細まり、甘く蕩ける。
「どうか、私と結婚してください」
これが狙いですか…?!と兄の顔を思い出しながら、私は今にも意識を飛ばしてしまいたくなった。




