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第四話 私の知らない、私の欲



「えっ。じゃあそのまま婚約者の人が連れて帰っちゃったのっ?」


 厄日のような一日を過ごして、翌日。


 朝からしとしとと雨が降るその日は、いつも通りの時間に食事が運ばれてきた。

 そしてその食事を平らげた後、私はマイラから聞かされた話にびっくりした。


 なんと、昨日マイラの代わりに私にお茶を淹れてくれた侍女、勝手にカップが割れたせいでパニックになって自室に戻された彼女は、様子を心配した婚約者の人が来てそのまま連れて帰られてしまったらしい。

 彼女は嫁入り前の箔付けに後宮で働いていたそうで、最初から勤めるのは短期間だけと決まっていたらしいけれど、それでもなかなかに突然な辞職だったそうだ。


「わぁ~、婚約者さん、よっぽど彼女のことが心配だったんだねぇ。情熱だねぇ。いいなぁ、可愛いなぁ~」


 こういう恋バナは大好きだ。

 カイルに宴の席で拾われるまで年齢=彼氏いない歴だったけど、べつに恋愛嫌いだったわけじゃないので、一座のみんなの恋バナをわくわくドキドキしながら聞いていた。

 おかげで要らん知識まで増えて、すっかり耳年増になっちゃったけど、後悔は無い。

 だって恋愛する人の話って、聞いてて楽しいし、みんな可愛いからね!


「何をおっしゃいますやら。竜胆の姫様に対する皇帝陛下のご寵愛ぶりこそ情熱的で、そこらの物語よりもずっと素晴らしいではありませんか」


 マイラに苦笑気味に言われて、思わず顔が赤くなる。


 そうなのかなぁ。

 私はカイルが大好きだけど、彼の方はどうなのか、よく分からない。


 大事にしてもらっているとは思うけれど、奥さん(?)が十七人もいるとかいう人だし。

 基本的に別世界の人すぎて、「カイル」は分かるけど「皇帝陛下」はよく分からないんだよなぁ。


 そもそもいきなり宴の席で拾われた『異国の歌姫』と帝国皇帝との恋物語とか、悲恋にしかならない気がする。

 日本の友人に話したら「あー、それ知ってる。最後は皇帝に飽きられて離宮とかにポイ捨てされるやつ。もしくはその歌姫の子どもがネグレクトされて、悲劇の主人公みたいになってるのをどっかの王子に見初められて連れ去られて別の国でハッピーエンドになるやつ。けどその歌姫は、その子がちっちゃい頃に病死とか事故死とかしてるやつね」とか言いそう。

 そして病死とか事故死とか、意図的にやられそうで切実にこわい。

 できれば市井にポイ捨てするか、元の一座に戻してくれればいいんだけど。


 私を後宮に入れろと言った重臣や側近とかいう人たちも、たぶん皇帝陛下が本宮の私室にあやしげな女を囲っている、という状況が気に入らなかったんだろうしなぁ。

 ぽっと出の、身元不明な『異国の歌姫』なんて、後宮に放り込んどけばそのうち皇帝も飽きる、と思ったんだろう。


 なにしろ後宮には他に、身元がはっきりしてて美人で適齢期な女性が十七人もいるわけだし。

 何か事情があるのか陛下は彼女たちに手を出そうとしないらしいし、今のところ彼が毎晩通ってるのは私のところだけど。


 でもまあ、厳選された側妃たちがそれだけたくさんいるのなら、陛下もそのうち誰かを皇妃にするだろう。

 そうなったら私はお役御免で、解放されるに違いない。


 ならばマイラの言う、物語より素晴らしい情熱的な寵愛を、今は心ゆくまで味わおう。

 そしてできたら私も、陛下にとって“ご褒美の飴”になれるといいな、と思う。


 彼に対する好意は隠したことも無いし、わりと積極的に伝えているけれど、彼は表情の読みにくい強面をしているので、伝わっているのかどうかがいまいち分からない。

 もし伝わっていたとしても、彼がそれを私みたいに甘いものとして受け取っていてくれるかどうかも分からない。

 でも、だからといって私には伝えないという選択肢は無い。


 飴はいつかとけるもの。

 とけて、消えてしまうものだから、それまでは。


「そういえば、雨、降ったねぇ」


 ちょっと考え込んでしまったことで、不自然に会話が途切れてしまったのに気付いて話題を変える。

 マイラは先の話には触れず、穏やかな微笑みで「はい」と頷いた。


「竜胆の姫様の雨乞いの歌、効果抜群でしたね。皆、今日の雨に大喜びしておりますよ。ここのところ一番の頭痛の種で、魔術師ばかりか重臣たちも奔走しておりましたから」

「うわぁ、そんなに困ってたの? 建国祭のお祭り騒ぎで帝都は大賑わいだったし、私たちも宮殿で芸を披露するなんて初めてのことで、そっちに気を取られてたから、聞きそびれてたのかなぁ」


 日照りの話題を掴んでおくのはけっこう大事だ。

 あんまり乾いた地方へ行くと食糧や水の調達に困ったり、住民たちがイライラしていてトラブルが起きやすくなっていたり、それに巻き込まれて困ったりするから。


「私の歌の効果はどうか分からないけど、でも、そんなに困ってるなら雨が降って良かった。しばらくずっと晴れだったから、ちょうど雲が巡ってくる時期だったのかもね」


 極端な現象には反動があるものだ。

 こっちの世界ではどうなのか知らないけれど、私の生まれた世界じゃそう言われていた。

 だからたぶん、こっちでもそういうことがあるのだろう、と。

 詳しいことはどうせ分からないから、勝手に納得しておく。

 これぞ庶民の処世術。


 マイラはそんな私を見て、一瞬何か言いたげな様子だったけれど、すぐまた別の話を振ってきた。


「ところで、姫様。先日、仕立て屋に依頼したお召し物に合わせる装飾品なのですが、木工細工師に新しい簪を何本か作らせる予定でおります。もし何かデザインにご希望がありましたら伝えますが、いかがでしょうか?」

「えっ? 新しい簪? いいのっ?」


 簪で髪をまとめるのは、慣れていないとなかなか難しいんだけど、器用なマイラは何度か教えるとすぐ習得してくれた。

 今では一緒に作った組み紐を髪に編み込んで、奇麗に結い上げてくれるのでとても頼もしい。


 それに、彼女に頼めば自分じゃできなかった髪型にも挑戦できるし、新しい簪というのも魅力的だ。

 今までは自分で木を削って布で磨いたのを使ったりしてたし。

 さすがに、芸を披露する舞台では座長に頼んで一本だけ作ってもらった特別奇麗なのを使っていたけど、それしかなかったんだよね。


 なので嬉しくて即食いついた私に、マイラは紙とガラスペンとインク壷を持ってきてくれた。


「姫様のお使いになる物ですし、姫様の故郷の物なのです。ご要望に完全にお応えできるかどうかは分かりませんが、木工細工師の方も今までにないものを作るということで、とても張り切っているようですから。この際、望みはあるだけ出しておいて良いと思います。どうぞご存分に」

「マイラ、ありがとう!」


 私は大喜びで机に向かってペンを走らせた。

 慣れないガラスペンの扱いに苦心しながら、いろんなパターンの簪を描いていく。


 日本にいた時は、私と同じ金属アレルギーの従妹や叔母と一緒に簪屋さんへ買い物に行ったこともある。

 金属アレルギーのせいで思うようにおしゃれを楽しめない私に、組み紐の作り方を教えてくれたのも彼女たちだ。

 二人と一緒にあれがいい、これもいい、と見ていたものを思い出しながら、どんどん紙を埋めていった。


 もちろん、全部を作ってほしいわけじゃなくて、できそうな物を作ってくれればそれでいいから、と言って、ゴチャゴチャ描いた紙をマイラに渡した。

 依頼する予定の木工細工師は男性なので、先日の仕立て屋みたいに後宮に入れることはできないらしい。

 素人が描いた絵でどれくらい伝わるかなぁと、ちょっと不安になるが、後は任せるしかない。


 そして、陛下に飽きられる前に完成するといいな、と、ふと思った。


 旅芸人の『異国の歌姫』としてじゃなく、陛下の寵姫として仕立てられた衣装と簪で着飾った、奇麗な姿を一度でいいから彼に見てもらいたい。

 不特定多数の観客のためでなく、ただひとりの“あなた”のためだけの“わたし”を。



 それは私の知らない、私の欲だった。






女騎士「竜胆の姫様はマイラどのの言葉ならば、何でも信じてしまわれるのですね」

マイラ「まあ、それは私だけではございませんよ。誰のことでも盲信するというわけではありませんが、姫様は基本的に素直で、疑うということをされないお方ですから」

女騎士「確かに。昨日の、給仕の失敗をした侍女のこともまったく怒らず、姫様のお許しを得ずに勝手に部屋に戻された理由についても、まるで疑わずに受け入れてしまわれました」

マイラ「そういうお方なのです。だからこそ、私達がちゃんとお守りしなければなりません」

女騎士「なるほど……。しかし、あのカップには驚きました」

マイラ「ああ、破片が飛び散ることもないくらい、見事に真っ二つだったそうですね……。それに、何もないところで勝手に引っくり返るワゴンや、今日の雨も……」

女騎士「……」

マイラ「……」

女騎士「……姫様ご自身は、まったく気になさってませんよね」

マイラ「そうですね、平然となさってらっしゃって……。……まあ、陛下にも宰相様にも報告はしてありますから、私達は姫様につつがなく過ごしていただけるよう、いつも通りにお仕えしましょう。周りで何が起きようと、あの方ご自身は優しくか弱い女性でいらっしゃるのですから」

女騎士「はい。……はい、そうですね、マイラどの」

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