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最終話 ご褒美の飴は



 皇帝の結婚式は“華燭(かしょく)の典”というんだそうで、普通は準備にすごく時間がかかるらしいんだけど、私たちの場合なぜか彼の言葉に「はい」と答えた一ヵ月後に行われた。


 早くない?

 これちょっと早すぎじゃない??


 と、それまでにやらなければならないことをスケジュールにギュウギュウ詰めにされて追い立てられまくった私はうらめしく思ったが、なぜかだいたいの準備はもう整っているのだという。


 当然「なんで?」とみんなに聞いてみたけど、誰に聞いても生ぬるい微笑みではぐらかされて、よく分からないままだった。

 ただ一人、宰相ソーンダイク氏だけが「陛下のせいですね」と笑顔でスパッと答えてくれたのだが、私以上の過密スケジュールで忙殺されてぐったりしているカイルを問い詰めるのはさすがにかわいそうで、何が彼のせいなのかはやっぱり分からないままである。


 まさか、前から用意していてくれたんだろうか。

 そうだとしたらすごく嬉しいから、隠すことなんてないのに、なんで誰も教えてくれないんだろう?



 そんなこんなで迎えた華燭の典、当日。



 凝った刺繍が細かく施された真っ白なドレスは私の体にぴったりで、この日のためにと作られた簪や組み紐は金属をいっさい使っていないのに宝石を嵌め込んだり金糸や銀糸を編み込んだりといった工夫で素晴らしく豪華に仕上げられ、極めつけに何メートルあるんだか分からないくらい長いベールにも無数の白いビーズが縫い込まれていて、それが太陽の光を反射してキラキラ輝く様は素晴らしく美しかった。


 が、その至極の芸術品は、重たかった。


 物事には代償がつきものである、ということを身に染みて理解し、私はエスコートしてくれるこちらも至極の芸術品に仕上げられた正装のカイルの腕に縋って歩くだけで、もう必死だった。

 おかげでこの日のことはあまりよく覚えていないのだが、どこへ行くにも歓声に迎えられて嬉しさと安堵を感じたことは記憶に残っている。


 カイルは賢帝として民からの信頼が厚いそうで、その彼と『異国の歌姫』の恋物語は今や大陸中に知らぬ者はいないほど熱狂的に広まっており、結果、二人の華燭の典はとんでもないお祭り騒ぎになったらしいのだ。

 とは、後で知って「何それ聞いてないんですけどー!」と叫ぶことになった話なのだが。


 それはともかく、ドレスの重さとどこへ行っても注目されることのいたたまれなさで半分死んだ目になりながら乗り切ったこの式典でも、嬉しいことはあった。



 まず、ちゃんとカイルの妻としてお披露目してもらえて、みんなからもそう認めてもらえたこと。

 それを祝ってもらえたことが一番で。



 それから、式典後の宴にサプライズで私が五年一緒に旅をしていた芸人一座が招かれていたこと。

 彼らは皇宮に近いところに宿が手配されて、後日、内輪で過ごす時間までとってもらえたから思いがけずたくさん話ができて、とても嬉しかった。


 しかしさすがに、彼らが皇帝と『異国の歌姫』の恋物語を広めた大元だと聞いた時は、「まさかの古巣から情報流出ー!」と叫んで両手で顔を(おお)ったし(座長は「皇宮のお偉いさんから許可されたし、てっきりお前も知ってるものかと思ってたんだが」とか言ってたけど、聞いてないよー!)。

 ついでにあちこちの貴族に招かれて「陛下の寵姫となった歌姫とは、どんな人物か?」と問われ、だいたい良さげなところだけ話したけど私の失敗談が一番ウケが良かった、と聞いた時は本気で転げまわりたくなったけど。

 実際「あああああー! 黒歴史の拡散やめてー!」と叫んだけど。


 まだ言葉をちゃんと覚えられてなかった頃の、まぎらわしい言葉の言い間違いとか。

 言われたことがうまく理解できず、トンチンカンなことをしてしまった時の話とか。

 イタズラ心を起こした座長が、こっちの常識を知らない私におかしな風習があると思いこませ、私がそれを人前で真面目にやったせいで大爆笑が起きた舞台があったとか。


 なんか、そういう変な話がウケが良かったんだそうで……

 しかし馬鹿にするというより、高位貴族で皇帝をよく知っている人ほど、「寵姫が人間味のある方で良かった」と涙ぐむように喜ばれたとか。


 賢帝と名高い、とは聞いたけど、カイルの逸話はどうも人間味のないものが多いらしい。

 高位貴族が人間味のある寵姫の話に、涙ぐむほど喜ぶって……、カイル、どんな人だと思われてるんだろう。

 私の知っているカイルは、ちょっと強面で表情が読みにくいところがあるけど、慣れればなんとなく分かるようになって可愛いし、人間味もたっぷりあって魅力的な人だと思うんだけどなぁ。


 人間味のないカイルの逸話については、なぜか誰も教えてくれないから、今のところ私にそれを知る術は無いのだけれど。

 隠されると気になるので、そのうち知りたい。


 ちなみに、一座はかつて私が所属していたということで一気に知名度が上がり、どこに行っても舞台は満員御礼の大盛況。

 これ幸いとガンガン稼いでいるようで、座長から「いやぁ、お前、本当に『泉の妖精』だったわ。拾っといて良かった良かった。“祝福”授けてくれてありがとな~」と、満面の笑顔で言われた。


 拾われた当初や、一緒に旅をしていた五年の間は、ただの笑いネタだったけど。

 どうやら今になって、縁起物としての効果が出ているらしい。


 その舞台のメインの出し物がカイルと私をモデルにした「帝国皇帝と歌姫の恋物語」というのは、なんとも微妙な気分なのだが。

 さらに私の面倒をみてくれていた踊り子の姉さんたちが、舞台のたびにみんな歌姫役に立候補するので争奪戦になっている、という話も、本当に微妙な気分になるのだが。


 まあ、お客さんからの要望で舞台のついでに売り出すようになった(かんざし)が、若い女性の間で恋愛成就のお守りとして大ヒットしたり、好きな子へのプレゼントに自分の髪や瞳の色の組み紐を買う男性がいたりと(私が作り方を教えた踊り子の姉さんが、新しく雇った子と一緒に作っているらしい)、思いがけない商売が派生して一座の周りの人たちの(ふところ)も潤っているようだし。

 お世話になった人たちの役に立っているのなら、ま、いっか、と思うことにした。



 あと、こちらもまた予想外のサプライズで、ベルトラン公爵家の令嬢フィーユとの再会もあった。

 だいぶ前に舞踏会で出会い、その後は精霊神殿の巫女姫になったという彼女は、私の後見人となったベルトラン公爵の末娘だったのだ。


 確かにその名を聞いた気もするが、彼女については二人で会ったら腰を抜かして号泣され、女騎士に抱えられて強制退場していった姿が印象に強すぎて、他のことが頭から飛んでいたのである。

 そして今回の式典でも微妙に視線が合わない上にやはり号泣され、「次の儀式の時に、また、お会いしましょう……! それまでに、なんとか、泣かないよう、修業、してきますから……!」と言われ、訳が分からないまま「無理しないでね」と言ったらまた腰が抜けたように座り込んでしまい、今度は神殿に仕える聖騎士に抱えられての強制退場となった。


 大丈夫なんだろうか、あの子……

 そしてそういえば『精霊神殿』も『巫女姫』も、いまだに何なのか詳しく聞いたことがないのだが。


 結局、つかの間浮かんだその疑問は、華燭の典の忙しさにまぎれて忘れてしまった。

 私の脳細胞は働かないことに定評があるので、もはや自分でも諦め気味である。


 もういいよ私の脳細胞……、この一ヵ月、お前はじゅうぶん頑張ったよ……

 本当に、本気で死ぬかと思ったハード結婚式だった……

 今までとは別の意味で異世界を見た……


 なので、初夜はもういいよ、というへとへとに疲れきって半分死んでる私に、帝国のしきたりで華燭の典の当日まで七日間、まったく顔を合わせない完全別居をさせられていたカイルがブチ切れたのは、また別の話。









 そうして異世界に落っこちた『異国の歌姫』は、長い旅の末に生涯ただ一人のいとしい男の妻となった。


「カイル、大好き。……愛してる」


 ささやく声に応じて、触れ合う唇に笑みが浮かぶのが分かる。


 カイルとのキスは初めての時と変わらずドキドキして、けれどあの時よりもずっと深く甘く。

 私は彼がご褒美の飴などではないと理解した今も、けれど彼は私のご褒美の飴なのだと、心のどこかで思っている。


 ただ、変わったことが一つ。

 それは私がもう心配することはない、ということ。


「センリ。俺のセンリ。……ああ、俺もお前を、愛している」


 大きな体に包み込まれるように抱かれ、その幸福に微笑みが深くなる。




 ―――――― このご褒美の飴は、いつまでもとけない。









 いつか踊り子の姉さんが言った通り。

 人生は「辛いことも多いけど、頑張って生きているとたまにご褒美の飴を貰えることもある」というお話。





2018年9月2日、完結。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


2019年3月3日、番外を追加更新しました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  さて、ここまで読むと『二人の子供達からのお話』が読みたい。  子供達から見た両親な二人の生活・日々。  まあ甘々なのは分かってはいるが――  あえて読者は、ソレっ、をっ、読みたいっ、のであ…
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