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第五話 ただ一つの欲しいもの



「ねぇカイルさま、『鉛筆』っていう道具、どこかにないかな?」

「えんぴつ? それは何だ」


 先日の簪デザインの件から、ガラスペンで紙にいろいろ描くことが増えた私は、ガラスペンの扱いにくさに困って皇帝陛下に相談することにした。

 金属アレルギーのこともあって、我が家はみんな鉛筆を使っていたから、筆記具というと鉛筆が一番恋しい。

 こちらの言葉ではどう言うのか分からないから、そのまま日本語で鉛筆と呼んで、説明する。


「紙に文字を書くための道具なんだけど、インクを使うガラスペンと違って、後で消すこともできるの。材料は、たしかコクエン? とかいう、なんか黒い鉱物だったはずなんだけど、よく分からない。それを粉にして粘土で固めて細長い芯にしたら、後は木枠で芯が折れないように固定して使うだけなんだけど」


 んー、どうやって説明したらいいんだろう? と首を傾げながら、頑張って説明する。

 彼が来る前に絵を描いておいたので、その紙を持ってきて「こういうの」と見せてみる。


 が、どうやらこちらの世界にはまだ鉛筆は発明されていないらしい。

 見たことも聞いたことも無いというので、そっかー、とガッカリしていたら「作らせるか」と事も無げに彼が言った。


「えっ? 作れるの?」

「これだけ構造が分かっているのなら作れるだろう。素材を見つけられるかどうかの問題だけだな。急ぐのか?」

「ううん。急ぎじゃないよ。あったらいいなぁと思っただけだし。あ、じゃあついでに消しゴムも作ってもらえたら嬉しいなぁ。やっぱり鉛筆と消しゴムは二つで一つのワンセットだし」


 そうしてついでに消しゴムについても説明して、紙に書いて渡した。

 こっちは材料についてはよく分からないけれど、消し“ゴム”というくらいだから、たぶんゴムがあれば作れるんじゃないかな、という安直な発想だ。


 うん、私の脳細胞に期待してはいけない。

 欲しいものは伝えられるけど、作り方とか素材とかはぜんぜん分からないのがデフォなので。

 ごめんね職人さん! でも頑張って作って! 使いたいから!

 と、心の中でエールを送っておく。


「……お前の故郷には、変わった道具がたくさんあるのだな」


 鉛筆と消しゴムの絵を描いた紙を眺めて、ふいにカイルがつぶやいた。

 あまり表情というものがない強面な彼だけど、なぜか今は寂しげに見える。


 そんな顔されたら放っておけない。

 私が彼を持つ紙を引っ張ると、大きな手からするりと離れた。

 ソファの前のローテーブルにその紙を置いて、ねだるように両手を伸ばせば彼は膝の上に抱きあげてくれる。


「カイルさまの国にも面白い道具がたくさんあるよ。とくに魔道具とか、見ているだけで楽しいの。私の故郷にはそういうものは無かったから」

「そうか」


 ほんのわずかに目元をゆるめて、彼は私を穏やかに見おろす。

 私は手を伸ばして、彼の頬に触れた。

 彼は私を抱きあげてからずっと、片手は腰に回してしっかり固定しながら、もう片方の手で背中を撫でている。

 太い指が服越しに背骨をたどるように撫で上げてくるのが、ちょっとくすぐったい。


 近くにいると、私たちはいつもこうだ。

 じゃれあう猫たちみたいに触れ合うことで安心して、もっと、もっと、と熱を帯びていく。


「センリ。何か話せ」


 背骨をたどる指の感覚に溺れかけ、ぼんやりしていた私にカイルが言う。


「何かって、なに?」

「お前が話すのであれば、何でもよい」

「何でもいいから話すの? どうして?」

「お前が俺に何かを語る声を聞いていたい」


 ストレートにそんなことを言われて、どうしたら照れずにいられるだろう。


 自分でも分かるくらいはっきりと顔を赤くした私は、思わず彼から視線をそらして横を向いた。

 彼の頬に触れていた手が落ちて、うろたえながら自分の顔を隠す。


「……どうしてそういうの、真顔で普通に言えるの」


 消え入りそうに小さな声で文句を言えば、過たず聞き取った彼が低く笑った。


「お前は奇妙な女だな、センリ。大胆かと思えば繊細で、初心かと思えば急に妖艶な顔も見せる。今のように、わけのわからぬところで急に照れる」


 訳は分かるだろう。

 きっと説明すればみんなが私の照れる理由に同意してくれると思う。

 彼にそれが分からないのは、女慣れしすぎているからに違いない。


 それに思い当たって、顔を隠していた手を少し降ろし、むぅっと恨みがましい目で睨んでやる。

 すると妙に真剣で熱を含んだ目がこちらをまっすぐに見つめ返してきて、背中を撫でていた手が離れたかと思うと、私の両手首を掴んで引き下ろした。


 隠していた顔をいきなり露わにされ、どうしたらいいのか分からなくなってぷいと横を向く。

 私の手首を掴んでいた大きな手が離れて、つんと尖った唇にかさついた彼の指が触れ、ゆっくりと撫でた。


 毛を逆立てた子猫をなだめるようなそれにますます腹が立って、がぶっと噛みついてみたけれど、カイルの指は革製の手袋でもしているのかというくらい硬かった。

 文字通り、歯が立たない。

 しかも指が太いから、噛んでると顎が痛くなりそうだ。


 失敗した、という苦い気持ちでさっさと口を離そうとしたら、今度は彼の指の方からぐいっと入り込んでくる。


「んむ、んんっ」


 指、邪魔。

 眉をひそめて横目でカイルを睨もうとして、あっ、と思う。


 ダメだこれ、夜の顔だ、と気が付いて、その途端にこちらの体温も上がった。


「……気が変わった」


 口に入れた指の腹でゆっくりと上顎を撫でながら、もう片方の腕で私を抱きあげて部屋を移る。


「お前には話よりも、違う声を聞かせてもらおう」


 欲にまみれたその低い声に、体の奥がずくんとうずく。

 まだ腹を立てているけれど、その熱にはどうしたって抗えない。


「センリ」


 口から指が引き抜かれる。

 自由になった唇で、ふ、と息をついてただ一つの欲しいものを呼んだ。


「カイルさま」


 熱情に溺れながら、いつものようにふわりと脳裏を疑問がよぎる。





 ―――――― この飴はいつとけるの?





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