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02



 セリオン・シャンデル。23歳。

 シャンデル侯爵家の嫡男にして19歳という異例の若さで王太子直属の近衛騎士の座へ上り詰めた猛者であり、前年に開催された王国中の騎士を集めたトーナメント大会では優勝、王国一の騎士の座をも手に入れた強者である。

 恵まれた長身と鍛え抜かれたしなやかな身体、冷たくも見えるほどの美しい容姿は王国のみならず他国の貴族からも人気が高い。


「………」

「………」


 そのセリオンと二人で兄の執務室から送り出された私はひたすらに気まずい沈黙の中を歩いていた。公務でセリオンくらいの年齢の男性と会話することはあれど、それはあくまで仕事だ。婚約者とする会話なんてまったくわからない。とはいえ、王族である私から話しかけなければ臣下であるセリオンはいつまでも黙ったままだろう。

 次から次へとこみ上げてくるため息を堪えて立ち止まると、半歩後ろに居たセリオンも立ち止まる。相変わらず胡散臭い笑みを浮かべた顔を見上げながら「セリオン」と声をかけた。


「少し、庭でお茶をして行きませんか」

「喜んで」


 本来ならばすぐに部屋に戻って読みかけの本を読んでゆっくりしたいところではあるけれど、この婚約についてのすり合わせは今のうちにしておいた方が良いだろう。気が重くて仕方がないが、こういうことほど後回しにしない方が良いとこれまでの公務経験から学習している。


 私たちが庭園へ到着する頃にはすっかりお茶の準備はできていたようで、セリオンのエスコートで四阿へ赴く。春を迎えたばかりの今は日差しも温かく、咲き誇る花々が美しく庭を彩っていた。

 侍女と護衛たちが距離を置いて下がったのを確認して、私はさっそく口を開く。


「改めて、今回はお兄様からの申し入れを受けてくださってありがとうございます」

「いえ、身に余る光栄です。姫の護衛騎士としても、婚約者としても精進して参りたいと思います」

「…ありがとう。セリオン、この婚約についてあなたにいくつか確認したいことがあります」


 正面に座って張り付けたように同じ笑みを浮かべ続けるセリオンの様子を伺いながら慎重に問いかける。


「この婚約にあなたの意思は含まれていますか?」

「先ほども申しました通り、『宝石姫』の伴侶となることは騎士として、そして男として最大の栄誉と感じております」

「…聞き方を変えましょう。この婚約は王命でしたか?」


 ペラペラと甘ったるいことを言う男を半ば睨むようにしながら質問を重ねる。「王命」は、文字通り国王からの命令のことを指す。これは基本的に覆すことは不可能な命令であり、一騎士でしかないセリオンには拒否権がない。

 私の言葉にセリオンは笑顔のまま首を傾げる。


「我が姫は何をお聞きになりたいのですか?」

「わかっていて聞いているのではありませんか?」

「まさか」

「……この婚約が王命で、あなたにとって不本意なものであるのならば、互いにとって良い落としどころを見つける必要があるのではないかと思ったのです」


 セリオンの笑顔に今度はもう隠さずにため息をついて用意されていた紅茶に口をつける。ふわりと漂う薔薇のフレーバーも、今は鼻につくだけだ。


「我が姫はとてもお優しい方のようですね」

「世辞は結構です。回りくどい話し方はやめてください」

「失礼いたしました。では端的に」


 どこかおもしろがるような色を乗せたアイスブルーの瞳が私を見る。顔だけは良い、と思いながら話の先を待っていると、少し言葉を選ぶようにしながらセリオンは語り始めた。


「まず、この婚約は姫のお察しの通り王命ですが、私はこの婚約に不満はありません。我が姫は美しく、そして聡明な方です。ゆくゆくは侯爵夫人として領地の運営を手伝っていただくことになりますが、あなたならば間違いはないでしょう。それに、私には想う相手もおりませんからそういった意味でも問題はありません。配慮は不要です」

「…わかりました。先ほどもお話した通り、わたくしは王族として学ぶべき教育課程をまだ修了しておりません。結婚は修了予定の2年後になると思います」

「把握しております。私はそれまでの間、姫様の専属護衛騎士としてお傍に」

「よろしいのですか?王国一の騎士でしょう、あなたは。2年もあれば騎士団長になることだって…」

「元より出世に興味はありません。ただ剣を振るっていたら幸運にも姫の御前へ上がる機会を得られただけです」


 その”ただ振るった剣”にどれほどの騎士たちが敗れて行ったのだろう。とはいえ、いちいちそんなことに突っ込んでいたら話が進まない。そうですか、とひとつ頷いた。


「セリオンがこの婚約について不利益を被っていないのならよかった。わたくしからの確認は以上です」

「お心遣い感謝致します。…姫、私からも質問をしても?」

「婚約者なのですから、今後はわたくしの許可を取らずに発言してもらって構いません。なんでしょう?」


 聞きたいことを聞き終えた私は内心ほっとしながらケーキにフォークを入れた。春らしいパステルカラーに色づいたクリームで花の飾り絞りが施されたかわいらしいケーキだ。あとで侍女にどこのものか確認しておこう、と脳内にメモをする。

 ケーキを口へ運びながら許しを与えた私に短く謝意を示したセリオンは、きれいな笑みのまま問いかけてくる。


「ルナリア姫はなぜ、私がこの婚約に不満を感じると思ったのですか?」

「……?」

「あなたはこの国の誰もが焦がれる『宝石姫』です。婚約を喜びこそすれ、不満に思う者はいないでしょう」

「まさか。だって、セリオンは別に喜んでいないでしょう?」


 問いかけの内容に首を傾げて答えて見せると、セリオンの笑みが一瞬固まったように感じた。しかし、次の瞬間には優雅な微笑みのまま「なぜそう思うのですか?」と重ねて問いかけてくる。私は一度ケーキを食べるのを中断し、セリオンの微笑みを張り付けた顔を見た。


「前提として、”わたくし”との婚約を喜ぶ人は、わたくしへ好意を抱いているということになりますよね。あなたはとても礼儀正しく接してくださいますが、それは”王女”への敬意であって、わたくし自身…”ルナリア”に興味があるわけではないようでしたから」


 公務では相手の感情や空気を読むことも必要だった。私の容姿は一般的に好ましく思われやすく、あからさまな欲や恋慕の目で見られることも多かったため、そういった気配に敏感にならざるをえなかったというのもある。いきすぎた好意は時に悪意よりも面倒くさい事態を招きかねないからだ。

 セリオンは言葉だけ聞いていれば言い過ぎともいえるほどこちらを立ててくれるが、あくまでそれだけだ。いくら微笑んでいても視線は乾いていたし、何より、私の関心を得ようという態度ではない。


「わたくしの気を惹く意図があるとしたら、真っ先に大会で優勝したときのことを話すでしょうね」


 『乙女の祝福』は共通のロマンチックな思い出で、アプローチの足掛かりとして十分なものだと思う。しかし、セリオンは一度も自分からその話題を振ろうとしなかった。もしかしたら興味がなさすぎて忘れていたのかもしれないけれど。

 そういったことをざっくりと伝えると、セリオンは先ほどと打って変わって興味深げな色を浮かべた。


「……なるほど。そこまでは思い至りませんでした。次からは参考にいたします」

「やめてください。というか、無理してそういうことをなさらなくて結構です。わたくしはあなたにそういったものは求めませんし、婚約といえど、これは契約関係の一種なのですから」

「ええ。私もはじめはそう考えていました。…しかし、今の私は”あなた”に興味があるようです」


 普通の令嬢であればひと目で恋に落ちるような甘い笑みを浮かべてセリオンはアイスブルーの瞳を細める。しかし、普通の令嬢ではない私は先ほども感じた嫌な予感が背筋を駆けて、返す笑みを引き攣らせた。


「これからよろしくお願いします、ルナリア姫」


 何をよろしくするつもりですか!?と心の中で叫びながらも、「ええ」と短く頷くことしかできなかった。




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