三話
織田信長に擁されて上洛、15代将軍に就任して室町幕府を再興した義昭は、当初こそ御父信長殿とまでとまで言い、感謝を表した間柄であったが両者の関係は徐々に悪化した。
念願の将軍就任を果たした義昭に対し、織田家による天下統一を狙う信長にとって義昭は目的を果たすための傀儡に過ぎない。
両者の関係はもはや修復の余地が無いほど悪化していた。
信長と袂を分かち、全国の大名に信長追討の御内書を乱発する義昭に対し、義昭の行動を制限して独自に支配を進める信長。
御内書を受け賛意を示す大名、将軍の御内書に対し表立って拒否は出来ないが信長に密かに注進に及ぶ大名も多い。
武力を持たない朝廷は、臣下の争い対し静観の構えではあるが、武力に頼りややもすれば、朝廷の権威をも自身のために操る信長に対し悲憤慷慨を隠さない公家も少なくない。
今、京の権力者や将軍家、又、信長と各地の大名家、有力寺社の間を夥しい数の使者や間者が入り乱れて往来する中にあって、千代は有力大名家に、朝廷の権力者である近衛前久の使者として出入りしている。
足利将軍義昭と信長。
共に目的の達成の為に朝廷の権威を利用するのみで、朝廷に対する畏敬の念は薄い。
今夜、連歌の会に事寄せ密議に耽る公家たちは義昭の意を受けた面々である。
信長排除の策を練る公家たち。
彼らは何時でもけっして自分たちの手を汚すことはしない。
「やはり惟任殿か…」
信長の武将でありながら義昭の家臣でもある明智光秀に白羽の矢が立つ。