05
「リアちゃん、氷の騎士様を陥落させたって本当?」
「……最初から説明お願いできますか?お義姉様」
王城のさらに奥、王族と許された者にのみ足を踏み入れることができるその場所で、私は兄嫁であるペルラ王太子妃とマナー教育という名のお茶会に興じていた。
「氷の騎士様とはセリオン・シャンデルのことよ。あの方、とても冷たくて美しい容姿をされているでしょう?それに、社交界では難攻不落の要塞とも呼ばれていてね」
「待ってください、情報量が多いのですが…氷はともかく、要塞ってなんですか?」
「それはもちろん攻略難易度が高いという意味よ」
ふんわりとしたプラチナの髪にエメラルドグリーンの瞳をぱちぱちと瞬かせながらペルラは胸の前で指を組み、にこりと微笑む。私より8つ年上で既に一児の母であるはずなのにいつまでも変わらない少女のような可憐さは、さすが社交界の『妖精姫』と呼ばれていただけのことはある。今その淡い色の唇は私を困惑させるようなことしか言わないのだけど。ちなみに話題の当人はサルドニクスに呼び出されているので不在だ。
攻略難易度、と繰り返し呟いた私に「ええ」と頷き、ペルラは楽し気に話を進めた。
「あの容姿で侯爵家の嫡男でしょう?社交デビューした当時からすごい人気で、年頃の令嬢たちがこぞって声をかけたものよ。もちろん、私にはサディが居たから見ていただけだけれどね」
「ああ…それで、誘いに一切答えないから難攻不落と…?」
「そういうことよ。話しかけても冷たい笑顔しか返って来ないって言われていたわね」
「それは少しわかるような気がします」
「ほんとう?でも、あなたには甘い顔を見せているらしいじゃない」
「どこの噂ですかそれは…」
「あなたが連れて行った奏者は私のお気に入りだってこと、忘れてなぁい?」
つまり、ヴァイオリン奏者から聞き出したということだろう。先日のダンスレッスンの様子を思い出してため息をついた。
確かにあのときは散々からかわれた覚えがある。その一部始終を報告されていたのなら、そういう評価になるのもわからないでもない。渋い顔の私を見ながらペルラはうっとりと頬に手をあてた。
「素敵じゃない。宝石姫を一途に想い、王国一の騎士へ上り詰めて口付けを賜り、ついには婚約者になった騎士様」
「……どなたの話しです?」
「リアちゃんの婚約者のセリオン・シャンデルのことよ」
私の知るセリオン・シャンデルとは到底思えない話しに頬を引き攣らせることしかできない。『婚約者になった騎士』しか当たっていないのでは?と思う私を気に留めず、ペルラは頬を薔薇色に染め、夢見がちな瞳で続ける。
「サディの直属になってからはいっそう彼を狙う人が増えていたけれど、浮いた話がぜんぜんないから要塞だなんて噂になったのよ。でも、それもこれもリアちゃんを想うがためだったってことよね」
「それは…どうでしょう?セリオンは真面目ですから、騎士としての勤めに励んでいただけでは……」
「あら、それこそ王国一の騎士になってリアちゃんからの口付けてもらいたかったからではなくて?これまでの大会には参加したことがなかったのに、優勝者には『宝石姫』からの口付けがあると告知された前回大会でいきなり参加して優勝しちゃうんだもの」
ペルラの中ではもうすっかりセリオンが私を一途に愛する男になっているらしい。もしも本当にその通りならば、やはり最初にセリオンは大会での優勝を話題にするべきだった。それが私の心に響くかどうかはともかくとしても、自身の想いをアピールするエピソードとしては完璧なのだから。
やっぱり私をおもしろがっているだけなんだわ…と思う反面、この婚約がいつ頃から、何のために進められていたかにも検討がつき、少しだけやるせない気持ちになった。とはいえ、それを表情に出すわけにはいかない。引き攣ったままの表情で頷き返した。
「……そうだったら良いのですが」
「そうに決まっているわ!やっぱり、望まれて結婚するのが一番よ。私たちにとって結婚は契約のようなものだけれど、愛はあるに越したことはないでしょう?」
小鳥のように首を傾げるペルラの姿はその言葉通り愛される女性としての輝きに満ち溢れていた。物心がついてすぐに婚約を結ばされたサルドニクスとペルラはその後十年ほどかけてしっかり絆を育み、今では誰もが羨む理想の夫婦となっている。そうなるまでに本人たちの努力があったのは確かだが、自分がそうなれるかと考えるとちっとも想像ができなかった。
曖昧に微笑み返しているとペルラの侍女がやって来て、サルドニクスの来訪を告げる。
「やあ、2人とも。授業は進んでいるか?」
「リアちゃんは優秀だからもう教えることがないくらいよ。サディ、お仕事はどうしたの?」
「少し休憩にな。ちょうど妹の婚約者が一緒に居たから連れて来たんだ」
部屋に入ってきたサルドニクスの後ろからセリオンが現れ、私と目が合うとにこりと微笑む。それを見てペルラが「あらあら!」と色めき立った声を上げた。
「せっかくだからみんなでお茶にしましょう?2人の分も用意してくれるかしら」
「ペルラ。セリオンの公的な身分はまだ護衛騎士だ。王太子妃と姫の茶会に参加させるわけにはいかないな。マナーの授業は順調なんだろう?余った時間を2人に回してやると良い」
「まあ!それもそうね。みんなでお茶をするのはまた今度」
はしゃぐペルラの横に腰を下ろし、給仕に「1人分だけ追加してくれ」と指示を出したサルドニクスは甘い顔立ちに含みのある笑みを乗せて私を見る。何が2人の時間ですか、と思いながらも席を立った。
「お気遣いありがとうございます、お兄様、お義姉様」
「また来週ね、リアちゃん」
にこやかにこちらを見送る兄夫婦に会釈をしてセリオンと共に退室した。