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西方へ行く幽霊船  作者: 焼き餃子
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第二話『何もかもが怪しい少年』

 吹っ飛んだ暗幕のテント。中にあった雑貨の数々。満身創痍の店主。

 そんな中で、二人だけ無傷の、漆黒の少年と蒼銀の少女。

 何もかもが異常な大路地の一角で、だんだん野次馬が野次馬を呼び、人だかりが大きくなっていく。不安に駆られた声、他人事のように見ているだけの視線。様々な思惑が小さいながらも、その場へと続々と集まってくる。


「答えてくれないか……? 君は一体、何者だ?」

「…………」


 その中心の二人。ルシルは少年を警戒し、睨みながら、少し姿勢を低く保ち、構えている。だが少年の方はただルシルの方を少し流し見るだけで、何の興味もないようにすっと、視線を外して。


「……ッチ、つまらねぇ連中がぞろぞろと……邪魔臭ぇな」

「人の話は聞くものだと教わらなかったのかい?」

「あぁ?」


 そのまま無視して、人だかりから抜け出そうとした少年を、ルシルは肩をつかみ、ぐいっと引き戻す。少年は威圧するような声を出して、ルシルを睨むが、ルシルも一切怯むことはない。その様子を見た少年は少しの間そうしたままで固まっていたが、次第に睨むのをやめて。


「話があるなら、もっと場所を選べ」

「じゃあ、裏にでも回るかな?」

「好きにしろ」


 そう言うと、肩を掴んでいたルシルの手を多少強引に引き離して少年は人だかりから出ようと、人波をかき分けていく。最後に人と人の間に埋もれて見えなくなろうというところで、少年はルシルの方をチラリと振り向いた。それを見てから、ルシルは少年を後を追い、同じように人波をかきわけて進んでいく。

 完全に人だかりの外に出ると、少年が大路地から枝分かれする、人気の少ない細い路地へと入っていくところだった。ルシルが更についていくと、少年はどんどんと人気の無い方向へと進んでいく。

 道中、ついてきているかどうか確認するように、十数秒の感覚を開けながら、何度も後ろを振り向いてくる。少年が何回もそうしているうちに、遂には行き止まりとなり、完全に回りに誰もいないところまでたどり着いた。

 ここまで来て、ようやく少年は振り返って、裏路地の壁に背を預け、相も変わらず鋭い眼つきでルシルを睥睨する。


「で、オレに何の用だ、騎士様」

「むしろ、あんな事件を目の前で見せられて何事もなく離脱できると思っていたなら、私は大分驚くけれどね」

「なら思う存分驚いてくれ。全く気にせずいけると思ってた」


 全く悪びれる様子もなく、そう言ってのける少年は、ゆっくりと壁から離れ、ルシルへ一歩、二歩と距離を縮め、ルシルのすぐ真正面に、手を伸ばせば届く範囲まで近づき、ほんの少し口元を歪ませる。


「アルマ=レイン。ただの貨物船の船員だよ」

「なんだって?」

「何者かって聞いただろ? だから答えてやってんだよ」

「……貨物船って、どこのだい?」

「アングールの隣国、『エレストール』」

「…………」

「嘘ついてるように見えるか?」

「あぁ、あからさま過ぎて逆に尊敬できる。嘘をついていなくても、全く同じようなことをされているような気がするよ」


 ルシルにそういわれても、アルマと名乗った少年の表情も態度も全く変わる気配がない。それどころか、肩を竦めて、何のことだか、とでも言いたそうですらある。

 確かに表情は自信ありげで、嘘というものはついていない気配がする。しかし何かを隠しているという確信だけはある。今はそんな状態だった。それが何か確かめるためにもルシルは言葉を重ねる。


「君は何のために、あんな胡散臭い店にいたのかな?」

「そりゃあアンタも同じじゃないのか?」

「同じとは?」

「呪い騒ぎだよ、この街の。オレはそれに用がある」


 そう告白するアルマの口の歪みはどんどん深くなっていく。何か呪い騒ぎにアルマにとって重大なことがあるとは到底思えなかった。どちらかというと、それを楽しんでいる―――彼の態度や雰囲気をどう解釈しても、ルシルには目の前の少年の目的がそうとしか思えなかった。と、同時に、ルシルはこの少年をどうしようかと否が応でも考えさせられることになった。

 ルシルの本来の目的は幽霊船の調査だ。だから、アルマの推理は半ば外れているとも言える。しかし、ルシルからしたら呪い騒ぎの方も放ってはおけないのも事実。そして、その情報を持っているかもしれない人物が目の前にいる。それだけなら話を聞けばいいだけだが、相手は明らかに普通ではない。関わるのには潜在的な危険が付き纏う。

 だが―――


「あぁ、そうだ。だが、私は呪いについてはさっぱりなんだ。君はあの時、魔術師にとって呪いは専門外、なんて言っていたが、あれはどういうことかな?」


 そもそもこの危険な少年を放っておくという選択肢が存在しそうにもなかった。

 情報を得るということと、アルマの注意を引くために取った行動は、平然と嘘をかますことだった。


「なんだ、役に立ちそうにもない騎士様だな」

「別に君の役に立つためにここまで来たわけじゃないんだけどね」

「魔術と呪いっていうのは、そもそも(みなもと)になるエネルギーが違うんだよ」

「ほう?」

「簡単だ。魔術は魔力。呪いは霊力っていうエネルギーを使う。魔力は肉体から生成されるものだが、霊力は魂……精神から生成される。魔力を魔力として感知できる人間は1割いるって聞くが、霊力を感知できるのはそれよりも更に希少……魔術師と霊力を感知できる人間ってのは本質的に違うんだよ。まぁ、両方使える奴がいないわけじゃないけどな」

「なるほどな……それで君はわざわざあんな店に入るなんていう無駄な努力を」

「言いやがるなアンタ。まぁそういうことだな。インチキとはいえ呪い騒ぎの話を持ち出しやがったんで、話を聞いてただけだ。見事に何もなかったけどな」


 いかにも損したと言いたげな風に溜息を吐きながらも、アルマは話を続ける。


「霊力は属性に接続して物理的影響をもたらす魔力とは違う。霊力は直接、相手の魂や肉体なんかにもたらすエネルギー。その形の一つが魂や肉体に変調をもたらす呪いなんだ。そのほかは逆に呪いや穢れを払う祓魔(ふつま)だとか、言葉を影響のある真実に変える言霊(ことだま)だとかな。知ってる奴はとことん知ってるが、知らない奴は知らないのが霊力の関係だ……知ってそうな奴は逃すわけにはいかなかったからな」

「そこまでして君はなんで、その騒ぎを追う?」

「あ? なんだ急に」

「君はただの貨物船の船員なんだろう? 事件を追うような職業じゃあ断じてない。何かな、君の同僚が呪いにでもかかったというのかな? それで、今そこまでして騒ぎを追っている、どうかな?」


 霊力についてルシルは知らないわけではなかった。その希少さも、情報の貴重さも知っていないわけではなかった。何か心当たりがあるなら別だが、手掛かりもなく呪いをかけた黒幕を探そうなどと普通なら思う人はいないと思っていた。故にそこまでする理由を聞いたが、その問いを聞いたアルマは驚いたような顔をする。


「そりゃ、アンタ。どうせ分かってんだろ」

「私が君の思惑を分かっている? それは一体どういう了見かな?」

「あぁ、アンタはオレの考えを分かってる。だがまぁ、アンタがそう白を切るならめんどくさいけど言ってやろうか?」

「あぁ、是非お願いしたいね。私は勘が鈍いのでね」

「ただの暇つぶしだ」

「…………」


 そう断じるアルマには、今度こそ嘘を言っている雰囲気も何かを隠している雰囲気も見受けられなかった。そんなアルマにルシルは冷ややかな視線を向けながら無言のままでいると、アルマは用事は済んだとばかりにルシルの横を通り過ぎ、そのまま立ち去ろうとする。


「待ってくれないか? アルマ=レイン」

「なんだ。オレからの話は以上だ。もう出せる話は何もない。それとも何か? あのインチキ魔術師をぶっ飛ばしたってことで、ここで捕まえるか?」

「私としてはそれでもいいのだけどね。出せる話が何もないっていうのは嘘だろう?」

「んだと?」


 ルシルの物言いに腹を立てたのか、通り過ぎて二、三歩したところで、アルマは不機嫌だと書かれた表情で振り返り、ルシルの肩をがっと掴んだ。


「なら力尽くで確かめてみるか? 騎士様よぉ」

「なぜ力尽くになる必要があるんだろうね? 本当に出せる話がないかどうか、私の質問に正直に答えれば済む話じゃないか」

「……っ、テメェ」


 肩を掴まれて振り返ったルシルの表情は―――笑っていた。

 さっきまでのアルマの意味ありげで不気味な笑いではない。とても穏やかな笑み―――それが余裕の表れだと思わせるほどの純粋な笑み。


「質問。そもそも君はなんでそこまで霊力に対して詳しいんだろうね? ただの貨物船の一船員が? 一般人にも極稀に霊力を感知できる人はいるけどね、知っている人は本当に少ない。君ぐらいの歳で普通の職業についていながら、そこまで詳しく説明できる人は特にね」

「……かまかけてやがったのか、テメェ」

「ふふ、得意げに喋っている君は嫌いではなかったな」


 優雅に笑うルシルは最早アルマにとって不愉快以外の何物でもなかった。次第に肩を掴む力が強くなっていっていたが、ルシルはそれで痛がっている様子がないのが、ルシルが只者ではないことの証左になっていた。


「何か事情があるのかもしれないが、こんな偶然出会える程、そんな人がごろごろいるわけはない。どう質問に答えられるかな?」

「…………」

「だんまりしてしまうなら質問を変えよう。君の貨物船はエレストールのものだと言ったね?」

「あぁ」

「なんでこのイルススの港に停泊する羽目になっているのかな?」

「は?」

「このイルススは交易港ではないのに?」

「!?」


 その言葉を聞いて、アルマは一気に青ざめた。自分が把握していなかった致命的な矛盾を指摘され、これ以上の誤魔化しが不可能であることに気づかされてしまう。


「あと一つ、君には大きな勘違いがある」

「勘違い……だと?」

「君は私の目的を呪い騒ぎだと言っていたが……そんなことはないんだ」

「何?」

「君は呪い騒ぎにご執心だったのかもしれないから、知らないけど最近はイルススでもう一つ……幽霊船の噂があるらしくてね。私は実はそっちを調査しに来ているんだよ」

「…………なんだと?」

「もしかして動揺しているのかい?」

「…………」


 アルマの一回青ざめた顔がどんどんイラつきと怒りを混じらせながら、歯を食いしばっていく。その力がどんどん強くなっていく。予想不能な一撃を受けて、自分がどれだけ間抜けだったのかを今、思い知らせている途中なのだった。


「なぁ、アルマ=レイン。私は君の乗る船とやらを見てみたいんだけどね」

「見てどうすんだよ、それを」

「別に? 何もなければそのまま帰るし、何かあればその時考えるさ、でもね……イルススに他国の船が停泊しておきながら、何も騒ぎが起きないはずはない。少なくとも騎士団の駐屯地には確実に連絡は入る。だというのに何もないっていうんだから、気になっただけさ」

「ぐ…………」

「さぁ、案内してくれないか? あぁ、謝礼が欲しいなら、いくらか払ってもいい。どうかな?」


 そんな風にからかいながらも、自分を追い詰めてくるルシルの澄んだ笑みをアルマはもう静かに策を巡らせている悪魔の笑みのようにしか見えなくなっていた。

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