コーネリアは叔父に虐待されています
ドアマット回避系令嬢。タイトル詐欺です。
私、コーネリアは叔父に虐待されています。
叔父は母の弟で、母にたいそう可愛がられていたそうなのです。
父との結婚にも反対していた叔父は、ですから父の娘である私のことが、憎くてたまらないのだと常々おっしゃっています。
そんな叔父の妻である叔母は、母の親友だったそうです。叔父と叔母が出会ったきっかけが母で、結婚の後押しをしてくれたのも母だったとか。そんな叔母は叔父と同じく、父の娘である私が大嫌いなのです。
そもそもお二人がなぜこれほど父を憎み、嫌っているかというと、父が浮気したせいですわ。
父に言わせれば浮気相手こそ本物の愛だということですが、なおさら悪いですわね。いくら母とは政略結婚だったとはいえ、そこまで愛しあう女性がいるのなら、と母は身を引こうとしたのですから。
では、なぜ父が母との結婚を継続していたかというと――お金です。
父と母の結婚は、母の持参金と母の実家からの援助金目当てでした。叔父が反対したのも無理なからぬことでしょう。今は亡き祖父が何を考えてこの結婚を承諾したのか、わたくしにはわかりませんわ。
離婚となれば持参金、援助金の返還が求められます。しかも離婚理由は父の不貞ですから、不貞行為に対する慰謝料も当然請求されますわね。ただでさえ金欠にあえぐ名ばかり伯爵の父ですもの、そんなことになったらお先真っ暗です。領地や屋敷を売却し、下手をすると爵位まで手放さなくてはなりません。愛人を囲う余裕などなくなってしまいますわ。
このように、私が虐待されてしまうのはすべて父のせいなのです。よく考えなくても私に責任などありませんが、そうもいかないのが貴族というもの。父のワルデック伯爵家を継いだのは私でございますから。しかし何分未成年でしたし、こうして後見人でもある叔父夫妻の下に身を寄せているしだいですの。
「……母は気丈な人でしたから、政略結婚に不満を抱いていてもそれを人前で見せることはありませんでした。留守がちな父の分まで、私を大切に育ててくれました」
「……そうですか」
叔父夫妻の侯爵邸は、母が好きだったという花が至る所に植えられ、それは見事です。甘い香りがこのテラスにまで漂ってきています。
「今も、時折思いますの。母が生きていてくださったら、私は幸せだったのだろうか、と」
「その……母君は、なぜ……?」
当然の疑問ですわね。母は享年二十八歳。早すぎる死でした。
「母がいる限り父と結婚できないと知った愛人が、母に毒を盛ったのです」
かといって離婚すれば破滅が待っている。ではどうすればいいか? 簡単です、母が、死ねばいいのです。
できれば母が不貞してくれたら慰謝料を取って離婚できたのでしょうが、伯爵家の仕事を押し付けられていた母にそんな暇はありません。自分に近づく見目良い男性の裏を探り、逆に操って反撃するくらいしかできませんでしたわ。
「ど、毒殺!? しかし、そんな話は……」
「もちろんそのような醜聞は父が揉み消しましたわ。なんといっても毒を飲んだのは、久しぶりに帰ってきた父とのティータイムでしたもの。その場にいたメイドによれば、父が持ってきた『特別な茶葉』が使われたとか。あら、そういえばそのお茶を淹れたメイドは父が連れてきた女性でしたわね」
誰のおかげで伯爵家が維持できているのか、屋敷中の者が知っていました。家令も、執事も、メイドも、父の命令に従う使用人などいない状態でしたの。ですからやむをえず、父は一番信頼できる人物――愛人をメイドとして連れ帰り、お茶を淹れさせたのです。
「そのような不審なお茶を飲んだのは、私にまで魔の手が伸びることを懼れてのことでしょう。ワルデック伯爵家の跡継ぎは、私しかいないのですもの」
信じられない、と言いたげに蒼ざめた顔をした後、ハッと今しがた自分が飲んだ紅茶に目を落としています。なかなかに失礼ですわね。私も飲んでいるのに毒を盛るとでも思ったのでしょうか。紅茶を淹れてくれたのだって、叔父に仕えているメイドだというのに。
「ですから、叔父様と叔母様が私を憎むのは当然なのですわ。四六時中監視の目が光り、私の行動は逐一叔父様に報告されています。なに一つ、自由などありませんわ」
「それは……」
あら、沈痛な表情で黙り込んでしまいましたわ。
私の前にいる男性は、妹の婚約者なのだそうです。伯爵家当主であるはずの父がなぜ伯爵家を追いやられ、愛人とその間に生まれた娘ともども王都から離れた辺鄙な田舎町で暮らしていかなければならないのか、その理由を私に問い質しに来られたのですわ。
私とそう変わらない歳の娘がいたことも、厚顔無恥という意味で驚きですが、まさか伯爵家のご次男と婚約までしていたなんて。どこまで母と私を莫迦にしているのでしょう。
父が政略結婚に不満を持ち、私が生まれたから義務は果たしたと愛人に逃げたように、母は周到に父を追い落とす策を張り巡らせておりました。
父の言う義務が跡継ぎであるならば、伯爵家の跡継ぎは私なのです。それは国王陛下が正式に認めたことでもあります。国が管理している公式文書にもきちんと記載されているのですわ。
仕事を母に押し付けて愛人と家族ごっこなんかしているからです。母は少しずつ、伯爵家の権利を私に移していきました。
母は厳しかったです。少しでも私が怠けたり、遊びたいと我儘を言うと、すぐに叱りつけてきました。そして二言目にはこう言うのです、これはあなたのためなのだから。
母が正しかったと知ったのは、母が死に、鬼の形相の叔父と叔母が伯爵家に駆け込んで私を攫いに来た時です。私は知らなかったのですが、父はその時愛人と娘を迎えに行っていたのだそうです。母が死んだ悲しみに泣く私に「新しい母と妹だよ」と紹介するつもりだったのです。母が死んで一ヶ月後のことでした。
わが国では妻あるいは夫たる者が死亡した場合、二年間喪に服すことが定められています。法律ではなく、社会通念として。それが常識なのです。
喪が明けてもいないのに善は急げとばかりに愛人と娘を連れ帰ったなんて、とんでもないことなのですわ。これは何も貴族に限ったことではありません。死者に対する思いやりや気遣いができない者は、生きている者にもそうであると思われてしまいます。
ですから今の父の現状は、すべて父が自分で招いたことなのです。
服喪中に愛人と娘を伯爵家に住まわせたことは、すぐさま国王陛下に報告されました。報告者は、母が生前私の後見人に指名していた叔父と、ワルデック伯爵家の家令です。
国王陛下は父のあまりの所業に絶句し、何事もコーネリアの良きようにせよ、とお言葉をくださいました。
つまり、こうです。
父は母に仕事を押し付けるために母を伯爵代理に任命。
命の危機を悟っていた母は、私を正式な後継者に届け出ると同時に伯爵家の権利を私に移譲。叔父を私の後見人に指名。
母が死に、喪中の伯爵家業務は家令が代理として執り行い、その家令が父の非道な行いを憂慮して私を当主にすると国王陛下に奏上。
私は叔父の家に引き取られる。
そして私は娘の立場ですから、服喪期間は一年半。父より早いことを利用して、ワルデック伯爵として立ったと貴族のみなさまに挨拶して回っておりました。
おそらく妹と彼の婚約もこの間に決まったのでしょう。無知とはすごいですわね。ずいぶん思い切った行動ですわ。
「ですが、そんな辛い日々もようやく終わりますわ。先月で十六歳になりましたから、晴れてワルデックの当主として伯爵家に帰れます」
この国では女は十六歳で成人となります。
私の家なのですから、家族を名乗る寄生虫を追い出すのは当然でしょう。父は貴族のままですが伯爵を名乗ることはもうできません。私の父である、というだけです。田舎町とはいえ一軒家を用意してあげたのは私からの餞別ですわ。家族ごっこはそちらで勝手に好きなだけどうぞ。
会ったこともない私の妹という女性の婚約者は、ようやく事の次第を理解したのかお綺麗な顔が歪んでしまっています。婿入り予定がこんな実態だったとは、予想外でしょうね。ですが少し調べればすぐにわかることでしたわ。私に権利の移譲が済んでいることは、隠しようのない事実ですもの。
「母が死んで三年、本当に苦しゅうございましたわ。身の丈に合わぬドレスを着せられ、重たい宝石で飾られて緊張を強いられ、厳しい家庭教師に泣かされ、気難しい大人ばかりのお茶会に引っ張り出され、つい先日は国王陛下にご挨拶を、と城に連行されましたの……」
女伯爵として舐められぬよう、厳しく躾けられましたわ。
物の価値を知りそれにふさわしいレディになるよう着飾る必要性を教わり、領地経営のための知識を先生方に教えていただきました。子供のうちに相手の懐に入り込んでおきなさいと言われて叔母の友人――母の友人でもある奥様方と、母の思い出話に花を咲かせました。
デビュタントでは畏れ多くも国王陛下が直接お声をかけてくださり、王弟殿下の令息を紹介してくださいましたの。穏やかなお人柄で、なによりお話していてとても楽しいのですわ。また会える日を楽しみにしているとお手紙をくださって……これが恋というものなのでしょうか。
「王弟殿下のご令息とはいえ三男では婿としてでしょうし、私は王家の一員としてさらに窮屈になるのでしょう。これも叔父のおかげ……いえ、策略ですわ」
あらあら、お顔がますます歪んでいますわ。妹から私に乗り換えようとでも思ったのでしょうか。婚約の宣誓書に何が書いてあったのかは知りませんが、父との契約は私には無効ですわよ。ご自分のことはご自分でどうにかなさってくださいませ。
「ですからどうか父に安心するようお伝えください。コーネリアは叔父に、虐待されています、と」
ドアマット系ざまぁが流行っていると聞いて書いてみたはいいけれど、なんだか違うような気がします。ドアマット前に助けてやれるのでは?と思ってしまいました。
ちょっとでも面白いと思ったら下の☆をぽちっとお願いします……!