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第八話 私の舞台



 皇帝陛下はそれから私を舞踏会に伴うようになった。


 そして、最初は出席して陛下の隣にいるだけだったけど、こんなに何度も出るのに一度も踊らないのもマズい、ということでダンスを習うことになり。

 踊り子の姉さん達に基礎を仕込まれていた私が意外と踊れることが判明すると、開幕のファーストダンスを彼と踊るようになった。


 そして瓢箪(ひょうたん)から(こま)というか、貴族たちは基本的に私に対して“黒髪黒目の珍獣”とか“身元不明のあやしい平民”という認識しかないっぽいんだけど、カイルとのダンスは予想外にウケが良かったらしい。

 大人と子どもほどの身長差があるのに、まるで気にせずくるくる踊る私を面白がって、今では『金獅子帝と妖精姫』と呼ばれているんだとか。


 はじめてそれを聞いた時は、爆笑してしまった。

 いやまあ、陛下の金髪金眼が由来(ゆらい)なんだろう金獅子帝はいいとして、私を妖精姫って、どんだけ美化されてるんだ、と。

 たぶん陛下の威光に従って、彼が踊っている相手の娘を貶めないように気を使った結果なんだろうけど、それにしても妖精姫は無いだろう。


 笑い転げる私に、マイラは「お二人のダンスは本当に素敵で、この呼び名はぴったりですのに!」とちょっと憤慨していたけれど、いや~、いくら童顔に見えるとしても二十四才に妖精姫は無いわ~。

 まあ良いとこ、笑いのネタをありがとう、というくらいだ。


 でもそれだけ注目されるなら、衣装を作るのにも力が入ろうというもの。

 ターンの時に袖や裾がふわりと広がって美しく見えるドレスや、ステップを踏んでいる時にビーズがキラキラ輝く簪や組み紐を、和風テイストを意識して取り入れながら「こんなのどう?」と提案しつつ作ってもらうのが、どんどん楽しくなった。


 仕立て屋や木工細工師の他に、ビーズや糸を扱う業者も入れて、みんなで相談しながら一つの作品を作っていく。

 それはどこか、旅芸人の一座でそれぞれの特技を活かしながら一つの舞台を作り上げていく時の過程に似ていた。


 けれど不思議と、舞踏会は私の“舞台”にはならない。


 ただ舞踏会に出る前の、カイルの前に初めて一揃いのドレスと装身具と化粧で整えられた姿で立ち、彼の瞳に自分が映る瞬間。

 きっとそれが、いつだって変わらない私の一番の“舞台”なのだろうと思う。



 そんなこんなで出席した何度目かの舞踏会で、私は変わった女の子に出会った。


 いや、正確には彼女に「見つけられた」というのが正しいのかもしれない。

 見覚えのない子だったから、たぶん初めて会うはずなんだけど、遠目からものすごいガン見されたのだ。


 しかし不思議と、見つめ返しても視線が合わない。

 彼女は相変わらずこちらをガン見しているのに、面白いくらい視線が重ならない。


 もしかしてずっと隣にいる陛下の方を見てるのかな? と思って聞いてみたけれど、彼とも視線が合わないらしい。

 が、しかし、やっぱり私の方をガン見している。


 気になってしょうがないので、カイルに頼んでさりげなく近付こうとしたら、近付いた分だけ逃げれられるし。

 なんぞこれ? なんぞ?? とめっちゃ興味を引かれるのは当然の流れだろう。


 私は寵姫権限 (そんなのあるのかどうかも知らないけど)で、陛下に頼んで後日彼女を呼んでもらうことにした。

 陛下も側近の人も彼女の顔を見て名前と家を確認したし、本人特定さえできていれば、呼び出すのはわりと簡単なことらしいのだ。

 私はそれを聞いて、会える日を楽しみに待つことにした。


 舞踏会に出席するような貴族の令嬢と個人的にお話するなんて、初めての体験だ。

 と、思っていたのだけれど、なんだか奇妙な方向でその考えは崩れた。


「は、初めまして、り、竜胆の姫様。ひ、姫様に、お、お、お目にかかれて、わ、わたくしは……、わたくしは……ッ!」


 事前にベルトラン公爵家の末娘、フィーユ嬢だと名を聞いていたけれど、ここでも彼女が自分から名乗るはずが、いっこうに名前が出てこない。

 しかも貴族令嬢っぽくない白い神官服? のような衣装をまとった彼女は、後宮で私に与えられた竜胆の宮を訪れると、ものすごくどもりまくってまともに喋れなくなった挙句、ボロボロと涙を流しながら腰を抜かしたようにその場に座り込んでしまったのだ。

 そして。


「えっ?! だ、大丈夫? どこか具合が悪いの?」


 私が慌ててそばに行って隣にしゃがみこみ、顔を見ようとしたら「ひぅっ」と悲鳴をあげてますます激しく泣きじゃくってしまった。

 ええ?? 私か? これ私のせいで泣いてるのか??


 訳が分からず、助けを求めてマイラを見たけれど、彼女も目を丸くして驚いた様子でフィーユ嬢を見ている。

 そんなこんなで結局のところ面会は中断され、腰を抜かしてえぐえぐ泣きじゃくる彼女を女騎士が抱きあげて強制退場、となってしまった。


 こんなはずじゃなかったのに、何がどうしてこうなったのだろう……


 夜、ソファで膝を抱えて丸くなり、肩を落としてしょんぼりしている私を膝に抱きあげた陛下は、「気にするな」と慰めてくれた。

 そして、よく分からないことを言う。


「あの娘は長らく空座となっていた精霊神殿の巫女姫となった。これからは儀式でお前とは年に数回顔を合わせることになる。そうすれば嫌でもそのうち慣れよう」

「せいれいしんでん? みこひめ? って、何?」

「そのうち連れてゆく。それまでは知らずとも構わん。……ああ、いや、知識は必要か」


 この日の迂闊な質問を、私は後でものすごく後悔することになる。

 なんと、陛下が私に家庭教師をつけてしまったのだ。


 胸肉に栄養を吸われたせいで脳細胞が犠牲になった、と言われたこの私に、家庭教師!

 義務教育も高校も卒業して勉強は終わったと思っていたのに、なんで今さらー!


 そんなの知らなくても生きていけるよ、と主張したけれど、「後々に必要になりますから」とみんなに口を揃えて言われて流されて、私はしぶしぶ授業を受けることになった。

 家庭教師の先生たちは、私のあまりにもヒドい物覚えの悪さに(マズい仕事を引き受けてしまった)という青ざめた顔をしていたけれど、私も同じくらい顔色悪かっただろうから、許してほしいと思う。


 文字の読み書きから始まって、言葉遣いの矯正やマナー講座、この国の地理や歴史、周辺諸国の歴史、現在の各国との関係、などなど……


 それ本当に要るの? 後宮でぼんやり暮らしてるだけの私に必要な知識なの??

 と、何度も聞きたくなるようなことを詰め込まれた頭はパンクしそうで、いつも授業が終わると私はもうふらふらだ。


 男性の家庭教師もいたので、授業は後宮の入口に近い場所にある面会室で行われることになったのだが、そこまで移動しないといけないのも地味に面倒だし。

 その行き帰りに“偶然”出くわす側妃たちから、身元のあやしい旅芸人ごときが、とか嫌味を言われたりするのも疲れる。


 だからたまに陛下が授業終了後に顔を出すと、「カイルさま、もうやだ~。勉強もういいよ~」と半泣きで抱き着いて懇願するのだが、彼はがんとして譲らず、勉強は終わらなかった。

 でも、疲れてべったりくっついている私を甘やかして一緒にお茶の時間を過ごしてくれたりするので、チョロい私は(これはこれでいいかも)と思ってしまうため、結局また勉強でふらふらになるのだ。


 もうちょっと働こうよ、私の脳細胞!

 せめてカイル懐柔法を編み出すくらいに頑張ろうよ!


 なんて、私の脳細胞に言っても無駄なのだけれど、言わずにはいられないこの状況。


 ああ、もう、勉強やだー!





 そうして勉強を嫌がる私は、その発端となった『精霊神殿』や『巫女姫』について、家庭教師たちからまったく何も教えてもらえなかったことを、その後もずいぶん長い間気が付かなかった。

 私の脳細胞、ほんと働かない……






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