表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

03



 セリオンが婚約者兼専属護衛騎士となって1週間。

 私たちの婚約はさらに1週間後に王城で開催される春の大夜会で発表することになった…というか、なっていたらしい。どうやら私に話が来る前からこの婚約の準備は進められていたようで、既にドレスも発注済みとのことだった。

 今はセリオンと侍女たちを伴って試着へ向かう途中だ。


「確かに王命であればわたくしが断ることはできませんけど…!そんなに早くから決まっていたのなら、先に教えてくださってもよかったのに……」

「陛下にも事情がおありなのでしょう」

「それにしても…というか、わたくしは発注していたドレスが婚約発表用に差し替えられていたことにも驚いたのですが」


 知っていた?と専属侍女のクムルに話を振れば、彼女は小さく頷いた。


「申し訳ありません姫様。サルドニクス殿下から通達があるまでは内密にするように、と」

「そう…。お兄様たちには呆れてしまうけど、あなたが把握しているなら良いわ。ドレスのデザインも確認している?」

「はい。デザイン、使用する生地、小物に関しても確認は済んでおります。ただ、アクセサリーは……」

「ああ、そちらは私が」

「……え?」


 クムルの反対側からセリオンが話しに入ってくる。思わず足を止めて顔を上げると、ここ数日ですっかり見慣れた美しい顔が甘い微笑みを浮かべていた。


「私に贈り物をする栄誉をいただけませんか?」

「……お兄様の入れ知恵ですね?」


 年頃の女の子なら誰もがうっとり見惚れてもおかしくないような笑みも、今の私には胡散臭くしか見えない。栄誉なんて微塵も思っていないでしょうに、と内心で毒づきながら再び歩き始める。半歩遅れてセリオンとクルムが続き、どこか楽しそうな声が追いかけて来た。


「まさか。私も貴族の端くれですから。愛する婚約者へ贈り物をする甲斐性はありますよ」

「そういうことを本人の前で言ってしまうのはどうかと思うのですけど」

「言わなければ伝わらないでしょう?」

「秘すれば花とも言いますね」


 最初のぎこちなさが嘘のようにすっかり慣れたテンポで会話が進む。

 突然降ってわいた婚約であったものの、早い段階で互いの認識をすり合わせたのが良かったのだろう。自分に対して興味がなく、悪意もない人間との会話は気が楽だった。顔も声も良いだけに甘いセリフを囁かれると一瞬ときめきそうになってしまうのが悔しいところだけど。


 他愛ない会話をする間に試着室へ到着し、挨拶もほどほどにドレスの試着が始まった。セリオンは控えの間で待つことになっている。

 もともと夜会用に発注していたドレスは春を祝う夜会らしく淡いピンクの生地に薔薇のコサージュをあしらったかわいらしいデザインだったが、いま目の前にあるのは大人っぽい印象のドレスだ。

 手触りの良いオフホワイトの生地に銀の刺繍とビジューをたっぷりあしらったブルーのシフォン生地が重ねられ、すっきりした肩回りとパニエで膨らんだボリュームのあるAラインのシルエットが美しい。色からして婚約者となったセリオンを意識してのデザインだというのが嫌というほど伝わってくる。


「とてもお似合いですわ」

「姫様の金の御髪と薔薇色の瞳が良く映えますね」

「少し裾が長いかしら…姫様、少々お待ちを」

「髪型はいかがいたしますか?少し巻いてゆるく流すのも素敵ですが、結い上げて大人びた印象を強めるのも良いかもしれませんね」

「婚約者様がアクセサリーを用意してくださるのでしたか?」

「では一度お呼びいたしましょうか。姫様、シャンデル様をこちらへお呼びしてもよろしいですか?」

「……ええ。お願いします」


 私を置いて会話がどんどん進んでゆくのもいつものことだ。試着したドレスは確かに私に良く似合っていて、これがセリオンを意識した配色でなければもっと素直に喜べたのだけど…と複雑な感情を浮かべて姿見を眺めるうちにセリオンがやって来る。


「これは素晴らしい。良くお似合いです、我が姫」

「ありがとう。このドレスに合わせるアクセサリーをどうするか相談したいのだそうです」


 部屋へ入ってすぐ、私の姿を見て微笑みを浮かべたセリオンはとても貴族らしく褒めた。甘く感じられる声に侍女やお針子たちはまあ!とこらえきれない歓声を上げているが、これがリップサービスであることは明白であったので、私はさっさと話を進めることにして姿見へ視線を戻す。背後へやって来たセリオンと鏡越しに目が合った。


「それでしたらこちらに。クムルたちからドレスの詳細は聞いておりましたから、合わせて用意させていただきました」

「いつの間に…いえ、わたくしの知らぬ間に、ですね」


 一体いつから婚約話を進めていたのかは知らないが、やはりもう少し早く教えてくれてもよかったのでは?と思えてならない。私の不満をよそにセリオンは侍女の持って来た箱を受け取って、鏡越しの私に向けて開いて見せた。クッションの詰められた箱に納められていたのはピンクの宝石をあしらったイヤリングとネックレスだった。


「これは…ピンクサファイア?でも少し色味が違うような…」

「魔水晶石です」

「魔石ですか?加工が難しいと聞いていましたが…」


 魔水晶石、一般的に「魔石」と呼ばれる鉱石もユーウェールの特産のひとつだ。

 通常の鉱物と違って魔力というエネルギーを内包した水晶石は宝石にも引けを取らない美しさだが、加工の段階で内包した魔力が暴走し爆発する危険性が大きいため、こうしてアクセサリーにするよりも無加工のまま魔道具の核として利用するのが主な使い道になっている。

 そのことを疑問に思いながら振り向き、実物をじっくり眺めてみる。よく見ると確かにピンクサファイアにはない魔力のゆらめきが、インクルージョンとなって輝いていた。


「きれい…」

「お気に召したようで何よりです。長らく研究されていた魔石の加工技術が完成したとのことで、今回の婚約発表に合わせて作ってもらいました。加工の段階で魔力はほとんど放出されているので核としての使用はできませんが、その代わり人体への影響もなくなっています」

「魔力火傷でしたか?長く触れていると魔石の表面から放出される魔力で肌が焼けただれるという」

「ええ。なので、安心して身に着けていただけますよ」

「なるほど。……ああ、こちらが本命ということですか」


 丁寧にネックレスを取り出したセリオンが私に鏡の方を向くよう促し、胸元に当ててみせた。

 私の瞳に合わせたピンクの石を中心に、不規則なカットの石が左右へグラデーションに連ねられ、青と銀を基調としたドレスの差し色になって良く映えている。

 これだけを見るのであれば良い趣味だと喜べたけれど、セリオンの説明を聞けばおのずとこのアクセサリーが選ばれた意図に気付いてしまう。


「わたくしは広告塔といったところでしょうか」

「まさか。しかし、ユーウェールの宝石姫が身に着けるものですから、みな興味関心を惹かれるでしょうね」


 次の夜会には周辺諸国の主要貴族も招かれている。ユーウェールは鉱物資源の輸出以外にもこうした技術を開発し、同盟を結んだ相手に共有していた。そうすることで互いにけん制させ、自国が侵略されないよう立ち回っているのだ。ユーウェールがどんなに小さく、魅力的な資源で溢れた国であったとしても、抜け駆けをすれば他の国からの集中攻撃を受けることになってしまうからユーウェールへは迂闊に手が出せない。

 今回のこの技術もそういった周辺国へのアピールだろう。私が身に着けていれば、何の宝石かを気にする人が出てくるはずだ。


「……問い合わせが入った場合はあなたに任せれば良いですか?」

「いえ、サルドニクス殿下がお詳しいと思いますよ」

「やっぱりお兄様の入れ知恵じゃないですか」


 呆れて鏡越しに半目で見ると、セリオンは小さく笑ってネックレスの金具を外し、「失礼」と言って腕を回して来た。ネックレスを着けるためだとわかっていても、一瞬男の腕の中に閉じ込められたような感覚になってドキリとしてしまった。


「…はじめは確かに、殿下の提案でしたが」


 首の裏側で手袋をはめた手がネックレスの金具を止める。耳にふっと吐息がかかって思わず肩がびくついてしまう。頬が熱くなるのと同時に鏡の中のセリオンと目が合った。


「今は、あなたに贈ってよかったと思っていますよ。本当によくお似合いです、我が姫」


 当日が楽しみですね、と髪に触れるか触れないかの口付けが落とされて──魔石と同じくらい赤く染まった自分に、言い知れぬ敗北感を覚えるのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ