二話
上座に屋敷の主、関白・左大臣の近衛前久。
将軍足利義昭に仕える幕臣の細川藤孝や義昭と意を通じる公家たちの集まりである。
「今お着きなされました。お通しいたします」
家宰の声と共に襖が開かれ、身なりを整えた千代が入室すると、前久が親しげに言葉をかける。
「千代殿、お疲れのところ痛み入る」
他の人々も会釈を交わし、藤孝は声をかけながら平伏する。
「姫様、ご無事のお帰りをお待ち申しておりました」
「ほほ…此度は長旅でありましたな。藤孝様も息災で何より」
言葉を交わす二人は旧知の間柄である。
千代は唯の女忍ではない。
父は信濃の国の名門武家、望月城主・望月盛時。武田信玄の甥である。
母はその妻、望月千代女。
歴とした姫君である。
千代女は、信玄より任じられた甲斐信濃の巫女頭領として、武田家の諜報に携わっている。
巫女に扮した女忍は各地に配されて情報を集め、千代女に持ち帰る。
娘の千代は今、京の近衛家に逗留してその庇護の下、母千代女や前久の使いとして諸国を旅して廻る日々である。
「藤孝殿、お上に」
千代の差し出す文箱を藤孝が受け取ると、前久に手渡す。
待ちかねたように封を解き書状の束を一同に披露する。
上杉、北条、徳川家の当主の書状である。
「物騒なものをお見せにならはります事で…」
一様に当惑の態を装うが、皆、喜びを隠さない。
「さすがに姫様ならではの首尾でござります。我らでは到底及ぶところではあらしませぬな」
書状の中身は皆見ずとも知れているようである。