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西方へ行く幽霊船  作者: 焼き餃子
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第三話『疑惑の大船』

 路地裏からまた数分歩いて大路地に戻ってきて、南方へと向かう。

 馬車なら十数分とかからない道のりだが、徒歩だとそうはいかない。もう30分は歩き続けているが、それでもまだ半分を少し過ぎたあたりで、港に着くまではまだまだ歩かなければいけなかった。

 王都育ちのルシルは歩いている間、アルマの後をついていきながら、大路地の店や人の様子をキョロキョロと興味深そうに見渡していた。

 一方のアルマはというと、そんな余裕そうな様子のルシルに腹を立てているのが隠しきれていない。歯を噛みしめて、ギリギリと鳴らしながら、どうにか冷静になって案内している、そんな状態だった。当然、ルシルは気づいていないわけではないが、そんなアルマの様子を若干面白く感じているため何もしていなかった。


「キョロキョロしてんじゃねぇ、目障りだ」

「おや? 口を開いたと思えば、急にそんな暴言を……私だから何も言わないが、他の女性にはそういう物言いはしない方がいいぞ?」

「んなこと言ってんじゃねーんだよ! その鬱陶しい髪がチラついて目障りだっつってんだよ!」

「じゃあ切れとでも言うのかい? 髪は女の命だって聞いたことはないのかな? 全くこれだから男性は……」

「そこまで言ってねーだろ、キョロキョロすんなっつってんの! クソ、コイツ……!」


 ルシルがちょっとからかうと、これ以上は無意味だと分かったのか、アルマは更に不機嫌になったまま、案内を続ける。そんなアルマをちょっとほほえまし気に見ていたルシルだったが、同時にルシルに新しい疑念が生まれていた。


「(結局、案内することは渋ってはいたが、拒否まではしなかった……不自然さから見て、ほぼ黒に近いグレーだと思っていたんだが……)」


 怒ってはいるが焦ってはいない。そんなアルマの様子に、ルシルは一抹の不安を覚えざるを得なかった。

 逃げる算段か、誤魔化す算段か、それとも排除する算段でもあるのか―――どれにしても一筋縄ではいかなさそうだった。


 それからまた30分程歩き続け、ようやく二人はイルススの港にたどり着いた。

 港には漁業用の大きな木造船が多数泊っており、今から漁に出るというような船も多かった。そんな中、アルマはそれらの船には見向きもせず、港区の端に向かってどんどんと歩を進めていく。ルシルも置いて行かれないように、同じスピードでその後をついていく。

 もうすぐ一番端の桟橋に着くというところで、突然、この場には似合わぬ程の濃く大きな霧が立ち込め、二人の視界を埋め尽くした。


「……この霧は一体何だろうね?」

「知るか、それよりもちゃんとついて来いよ。足を踏み外したら、海に落ちるからな。オレとしてはそっちの方が良さそうだが」

「そういうことは思っても言うものじゃないね」


 そんな軽口を叩きながら、アルマは一切迷いのない足取りで霧の中を進んでいく。もう三歩先も白に染められているというのに、全く意に介す気配がない。

 ルシルも足元に気を付けながら、アルマについていき、数十秒は進んでいくと、次第に霧が晴れ、視界が開けていく。


「おいおい、こんな船、さっきまであったかい?」


 そこに泊められていたのは、他の漁業船の10倍程はありそうな巨大な木造船だった。それが一番端の桟橋に停泊しており、船と桟橋を行き来するための舷梯(げんてい)がかけられていた。しかし、ルシルの記憶ではさっきまでこの桟橋には船は停泊していなかったし、そもそもこんな他の船とは違う、巨大な船が泊まっていたら明らかにおかしいと思うはずだ。だというのい、全く気付かなかった―――違和感に思わなかった。ルシルからしたら唐突に現れたとしか言いようがなかった。


「あったに決まってるだろ。テメェが気づかなかっただけだろ?」

「こんな巨大な船を? それはちょっと無理があるんじゃないか? それにさっきの霧も不自然だろう。ここを通る時だけ急に立ち込めてきて、それを通り過ぎたらこの船が現れたように見えたが?」

「気のせいだ。さて、船を見るなら勝手にしてくれていいが、帰る準備だけはしておくんだな」


 そう言って、平然とアルマは舷梯を上って、船のデッキへと向かっていく。

 その様子を見て、ルシルも覚悟を決めたように、舷梯に足をかける。


「帰る準備、か……」


 そう呟くと、ゆっくりと舷梯に体重をかけていき、一歩一歩ゆっくりとルシルもデッキへと上っていく。


「今のところは何もない、ね」


 道中、何も起きないことを確認しつつ、わざとらしく時間をかけながら、ルシルは上り切り、デッキへと足を踏み入れる。

 デッキも船に大きさに比べて相応にでかく、端から端まで歩くのに何分もかかりそうな雰囲気があった。今はデッキにはルシルとアルマ以外に誰もいないらしく、しんと静まり返っているが、それが却って、このデッキの広さを強調しているような気がした。

 ルシルは上り切るなり、デッキの床を足でこすりつけるように体重をかけ始める。その様子を見ていたアルマはそれを嘲笑するような笑みを浮かべる。


「おいおい、まさかこの船が霊体の幽霊船だとでも思ってんじゃねーだろうな? 何も起きねーよ、そんなことしたって、すり抜けたりもしねぇ。第一、オレに触った時だってすり抜けたりしなかっただろうが」

「…………」

「ま、調べるなら好きなだけやってもらってもいいが、無駄に終わると思っときな」

「……そうだね、精々調べさせてもら―――」


 そう言いかけたその時、突然、デッキと船内を繋ぐ扉がガチャリと開き、中から一人の男性が出てきた。


「あぁ、アルマ様。帰ってきていましたか」

「げっ」

「?」


 その男は少し長い髪を後ろで束ねた長身痩躯の男で、白いシャツと紺色のジャケットで身を固め、ネクタイを締めるその男は、まるで執事のような慇懃な雰囲気を思わせる。というよりはその端麗な顔立ちも加えて、本物の執事のようだった。

 しかし、その男が出てきてすぐにアルマの顔色がみるみる悪くなっていく。具体的に言うと、さっきルシルに致命的な矛盾を突かれた時と同じように焦りと恐れで青ざめていっているような。

 執事のような男はアルマを見るなり、丁寧にお辞儀をするが、顔を上げてすぐに、まだ舷梯のすぐ傍で立っていたルシルを見るなり、その表情が驚愕と不審気なものに変わって。


「アルマ様? 何故、ここにいき―――」

「ダァァァ――――――ッ!?」

「ウゲバァ!?」

「……何してるのかな、君たちは」

「ちょっと急用だ、そこで待ってろ!」

「…………隠す気あるのかな、あの子」


 呆れた様子のルシルの声も届かないぐらいの焦り気味で執事の男の首根っこを引っ掴んで、船内に飛び込んで、扉を閉める。突然の恐怖体験に執事の男は顔面蒼白になりながら、すぐにアルマに抗議の視線を送って。


「ど、どういうことなんですか、あれは! な、なんでこの船に生きた人が入ってきてるんです!?」

「ちょっと下手こいたんだよ、だから適当に誤魔化して追い払おうとしてたの!」

「だから警戒も無しに街を出歩くのはやめてくださいと言いましたのに! どうせ、どこかで考え無しに騒ぎを起こしたのでは!?」

「おう、その通りだ! でも、ここで誤魔化し通せば問題ない、そうだろ!?」

「ですが、何をどう誤魔化せと言うんですか……?」

「あの騎士はどうやら、この船が幽霊船じゃないかって疑惑を持っているらしい。だけどまぁ、この船が他の幽霊さながらにすり抜けたりするはずもねぇ。問題はすり抜けるお前らなんだよ」

「つまり……?」

「階下の連中に伝えとけ。オレが良いって言うまで絶対デッキに上がってくるなってな……」

「わ、分かりました」


 最後まで抗議の視線は途絶えなかったが、一応は納得というか、目の前に危機が迫ってきている状況だから(こら)えることにしたのか、服装を正し、今度は不服そうに慇懃無礼に一礼して、船内の奥の闇の方に入っていった。

 それを見送ってから、デッキに残してきた相手の様子を見るかのように、扉を少しだけ開けて覗き込むアルマ。ルシルはどうやら、船の床やらマストの柱やらを触っていたようだが、扉が少し開いたのを見ると、調べている手を止め、扉に近づいて来る。


「他の船員の人に事情でも説明してきたのかな?」

「お、おう、そんなところだ。どうだよ、何か変なのは見つかったかよ」

「君の焦り具合とさっきの執事みたいな人が変だというのは見つかったかな」

「うっせぇ、ほっとけ!」

「放っておいたら調査にならないだろう」

「て、テメェ……!」


 自業自得ではあるが、もはや頂点に達しそうな怒りを、目を閉じどうにか堪えるアルマ。しかし、無意識に力を込めていた左拳の手首を急に誰かに掴まれ、驚愕と共に目を見開いた。

 当然というか、手首を掴んでいたのはルシルだった。しかし、驚くはその馬鹿力。女性だというのに、まるで岩でも砕かんばかりの途轍もない筋力で握られ、アルマも驚かざるをえなかった。


「テメェ、何しやがる……!?」

「いやなに、まさか君だってあそこまでボロを出しておいて何事もなく帰ってくれるとは思ってないだろう?」

「そ、それは……」

「ちょっとした実験だ。付き合ってもらう」

「お、おい……ちょっと待て……!」


 更に掴む力が強くなっていく。常人ならとっくに骨が砕けていてもおかしくない程の握力で握られながら、アルマの腕は未だに無事だ。しかし、ルシルはそれでもかまわずに掴む力を強めていくばかりだ。それでもアルマにはダメージがあるようには見えなかったが、強まっていく力に次第に冷や汗を掻きながら、焦りと共に制止の言葉をかけ始める。

 そして―――


「!? ……テメェ」

「……! いや……驚いてしまったが……やはり、か」


―――見れば、アルマの腕にルシルの手がめり込んでいる。いや、すり抜けている。今の光景を傍から見れば、アルマの体に実体があるようには到底見えない。そして、今、その現象を目の当たりにしているルシルは確信していた。


「やはり……君も幽霊か」

「ッ!」

「霊力は直接、肉体や魂に影響を与えるエネルギー……強力な霊力はそのまま物理的影響をもたらすまでになり得る……なるほど、確かに。君は常にそれほどの霊力を纏うことで触れるように見せかけていたんだ。この船も恐らく同様……霊体で出来た幽霊船なんだろうが、物理干渉が可能なレベルの霊力が床や壁に張り巡らされることによって実体がある私でも乗り込めているだけだった。流石に私も聞いたことしかなかったけどね」

「…………いつからそんな推理してたなんて聞かねぇぞ。最初に霊力を放ってインチキ魔術師をぶっ飛ばしてたしな……霊力を知ってる奴にボロを見せてしまった以上、それぐらいの推理は出来る」

「さて、私としては最悪の事態になってしまったと思うんだけどね。噂ならまだ笑ってられたが、本物の幽霊船が今ここにある。霊体の存在に対する対抗手段は少ない……私が帰って、このことを報告したところで、君たちを追い払えるかどうか……そこでどうだろうか? ここは自主的にこの港から退去願えないだろうか?」


 そう提案するルシルの表情は真剣そのものだった。物理干渉が可能なレベルなまでに霊力を高められる存在は少ない。それが魂だけの幽霊であっても、今まで何百年の歴史の中で、そんな事例は数える程しかなかった程に。ルシルも今まで直接出会ったことはなかったが、アルマが強いということは疑いようもないことだった。故に戦うことを避ける提案だったが―――


「……冗談だろ?」


 その提案を受けて、アルマは心底おかしいとばかりに口を歪ませていた。

 自身の霊力を貫通する程の握力で触れられない霊体の手首を握られながら、さっきまでバレることを曲りなりにも恐れていたアルマの表情は完全に書き換わってしまっていた。


「ただの暇つぶしで停泊してるだけなら、留まる理由もないと思うのだが。不都合なのは君たちの方じゃないのかい?」

「……そんなに退去して欲しいならもう一つ方法があるが?」

「それは?」


 その時、ルシルはアルマの本質を理解していなかったことを後悔した。

 その笑みの本当の意味を知った時には、もう引き返せないことを思い知らせてしまう。


「オレの暇つぶしに付き合ってもらおうか」

「!?」


 言うや否や、掴まれていなかった右の手をルシルの脇腹の辺りにつけた。瞬間、強力なエネルギーがその右手に集まっていく感覚がルシルにも伝播する。


「霊力で吹き飛ばす気か……!?」

「あぁ、そうだ。テメェが掴んだ手だぜ、掴んだままでいてもらうからな」


 見るからにあからさまな攻撃の気配。それに反発するようにルシルは後ろに引こうとするも、アルマの左手首にめりこめせていた、自身の手が取り出せない。周りから圧力がかけられ、完全に固められてしまっていた。

 再び途轍もない力で不可思議な圧力から手を引き抜くのと、アルマの右手にエネルギーが集まるのはほぼ同時だった。


「ぶっ飛べ」

「ガッ……!?」


 放たれる莫大な破壊のエネルギー。それが物理的な衝撃波へと変わり、華奢なルシルの身体を容赦なく跳ね飛ばした。普通なら全身が破壊され、意識など戻ってくるはずもない。

 が―――


「な、なるほど……強いね、アルマ=レイン」

「あぁ……やっぱりテメェ……」


 ルシルはすぐさま空中で姿勢を整え、何事もなかったかのようにデッキの床に着地する。しかし、多少のダメージはあったようで、口の中から垂れた血を親指で拭いながら、今度はちゃんとした戦闘の態勢をとる。

 その様子を見て、アルマは本当に嬉しいとばかりに口の歪みを更に深くして、こちらも、姿勢を低くして、突撃する十秒前のような構えを取って。


「最初からタダモノじゃねぇとは思っていたが、そこまで強いとは思ってなかったぜ……あぁ、呪い騒ぎなんて追う手間が省けたなぁ、おい」

「なんだと?」

「オマエがオレの相手をしてくれよ……最近、オマエみたいな手ごたえのありそうな奴を見てねぇからな……」

「君は……」

「おいおい、まさか驚いてるわけじゃねーだろうな? 暇つぶしと称して呪い騒ぎを追いかけるような奴なんだぜ、オレは?」

「…………」


 そう心底嬉しそうに話すアルマに、ルシルは彼を追い詰めることこそ最もやってはいけないことだったと後悔していた。今まではルシルのことを、アルマは過小評価していた。ただめんどくさいだけの騎士だと思っていた。しかし、下手に実力を垣間見せたことで、退屈に塗れていた彼はやる気になってしまった。それこそを一番避けるべきだったと今更歯噛みするが、もう遅い。


「さぁ、もっとちゃんと構えな。勢いあまって殺されたくなければな」

「…………」


 実在した幽霊船の上で、誰にも気づかれない私闘が始まろうとしていた。

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