十三話
織田家の領国は優に800万石を超える。
信長はまさに天下統一の目前に倒れた。
「上様と嫡男の信忠様を同時に亡くされた今、織田家は分裂の瀬戸際でござります」
蘭丸が語りかける。
首尾よく光秀を打ち取り、主の仇討を果たした秀吉であったが、信長の遺骸が発見されない今、自身の手で供養もできず、天下に実を示すことが出来ないままである。
織田家の遠祖は桓武平氏、蘭丸の森家の出自は源氏、光秀もまた土岐源氏を名乗る名門であることは誰もが知るところである。
秀吉の出自は尾張の百姓の倅というのも、また周知の事実であった。
当人もこれを隠さなかったようであるが、秀吉からの京都守護職任命の懇願に対し、有職故実を重んじる朝廷は困惑した。
家格があまりにも違いすぎるのである。
古来このような例は皆無である。
「今、上様の最後を見届けた私が諸将の前に現れたならば、上様の遺骸を巡って織田家はさらに乱れましょう。私の見るところ羽柴秀吉様は朝廷を敬う心をお持ちです。主の仇を討った功をもって織田家中をまとめ天下人になれば、あるいは戦国の世に平和をもたらす事ができるかもしれませぬ」
蘭丸は前久に語りかける。
「…蘭丸様にこの屋敷を献上いたします、蘭丸様の思いはきっと信長様のお心にもかないましょう…」
長い沈黙の後、前久が答える。
その言葉には深い決意が表れていた。