体調不良
寒さ厳しき折、熱中症のお話を、お届けします。
カレーは暑い時に食べる方が、余計にうまく感じる。
これは俺の持論だ。だが、他人に強要するつもりはない。
だから、一人でやってきたのだっ。 真夏のカレーフェア!
このイベントの主催者はわかっている。素晴らしい。
この時期に、あえて屋外で、カレーを食べるということの意味を。
俺の持論が正しいと証明するかのようなイベント。行かねばなるまい。
7月最後の土曜日、予想最高気温は37℃。無風。
うん。猛暑だ。昨日降った雨のおかげで、湿度も高い。
屋外で、調理なんて、本来もっての他だ。
さて、どこから行くか。全国の有名店が集まるカレーフェアだ。
余すことなく堪能したい。
前半戦は、辛さを控えめに行かないと、後半の味覚に影響が出るからな。
「新作ゲーム、スペースクルーザー本日配信開始です。うちわをどうぞ。」
お、カレーフェアの入り口で、団扇を配るなんて、気が利いてるじゃないか。
それにしても、この子、大丈夫か? これ、マズイぞ。
日陰になるところは… 少し遠いが、仕方がない。
「お姉さん。あなた、体調悪いでしょう。今すぐ休まないと駄目だ。
熱中症の症状でてるから。」
「は、い、 さっきから目がチカチカしてて…」
「いい? 俺がうまいことやっとくから、今、ここで、座り込んで。」
「? はい。」
女性はその場にしゃがみ込む。
よし、これで、自然な流れになる。
この暑さだ、誰もが暑さにやられたと思う。
そうなったら、彼女が休んでも不思議はない。
もう一人の団扇を配ってる子を使おう。
「そこの団扇配ってる人!
同僚さんが、暑さにやられてる! 上の人に報告して!」
「え? みらい! え?」
「彼女の名前は?」
「井上、せいらさん、です。」
「セイラさん!」
「は、はい! なんでしょうっ!?」
「俺はこの人をあそこの日陰に運ぶから、上の人に報告してきて、
あと水、あったら氷も持ってきて!」
「は、はい、すぐに!」
「なんで、彼女の名前を呼んだんですか?」
「パニックになってる人には、名前呼んであげると、我に返りやすいんだってさ。
じゃあ、みらいさん、あそこの木のとこへ移動するよ。立てる?」
「はい。すみません…」
みらいさんを立ち上がらせ、移動しようとするが、やはり足元が覚束無い。
止む事を得ざるに出でたる行為はこれを罰せず。
少し違うがまぁ、いいか。
「恥ずかしいかも知れないけど、許してね。」
彼女を抱き上げる。
「え、な、あ、あの、えと…」
「あなたは、今、病人なんです。しかも悪化させるとマズイ状態のね。
だから、あなたにとって、これは不可抗力。
目を瞑ってて。そうすれば恥ずかしくないから。」
彼女は納得してくれたのか、目を閉じる。
そうしててくれないと、こっちも恥ずかしいんだってば!
こんな人前で、お姫様抱っことか、それなんてアニメって話だよ!
木陰に入り、彼女を降ろす。
「みらいさん。いい? よく聞いて。あなたは今、熱中症の初期症状が出てる。
このまま仕事してたら、命に係わることにもなりかねない。
休んで、楽になったとしても、今日はもう仕事はしちゃ駄目だ。」
「はい。ありがとうございます…」
「本当なら、今すぐ救急車で病院に行った方がいいレベルなんだからね。
あなたは責任感が強そうだから、言っとかないと、仕事しそうだし。」
「なんで、そう思うんです?」
「勝手な推測と、勝手な願望で言ってみた。
あんなになるまで、休まなかったんでしょう?
それに、せいらさんと、みらいさん。
連想するなっていうのは、無理な注文だよ。」
「ふふ、そうですね。」
「はい、じゃあ、この水飲んで。ゆっくりね。体がビックリしちゃうから。」
もうぬるくなってしまった水を彼女に手渡す。
みらいさんがくれた団扇で、彼女を扇ぐ。
「すいません。渡したうちわで扇いでもらっちゃって。」
「はい、病人はそういうこと気にしないでね。
折角、あなたがくれた良いアイテムがあるんだから、使わないとね。」
みらいさんと同じTシャツを着た、女性と、もうひとりの女性が走ってくる。
「みらい! 大丈夫!?」
せいらさんは、上司を連れてきたようだ。
「うちのスタッフを助けて下さってありがとうございます。」
「いや、運んだだけなんで。それより、可能なら、救急車で病院に行くことを
お勧めします。熱中症の初期症状なので。」
「え! 救急車ですか。それはイベントに影響が…」
「サイレンを鳴らさずに来てほしいって伝えれば、静かに来てくれますよ。」
「そうなんですか? 不躾なお願いなのですが、通報お願いできませんか?
私、通報ってしたことなくて…」
「構いませんよ。たぶん、5分くらいで到着すると思うので、彼女の荷物とか、
準備お願いします。」
「はい!助かります。」
119 発信。
「はい、119番です。火事ですか、救急ですか?」
119番のオペレーターは必ずこの聞き方をする。
「救急車を1台お願いします。」
「場所はどちらですか?」
通報する人がどんなに慌てていようとも、オペレーターは冷静だ。
「渋谷区、代々木公園、けやき並木、公園通り側入り口。です。
オペレーターは通報を聞きながら、キーボードで入力をする。
単語を区切りながら、ゆっくり伝えると、より確実で、早い。
「患者さんは男性ですか、女性ですか。」
これも定型文
「女性、20歳前後です。」
「どんな状態ですか。」
この質問がくるのがわかっているので、症状は先に言わなかった。
「意識あり、会話は正常。
熱中症の初期症状と思われます。眩暈、脱力、脱水もあり得ます。
発見から、500mlを摂取。
屋外、日陰で仰向けの状態で、休んでいます。
その他、外傷は見当たりません。」
「はい、大変助かります。あなたのお名前は。」
「私は、滝沢真司、この携帯電話の所有者です。」
「救急車到着まで、いて頂けますか。」
「はい、私が受け入れます。お願いがあります。」
「はい、なんでしょうか。」
「現在、現地はイベントが行われています。サイレンを鳴らさずに、
来て頂きたいのですが。」
「はい、わかりました。救急隊員にそう伝えます。」
「お願いします。」
「凄いですね。なんでそんなに冷静にできるんですか?」
みらいさんが驚いている。
「慣れてるんですよ。通報。
ちょっとの間、ひとりで待ってて下さいね。救急車迎えてくるんで。
あ、引き留めないで下さいね。俺死んじゃうから。」
みらいさんは、クスッと笑い、はい。とだけ返事を返した。
もしもの時のお役に立てればと、書いてみました。
サイレンの件も事実です。
わかる人が、クスリとしてくれたらいいなと。




