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第六話 それだけが世界のすべて



 夢は覚めるもの。

 飴はとけるもの。


 そんな当たり前のことを自分に言い聞かせなければならなくなってきた頃、急に後宮が騒がしくなった。

 とはいっても、私とは関係のないところが騒動の元のようで、事件現場の外野にいるような、遠くから響く喧噪に「何だろう?」と首を傾げる人、という感じだったけれど。


 それでも警護の女騎士たちがピリピリしているのは分かったし、マイラもいつになく傍を離れない。


「何かあったの?」


 気になって訊ねれば、いつも通りの穏やかな笑顔で答えが返る。


「はい、どうも害虫が出たようで、それを駆除することになったとお聞きしております。こちらに影響はありませんので、竜胆の姫様はどうぞいつも通りお過ごしください」


 そう、と頷いて、(その“害虫”って、私が思い浮かべる虫と同じやつかなぁ……)と考え、ちょっと遠い目になる。

 偏見はいけない、とは思うけれど、後宮とか、皇帝が通わない側妃が十七人とか、ただ一人寵愛されているのが身元不明の『異国の歌姫』とか、よくよく考えると色々と不穏だし。


 ドロドロ愛憎劇場が開幕して巻き込まれるようなことがなければいいけど、なんか怖い。

 でも今のところ毒殺されかかったとか、嫌がらせされたとか、そういうことは無いしなぁ。


 よく分からないまま時は過ぎて、仕立て屋に頼んでいたドレスが完成した。

 それに間に合わせようとしたのか、簪も何本か完成。

 ついでにその頃には私よりも器用に組み紐を作るようになったマイラが、金糸や銀糸に奇麗なビーズを編み込んだものを用意していて、仕上げに皇帝陛下から「舞踏会へ出席するように」というお達しがあった。


 ええぇ? 私のこと外に出していいの? どういう扱いなの?

 『異国の歌姫』としてなら、竪琴も持って行ったほうがいいの?


 突然のことにオロオロする私に、寵姫を見せびらかしたいだけだから竪琴は持って行かなくていい、とマイラがやんわり教えてなだめてくれた。

 けれど、私の取り柄なんてこの世界では珍しいらしい黒髪黒目くらいで、見せびらかされるほど容姿が整っているわけでもないし、特別な才能も無い。


 カイルのためだけに着飾った自分を見てもらいたい、という気持ちは、舞踏会へ出席しなければならないという緊張ですっかり吹き飛ばされてしまい、私は侍女達に磨き上げられながら内心オロオロしたままその日を迎えることになった。


「センリ」


 けれどそんな私の気持ちを一気に引き戻してしまうのも、また彼で。


「はい、カイルさま」


 差し出された手に、そっと自分の手を置くと、高いところから降ってくる眼差しに思わず顔がほころぶ。

 見知らぬ人に囲まれることに対する緊張がふわりとほどけて、彼の隣にいることだけが世界のすべてになる。


「……よく、似合っている」


 そして、そんな短い一言で、何もかもが報われた気持ちになった。

 胸の奥で一気に花が咲き乱れるような、舞い上がりそうな喜びで満ちていく。


「ありがとうございます、カイルさま」


 嬉しくてたまらず、ばかみたいにニコニコ笑っていると、なぜか彼の眉間のしわが深くなった。

 重ねていた手にぐっと力が入って、いきなり引き寄せられたかと思うともうその腕に抱きあげられていた。


 一緒に歩いていく予定だったのでは? と思ったけれど、それによりも別のことが気になって訊ねる。


「カイルさま、今日は金属の飾りは身に付けてないんですね」

「……金属は、お前の肌を傷つけるのだろう?」


 前に盛装しているのを見た建国祭の宴では、色んな金属の飾りが付けられていたけれど、今日はそんな理由で外してくれたのだろうか。

 きっとどうしても欠かすことができないのだろう、装飾の多い剣を帯びている以外には、本当に金属が無いし、その剣にも絶対に私が触れないよう気遣って抱きあげていることが分かる。


 それでも十分に豪奢で煌びやかな衣装になっているところに、仕立て屋さんたちの苦労が感じられた。

 けれど誰が苦労しようとも、彼の気遣いがすごく嬉しい。


「ありがとうございます。これならカイルさまに安心して触れられるから、嬉しい」


 思ったまま素直に言うと、誰かが近くでゲフッとむせた。

 そのままガホゴホと変な音を立てて咳き込んでいるので、なんだか心配になって大丈夫だろうかとそちらを向きかけたけれど、大きな手に顎を掴まれてそっと引き戻される。


「行くぞ」


 至近距離から見つめるその目に、初めて会ったあの日の孤独は感じられない。

 それを不思議に思いながら、「はい」と頷いた。






側近その1「まさか陛下、それだけのために珍しく仕立て屋に注文をつけたのか。マジかよ、あの冷酷皇帝が平民出の寵姫のために……、しかもあの緩みそうな顔を必死で取り繕ってる、わざとらしいしかめっ面……、ブフッ」

側近その2「寵姫様、普通にお礼言って喜んでたなぁ。素直で可愛いって言えばそうだけど、これがどれだけ特別なことなのか、まったく理解してもらえてない陛下……、ブフォッ」

側近その3「おい、お前ら寵姫様絡みで変なこと言ってると宰相閣下に報告するぞ。あの方のことになると、陛下、予想外のことしだすからな。……もうマジ勘弁」

その1&その2「報告はやめて~~ッ!! ……つかお前、なんか疲れてる? 目の下のクマ凄いことになってんぞ?」

その3「ふ、ふふふふふ……。掃除がな、大変なんだ。今まで陛下が様子見という名の放置をしてきた後宮の大掃除がなァァァァ……!!!」

その1&その2「あああ……(察し&同情の眼差し)」

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