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夢の中の私

ユメの中の私 ~捨てられた令嬢と最愛の妹編~

作者: ヵ月

 夢を見た。


 私は貴族の令嬢で、私を慕ってくれる心優しい妹がいる。私に婚約者ができた時、幼かった妹はいずれ離れ離れになることを知り涙を流した。どこに行くにも付いてきて、いつも私の隣に並ぼうとする最愛の妹。

 私も妹のことが大好きだった。

 ――あの日が来るまでは。


※R15は念のためです。

※夢で見た内容を物語化したので、設定がゆるふわです。


 どうして、と思ったのに声が出なかった。



――――


 私は貴族の令嬢だった。両親は政略結婚だったが関係は良好で、とても温かな家庭を築いていた。二つ年の離れた妹は、明るく素直な性格で、私の後をどこまでも付いてくる可愛い子だった。誰が見ても仲のいい姉妹だった。


 ……過去形でしか語れないことが、本当に不思議なほど。



 学園に入学してすぐ、妹は階段で足を滑らせて頭を打った。命に別状はないと診断されたにもかかわらず、数日間は眠ったままだった。

 1週間後、ようやく日常を取り戻した妹は、私の知る妹とはかけ離れた性格をしていた。


「お姉さま」


 同じ言葉なのに、純粋に私を慕っていた妹はそこになく、敵意と悪意の籠った言葉が私に向けられていた。


「いいなぁ。お姉さまはあんなに格好良い人と婚約出来て」


 会うたびにそう言われるようになり、私の婚約者に熱い視線を送るようになった。


「お姉様。お義兄様と結婚しても、私と仲良くしてくださいね?」


 そう、泣きながら私の婚約を祝ってくれた妹は、もうどこにもいなかった。



 妹の性格が変わったと伝えても、両親も使用人たちも気づいてくれなかった。

 それどころか、婚約者を妹に取られると勘違いしていると叱られた。


「どうして急に妹を蔑ろにするんだ!」


 そう、父にも母にも叱られた。

 私には妹が変わったように見えたけど、周りには私が変わったようにしか見えなかったみたい。……それに気付くのは、もっと後になってからだけど。




「君がそんな人だとは思わなかったよ」


 学園の食堂で、私の婚約者は妹から私を庇いながら、冷たい目と声でそう言った。


「君と婚約したのは間違いだった」


 身に覚えのない罪を言われた。

 婚約者から暴言も言われた。

 妹は、……私を庇うそぶりをしながら、一番私を嘲笑っていた。



 私の婚約者は妹の婚約者になり、いつの間にか、私は学園でも家でも、一人ぼっちになっていた。 

 学園でも家でも無視されるようになり、妹を虐げたからと虐められることも増えた。部屋を掃除してもらったのはもうずいぶん昔のことだし、食事に呼ばれることはもっと少なくなった。家があるのにお腹を空かせてキッチンへ向かう日が来るなんて、夢にも思わなかった。


(どうして、こうなってしまったの?)


 涙が流れない日は、少なかった。





――――



 妹が入学して、もうすぐ一年。

 そして、私と妹の婚約者が卒業する時になった。


 卒業パーティーへは妹と同じ馬車で来たけど、「妹と二人にすると何をするか分からないから」と、私は従者と同じ荷台に座らされた。従者は「大人しくしててくださいね」と、敵意を露わにしていた。

 初めて乗った荷台は思いのほか揺れて、落ちてしまいそうな時もあったけど、従者は視線一つ貸さなかった。


 妹は私以上に綺麗な、妹の婚約者になった彼の瞳と同じ色のドレスを着ていた。彼もまた、妹と同じ瞳の色のタイをしていて、胸が痛くなるほどお似合いだった。

 二人は互いに互いを褒め称えながら、会場へと足を踏み入れた。


 ……その間、私はずっと二人の後ろで立っていた。当然のように、視線さえもらえなかったけど。

 今日のドレスは、去年の誕生日にもらったドレスに刺繍してアレンジしたもの。有名な仕立て屋のドレスを身にまとった妹と私ではもう、どちらが本当に虐められていたのか分からない。

 私は誰のエスコートもされずに会場へと入った。案の定、一目見ただけで、誰もが私を無視した。


(……分かり切っていたことなのに、ね)


 表情だけでも笑みを絶やさないようにするのが、精いっぱいの強がりだった。



 誰からも話しかけられず、話しかけると嫌悪の目をされる。そんなパーティー会場の壁に、私はひっそりと立っていた。帰ればいいのにと分かっているのに、なぜか帰る気になれなかった。


 妹が笑顔で、元婚約者の彼と踊っている。


 あまりじっと見つめていると誰かしらから咎められるので、時々しか見なかったが、見かけるたびに妹は幸せそうに笑みを浮かべていた。


(……ああ。そっか)


 私は、妹の笑顔が好きなんだ。

 たとえ性格が変わってしまって、妹から邪険にされようと。家族全員から、いや、全ての人が私を蔑ろにしようとも。

 妹が幸せになれるなら、それでいいだ。


 思い返せば、「どうして?」と理由を聞きたかっただけで、「妹さえいなければ」と憎んだことはない。妹から敵意のある言葉を向けられた時も、婚約者を取られた時も。

 私は妹から直接、理由を聞きたかっただけだった。相談してほしかった。昔みたいに、「お姉様」と頼って欲しかった。それだけだった。


(だから、なのかもしれないわ)


 どんなに虐めれても、どんなに蔑ろにされても。昔とはずいぶん違う笑顔ではあったけれど。

 妹の幸せを、願っている。

 だからこれほど辛くても、不思議と離れる気になれなかった。


(帰ろう)


 妹の幸せはもう、私がいない事だろう。なら私がすることは、妹のいるここから、社交界から、家から、消えること。

 父のことだ。もうとっくに親子の縁を切る準備は整っているはずだ。卒業するまでは、と妹が一応止めていたから、帰ったらすぐ追い出される手筈になっているだろう。わざわざ妹と一緒に帰るまで待たせる必要はない。


 最後に、と妹の姿を探す。先ほどと変わらず笑顔で踊っている妹に、心の中で「いつまでも幸せに」と祈る。



 会場を抜け、徒歩で家へと帰った。

 案の定、父から家を出るよう言い渡され、最低限の荷物だけをもって領地の一角へ飛ばされた。比較的大きくて治安のいい街という事も、寮付きの仕事を与えられたことも、父が配慮してくれたと感じられて泣きそうになった。





――――



 卒業パーティーから半年が経った。

 仕事にはだいぶ慣れてきたものの、生活は未だに慣れないところがある。特に料理は未だに数回に一度焦がしてしまう。意外と不器用なのだと、知らなかった自分の一面を知った。


「お姉様! これ、差し上げます」


 そう言えば、妹はとても器用だった。お花の冠を作るのも、凝った刺繍をするのも、妹の方がずっと早くて綺麗だった。

 教えた傍から覚えて、あっという間に追い抜いてしまうから、小さい頃はよく喧嘩をしていたわ。「私の方が早く覚えたのに」って。そしたら妹は「お姉様と同じになりたかったの」と泣いて。それから……。


(……それから、どうなったんだっけ?)


 泣き出して妹を見て、私も涙を浮かべていた。

 何度も何度も母や侍女に教えてもらってようやく覚えたのに、と悔しくて。すぐに覚えた妹が羨ましくて。いつも私の後を付いてくる可愛い妹を泣かせる自分が情けなくて。

 いつの間にか泣き出していたんだ。

 大泣きする私たちに、母が気づいて慰めてくれた。「教えるのも、覚えるのも、上手だったのね」と。



「……」


 目を覚ますと、涙が流れていた。

 久しぶりに、妹と仲が良かった時の夢を見た。


 妹の側から離れたことは後悔していない。それが今の妹の幸せだから。

 でも時々考えてしまう。


 妹の性格が変わらなければ、今も妹の幸せを近くで感じられたのに、と。


「……ダメね」


 いまだに、妹離れができていないみたい。

 懐かしい夢を見たからかしら。


 今日は仕事が休みだから、気分転換に街を散策しよう。

 そう言えば、最近新しい雑貨屋さんができたと話題になっていたから、そこへ行こう。





「……っ!」


 町を歩いていると、ふと後ろから声をかけられた気がした。

 人も馬車も多く通るから、誰かが誰かに呼び掛けた声を、自分が呼ばれたと感じたんだろう。……そう考えると恥ずかしくなってきた。気にしないでおこう。


「……まっ!」


 ほら、また呼ばれてる。誰か知らないけど、早く気付いてあげればいいのに――。


「置いて行かないでくださいませっ! お姉様っ!」


 妹の声だ。

 振り向くと、妹が泣きながらこっちに向かって走ってきている。すぐ後ろには妹の婚約者になった彼が、妹を追いかけてきている。


 いや、そうじゃなくて。


「だめっ――」


 ゆっくりと、荷車が妹めがけて倒れていくのが見えた。

 馬車が行き交う道へ、妹が飛び出した。飛び出した妹を避けようと、馬車が、荷車が、停まろうとする。が、勿論急には停まれなくて、特に荷車は大きく倒れてしまった。そこに妹が走って来ていたのだ。


「――っ!」


 一瞬のことなのに、荷車が妹に倒れ込んでいくのがゆっくり、はっきりと見えた。

 急いで妹の側へと駆け寄る。

 妹の婚約者と近くにいた男性たちが、荷車から妹を救おうとしている。


「おい、生きてるか!?」

「早く医者を呼べ!」

「今助けるからな!」


 そんな声が、耳をすり抜けていく。


「ごめん、なさい。お姉、様……」


 痛みで顔を歪めているのか、それとも違う何かで涙が止まらないのか。妹は泣きながら私を見つめたまま、途切れ途切れにそう言った。

 紛れもなく小さい頃から一緒の、性格が変わる前の妹だった。


「お、姉様……ごめん、なさい……」


 妹は意識が途切れるまで、そう言い続けた。



 目を覚ますと、いつもの見慣れた天井だった。


 ――ああ、起きないと。


 そう思うのに、体はあまり言うことを聞いてくれなかった。特に視界が歪みに歪んで、まるで水の中に居るみたいだった。

 泣いている、と気が付いたのは頬が冷たく湿気ていたから。


 どうして泣いているのか不思議だった。ただ、とても悲しくて愛しくて、でもなぜか嬉しくて。



「お姉ー。起きてるー? 遅刻するよー?」



 ドンドンと、扉を叩きながら妹が言った。ああ、早くしないとまた「ホントお姉は寝坊助なんだから」って叱られてしまうね。



「今行くー」



 泣き顔を見られないように髪を降ろしたまま、洗面所へと向かった。

 涙はもう、流れなかった。

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