七話
光秀は決起した。
本能寺を囲み、門前に構えた帷幄の中、光秀に筆頭家老の斎藤利三が問う。
「将軍様の上使の御到着は如何に」
「上使は派遣されぬ。首尾は此方から御報告申し上げる。然る後、将軍様が参内して主上に勅を請い、織田家の家臣共に将軍家に対する恭順を命じればよかろう」
利三はため息を隠さない。
「殿はお人が良すぎますな」
筆頭家老にして光秀の身内であればこそ言える言葉ではある。
「信長公の家臣の中には、先代より仕える猛将もまた数多おります。彼らが理非をわきまえず主人の仇討をめざしたとき、好んでその矢面にたつおつもりか。奸智に長けた義昭様にその気は御座りますまい。殿一人が引き受ける羽目になりますぞ」
生真面目な光秀は、ややもすれば理詰めで物をみる。この男は人情の機微には疎い。
しかし有能な家臣達に支えられ、又、よく彼らの言に耳を傾けることができる。
「すでに決めたことである」
「殿、これこそ千歳一隅の機会で御座ります。天下人におなりなされませ。信長公の首級を頂戴のうえ御所を囲み、京都守護の勅をお受けなされませ」
「このありさまでは、首級頂戴はかなうまい」
「まず近くの寺にお移り頂きます。本能寺の炎に果てるつもりの御仁では御座りますまい。私が使者に立ちましょう。使者の証に今剣を持参いたします」
「安土城で信長公手ずからおさげ渡しの我が守り刀である。他のものを持参せよ」
「この後に及んで物惜しみ為されますな。天下人になられる瀬戸際でございます」
義経を守り通した希代の霊剣「今剣」は光秀の手を離れ再び信長のもとに帰る。